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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(30)すり替わって
Chapter30
「ごめん、レナ! 心配かけたね!」
両手を合わせて申し訳なさそうに彼女を見つめる瞳は、いつものトムそのものだった。しわがれ声ではなく普段通りの声色で、顔の引きつりも見られなかった。レナは用心しながらも、確認するように答えた。
「本当に、大丈夫なの? 私が絵本に取り込まれた時、トムの豹変した姿を見たから⋯⋯それに取り憑かれちゃったのかと思った」
「ああ、もう平気だよ。ちょっと頭が痛いけど。それより、さっき君が言ってた探してる人は見つかったのかい?」
「ううん⋯⋯それが違くて、実は女の子だったの。ほらこの子、びしょ濡れでしょ?」
「ん? 女の子って⋯⋯君しかいないけど?」
「え? この子よこの子! ほら、ここに立って──」
しかし、トムにはその女の子が見えていないようだった。
「君の方こそ、大丈夫かい? 熱でもあるんじゃないか?」
「えっ?」
トムが近寄り、ひんやりとした手でレナの頬に触れた。彼の突然の行動に驚くものの、少女の存在に気づいてもらえないこの不可解な状況が、彼女の疑念の思考を鈍らせていた。
「ちょっと⋯⋯トム?」
レナは急に恥ずかしくなり、俯いた。その時、彼女はトムの足元に違和感を感じた。
「トム⋯⋯その白い運動靴って、それも自分でイメージして生成したの?」
「え? 靴って、これはいつもの靴だけど。生成って、何?」
レナは血の気が引いて、持っていたスマホを地面に落としてしまった。素足のトムに履かせたはずの緑色の健康サンダルが、なぜか運動靴にすり替わっていたのだ。彼の発言も明らかに矛盾しており、彼女は自分の頬に触れているトムの手を両手で祈るように包み、ゆっくりと前に退けた。
「私⋯⋯さっきプレゼントしたよね? 牛柄のサンダル。あれはどこにあるの? 気に入らなかった?」
レナはあえてカマをかけて、トムの返事を待った。
「あ、そうそう、牛柄のサンダルね。 あれ、歩くとモーモーって音が鳴るからさ。子供の靴じゃないんだから、ちょっと照れくさいかな?」
「そう⋯⋯なんだ? そうだよね?」
レナは怯えた声で言った。トムではない何か、偽物ではという疑念が確信に変わり、彼女の手は動揺を隠せずに震え始めた。
「ん、レナ? どうしたの? 震えてるように見えるけど? 大丈夫、何も怖くないよ。僕がついてる。君は僕が守るんだ。今度こそ絶対、離さずに」
「痛いよ、トム⋯⋯やめて⋯⋯!」
自分の手を強く包み返すトムの両手を見て、レナはそうではないと首を振り、泣きそうになりながら懇願した。
『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
レナの隣にいた少女が突然叫んだ。そのけたたましい声にレナもトムも驚き、動きが止まった。そしてその時トムは初めて少女に気づき、邪魔者を見るような目で睨みつけた。
『はだしのトム! バナナですべって一回休み!』
少女の唐突な「宣言」によって、トムの履いていた運動靴が魔法のように勝手に脱がされ、裸足になったトムは勢いよくその場に転んだ。
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