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【ショートショート】キラーフォーチューン


幸運はクッキーの咀嚼音の中に転がっている。

あれはもはやどこの中華料理店だったのかすら、おれは覚えていない。そもそも、その場所が本当に中華料理店だったのかもあやしい。
ライブの打ち上げで仲間たちと何軒かの飲み屋を漂流し、一軒ごとに仲間は一人また一人と帰路へつき、最終的におれ一人がたどりついた店だった。
酔いもだいぶまわっていて、虫食いクイズのようにとびとびで抜け落ちた記憶。
中華鍋とお玉がぶつかるカツンカツンという音や、座った席が円卓であったことや、宝珠を持った龍の置物があったという、頼りない記憶の断片から、中華料理店という答えを導きだした。

ただ、その日にその店でその一瞬、おれに降りてきたというよりも、雷に撃たれたようなあの不思議な感覚は、今でも忘れられないし、これからも忘れられないだろう。


キラーフォーチュン


その中華料理店で、おれのスマホに電話がかかってきた。

「はっ? なんだよ、バンドやめたいって」

電話の相手は、同じバンドメンバーでベースの出芽でめだった。
おれは、このベースの出芽とドラムの種巻たねまきとともに3ピースバンドを組んでいる。
ちなみに、おれがギターボーカル。
バンド名は『growingグローイング』だ。

「もう限界だって、花咲はなさき。今日のライブだって、ほぼ仲間内の客だけだったろ」

その言葉の本気度は、電話越しでも伝わる出芽の重苦しい口調から察することができた。

「そうかもしれないけどさ、バンド自体は確実に良くなってるんだ。ちょっとしたタイミングだって。それにおれが今、書いている曲。本当にすごいから、それを聴いてからでも遅くないだろう。なぁ?」

完全な思いつきとハッタリだった。
その場しのぎであっても、出芽の脱退を今なんとしてでも避けたい。そんな思いでいっぱいだった。

「わかった。その曲を聴いて、決断する。じゃあ、来週のスタジオでな」

そこで緊張感漂う電話は切れて、ほっとはしたものの、それでも出芽の脱退という未来が、来週まで先延ばしになっただけに過ぎなかった。
なんといっても、現時点でそんな曲―バンドを諦めようとほぼ心を決めたメンバーに、この先のバンドとしての希望を抱かせるようなそんな大名曲―を書いてなんかいないのだから。

店内の柱時計が、何時かの時報を告げたときだった。

「はい、お客さん。これ、サービスのフォーチュンクッキー。中におみくじが入っているね」

お店のおばあさんが運んできたのは、折りたたまれたような形をしたクッキーだった。
正直、酒のつまみとしてはふさわしくないサービスだなと、サービスなのに思ってしまう。

「あんた、今いらないって顔したね。人生、流れに身をまかせてみることも大事ね」

心を見透かされたようなおばあさんの言葉に驚き、おれはそのフォーチュンクッキーとやらを食べてみることにした。
半分に割ってみると、空洞に折りたたまれた紙が入っている。開いて読んでみた。

【闇の中にこそ光あり】

なんとも拍子抜けするほど抽象的で、ありふれた言葉だなと思いつつ、クッキーを口に放って、目を閉じた。
目を閉じたというよりは、急に眠気がやってきたのか目蓋が重くなった。
かたさのあるクッキーだ。ほんのり甘みがある。ひどく眠い。寝るならこれを食べてからじゃないと喉に詰まるなぁとか、ぼんやりと考えていた。

「あっ」

その一瞬、クッキーを砕く咀嚼音の中に、おれはとても美しいメロディーを見つけた。
目を開き、すぐにおれはスマホのボイスレコーダーに忘れないうちに適当な言葉で、そのメロディーを録音した。

次に気がついたとき、おれは自分の部屋のベッドにいた。どうやって、帰ってきたのかまったく覚えていない。
もしかして、あれはすべて夢の出来事だったのだろうか。
その疑念は、スマホに残されていたボイスメモを聴いて、地球の裏側まで吹き飛ぶことになる。

「次のアーティストは、growingの皆さんです!」

「こんばんは。growingです」

生放送の音楽番組は、今回が初めてだった。
ミュージックポテンシャル。通称『Mポテ』と呼ばれる国民的音楽番組に、おれたちが出演する日が来るなんて夢のようだが、夢ではなかった。

