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新しい才能の出現:芥川賞受賞作・市川沙央「ハンチバック」
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市川沙央さんの芥川賞受賞作「ハンチバック」を読みました。
極度に湾曲したS字の背骨の主人公釈華さんがこうつぶやく。
せむし(ハンチバック)の怪物の呟きが真っ直ぐな背骨を持つ人々の呟きよりねじくれないでいられるわけもないのに。
皮を剥いた巨峰を首から上しか動かないおじさんの口に挿し込む若者の真っ直ぐな背中を見遣りながら、私はきれいに食べ終えた味噌煮の鯖の中骨を箸先でぽっきり折った。
この文章はすごいと思います。
主人公の屈折した心理がすべて凝縮して表現されているのではないでしょうか。
さらに
「だからこそBuddhaと紗花は下品で幼稚な妄言を憚りなく公開しつづけられた。蓮のまわりの泥みたいな、ぐちゃぐちゃでびちゃびちゃの糸を引く沼から生まれる言葉ども。だけど泥がなければ蓮は生きられない。」
この文章からは作者の文章技術の高さと書くことへの肝のすわったある種の覚悟が感じられるように思われます。
市川さんは受賞インタビューのなかで、
「そもそも西洋由来の理性主義は、ものを考えて発信することを人間の基本としていますが、私はそれを人間の定義として狭すぎると思う。…ものを考えなくても、喋れなくても、書けなくても。」
と語っています。
もしかしたら、人間はそんなに完璧な生き物ではないかもしれません。無限に膨らむ欲望に歯止めをかけられずに地球を破滅に導くかもしれないし、戦争だって止めることができていないのですから。
市川沙央さんは、文学の世界にまったく新しい領域を切り拓き、わたしたちに従来の人間観のリセット迫っているのではないでしょうか。
村上春樹さんや多和田葉子さんにノーベル文学賞を取ってほしいですが、市川沙央さんのような作家こそノーベル文学賞を受賞してほしいです。
わたしはこの新しい才能の出現をよろこびたいと思います。
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