「今、最もライブチケットがとれないロックバンドとしても、話題の超人気バンドなんですよ」

アシスタントの女子アナウンサーが、大袈裟に早口で隣に立つ司会者に紹介してくれた。

「そりぁ、あやかりたいねぇ」

有名司会者のハモリことハモさんは、いつも通りの淡々とした口調で応じる。本物だ。
簡単なトークの後、おれたちは曲を演奏するセットへと移動した。観覧席が盛り上がる。こっそりスマホを構えようとする客の何人かが、スタッフに注意されていた。

「さぁ、それでは皆さんお待たせいたしました。growingで『キラーフォーチューン』です」

「キラーフォーチューン」

スタジオで形にしたデモを聞かせた後、おれは曲のタイトルを二人に伝えた。

「すごいよ、この曲。疾走感があって、ありそうでないキャッチーなサビだし、サビに展開する前のBメロが効いているし。いや、そもそもAメロの入りからして……。絶対、いけるってこの曲」

興奮気味に最初に口を開いたのは、ドラムの種巻だった。
この曲にバンドの継続か脱退を委ねている出芽は何も言わず、ただ手のひらで口元を覆ったままじっとデモを聴いていた。

「売れちゃうかもな」種巻が、おれの肩を力強くつかんだ。

「売れるのひとつの基準って、世間的にはなんだろうな?」

「そりゃ、Mポテとかじゃない」

「そんな夢みたいな話ばっかり語ってるんじゃねぇよ」

そこで口を開いた出芽に、おれたちは現実に引き戻された。

「そんなことよりも、早くアレンジしようぜ。花咲」

険しかった出芽の表情が緩み、目の奥に光が戻ってきたのを感じた。安堵と嬉しさが同時に込みあげてきた。

聴いた人に幸運が訪れる曲。

いつからだったか。
あの日、おれたちが完成させた『キラーフォーチューン』という曲に、そんな都市伝説的な噂がまとわりつくようになったのは。

実際にバンドの活動は曲の完成とともに、徐々に大きくなっていったのは間違いなかった。
そういった意味では、おれたちに幸運を運んできてくれた曲なのかもしれない。

振り返ってみると、思い当たるエピソードもあったりする。
出来上がった曲を、初めてライブで披露した日。
客の反応はおれたちが思っていたよりも薄くて、「結構、良い曲じゃん」くらいだった。
が、その裏で、おれが応援しているプロ野球チームの連敗記録が20でストップした日でもあった。

単なる偶然だったのかもしれない。
他にも、ライブを観にいった後、逃げた飼い犬が戻ってきたという話や、今まで一度もできなかった禁煙に成功したという話を聞いたりもしたが、それらがこの曲と結びついているのかは半信半疑だった。
それでも、そんな小さな噂も雪だるま式にどんどんと膨らみ、いつしか運気をあげるパワースポットならぬパワーソングという大きな噂となっていった。

おれたちがレコード会社と契約したのも、ちょうどその頃だったと思う。

さらに、バンドの状況が一変したのは、宝くじの高額当選者のインタビュー記事だ。

「運気をあげるために、日頃されていたことはありますか?」の質問に対し、「毎日、音楽聞いてリラックスしています。growingのキラーフォーチューンという曲が大好きなんです」と答えた記事が一気に拡散され、この曲の認知度が爆発的に飛躍した。
いや、あの当時は本当に爆発音が鳴りやまないほどの忙しい日々だった。

インターネット上には、この曲を聴いた人に起こった出来事などがまとめられていたりするが、嘘か本当か信じられないような話も少なくはない。

よくあるのが告白前やプロポーズ前に聴くと、成功率があがるというハッピーなもの。
中には、現金輸送車を奪い逃走していた犯人が、有線から流れてきたこの曲を聴いて、ハンドル操作を誤り、横転したところを逮捕にこぎつけたという変化球なもの。
地球の裏側の海辺にある小さな街では、その地を訪れたものがこの曲を口ずさむと、絶対にジュースをおごってもらえるというファンタジーなものまで様々だ。

もはや、半分大喜利のようなエピソードの連続だが、『キラーフォーチューン』がとても人々から求められている曲だということを実感していた。

「今日の会場の最前列の客もつまらなそうな顔していたな」

新しいアルバムをひっさげたツアーのある日の打ち上げで、出芽が唐突に話しだした。

「客席は確かに埋まっている。でも、あの会場の中に、おれたちのファンはどれだけいるんだろうな?」

出芽の言おうとしていることは、おれや種巻にもわかる。
幸運が訪れる曲という噂が大きくなるほど、その曲を聴くためだけに、チケットを購入する客が増えていったことも事実だった。
それこそ、ふらっと神社に参拝しにいく感覚でだ。

【曲はライブで聴いたほうがご利益アップ】

なんて、誰が言いだしたかわからない情報が、インターネット上に溢れ、盲目的に信じる人も少なくはなかった。

「なぁ、次の公演からは、セットリストから外してみるか」

皮肉まじりだが、冗談ともとれないトーンで出芽が言った。

「そんなことしたら暴動が起こりますよ! それだけは絶対にだめです!」

マネージャーが血相を変えて、話に割り込んでくる。

「おれたちのライブなんだ。好きな曲を演奏させてくれよ」

「求められているんです」

「おれたちがじゃなくて、キラーフォーチューンがな」

出芽が、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。

「このツアーが終わったら、バンドは解散しよう」

出芽とマネージャーの話を聞いていたおれの口から、自然とでてきた言葉だった。

もちろん、その決断はレコード会社と大揉めとなったが、ツアー最終日公演が、growingの事実上のラストライブということで話は決まった。

当日まで発表はせず、ライブの終盤に自分たちの口から解散を伝えることにした。
そして、そのライブはオンラインでも生配信される。

ツアー最終日は、おれたちがたどってきたバンド人生のような、荒れた天候だった。
最終日が野外公演でなかったことは、ささやかながらの幸運だったのかもしれない。

growingの最後のライブが始まった。
相変わらず客席のあちらこちらには、興味なさそうなキラーフォーチューン待ちの客の姿もあった。
それでもそんな客がすべてではない。
むしろ、そんな客は一部だけで、拳をあげ、声をあげてくれるファンの姿のほうが多い。
おれたちは、今までの感謝を込めて、ここ数日のライブでも最も熱量の高い演奏ができたと思う。

本編が終わり、そしてアンコール。

言わなくちゃ。

「アンコールありがとうございます。ラストの曲の前に大切なお話があります。おれたちは……」

今までありがとう。

そこで突然、会場の照明がすべて落ちた。
一瞬で、目の前が真っ暗になった。

「えっ、なになに」
「ちょっと怖い。雷?」
「痛っ、誰だよ」
「ちょっと落ち着いて」
「非常電源とかないわけ?」
「押すなよ!」

目には見えないが、パニックになりつつある会場の声が聞こえてきた。

【闇の中にこそ光あり】

気がつくとおれは、手探りで横にあったアコースティックギターを手にとっていた。
そして、まだスタジオでしか合わせていないまっさらな新曲を歌いだしていた。
もちろん、地声でだ。
もはや、客がどんな顔で聴いているのかもわからない。
ぽかんとしているかもしれない。
でも、そんな表情も反応も今はおれたちには見えていない。
だからこそ、吹っ切れた気がした。
そこに種巻のドラムが加わる。
隣の出芽がコーラスを重ねてくる。
おれはギターを掻き鳴らし、ただただ歌った。
客席は大人しくなったみたいだ。
少しすると、暗闇の客席から手拍子が聞こえてきた。
次第に手拍子は大きくなっていく。
お前ら、本気か?
初めて聴く新曲なんだぞ。
もう悔いはない。
最高かよ。

ラストの大サビ。
歌いだしの瞬間、奇跡は起きた。
すべての照明が復旧し、マイクを通して、おれの声が言葉が会場内に響き渡った。
客の驚いた表情の後、一斉に歓声があがる。
出芽のベースがうねり、種巻のドラムが流れるようなロックバラード。
客はこの奇跡みたいな光景を、スマホで撮影していた。
多分、おれが客席にいてもそうしたと思う。
あぁ、最後だって決めていたのに。
ちくしょう。
こんなにドラマチックな曲の展開はないぜ。

「神様からの粋な演出つきの新曲でした。ありがとう」

客席から笑いと拍手が起こる。

「さっきの話の続きだけど、大切なお話があります。おれたちは、今披露した新曲を含むニューアルバムを来年、リリースします。また次のツアーで会いましょう」

急遽、差し替えた重大発表に、会場全体が揺れるのがわかった。
出芽と種巻も笑って頷く。

「次が正真正銘、今夜ラストの曲です。あなたに最高のハッピーが訪れますように、キラーフォーチューン!」

まだ見ぬ奇跡へと向かう、ドラムのカウントをおれは今か今かと待っている。



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