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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(14)幸運を祈って

Chapter14


「うう、⋯⋯別のベンチに置いてきたはずの『絵本』が、なぜここに!? 僕は確かに今⋯⋯漫画雑誌を見ていたはずなのに⋯⋯!!」

 トムは周りの景色を見る余裕もなく、勝手にページをめくり続ける、自分の右手を抑えるのに精一杯だった。

「クソッ!! この絵本⋯⋯僕を罠に嵌めたのか⋯⋯!! とりあえずこの右手の動きを止めなくてはっ!!」

 必死で抵抗を試みるものの、左手は絵本の背表紙をしっかりと掴み続けて離れなかった。心臓の鼓動が速まり、恐怖に声を上げてしまう中、彼が意識を保てる唯一の感覚器官が残っていた。

「公園の⋯⋯音⋯⋯噴水や鳥の声は⋯⋯聞こえ⋯⋯る⋯⋯」

 その時、鋭い犬の鳴き声が響き渡った。トムの耳はそれを明確に捉え、聞き逃さなかった。

「今日の僕は⋯⋯ツイてるんだ⋯⋯。エンジェルナンバーは⋯⋯『1』たったひとつだけで良かったんだ⋯⋯」

 暴走した右手は何かに気付いたかのように、一瞬だけ動きを止めた。

「ははっ⋯⋯犬が吠えたよ。『ワン』って⋯⋯!」

 日頃の発想力が味方につき、トムの危機を回避すべくその思考は、彼の聞き取った音声を脳内でユニークに変換させた。

「嫌だけど頭に浮かんでしまった。『one』⋯⋯『1』だ! アルファベットの馬鹿野郎め!!」

 頼れる英語アレルギーは、抵抗する右手の動きを完全に止め、トムの視界はクリアになった。

「はあ⋯⋯こんなパニックの時でも、気が紛れるほどだなんて⋯⋯僕の英語嫌いに感謝しなくっちゃな。おかげで、この右手は止まったぞ」

 ほっと安堵した彼の目は、ある数字に釘付けになった。ここを見ろと言わんばかりの、自身の右手人差し指が示すその仕草は、まるで勝利を宣言しているかのようだった。

「それは⋯⋯その、数字はっ⋯⋯!!」


── page 57 ──


──57──


 白紙のページ下の番号を見て、トムは敗北を感じた。

<< おにぎりは、全『57』種類だ >>

 その数字から連想された昨夜の恐怖感が怒涛の如く押し寄せ、全身の力が抜けた。絵本はすかさずレナを拘束した時と同じく、強烈な光を放ちながら無数の「フィルム触手」によって、勢いよくトムの体を捉え飲み込んでいった。


***


「あれ? 僕の漫画本がなくなってる!?」

 友達と遊び終えて戻ってきた男の子は、自分が座っていたベンチの辺りを見回したが、漫画雑誌が見つからない様子で途方に暮れていた。

「遅いから迎えにきたぞ。さあ、家に帰ろう。何だ、ボーッとして?」

「ごめんねお父さん。僕にくれた漫画本、なくしちゃった」

「漫画? ああ、あれはその辺で見つけたやつだ。お前が読むかと思って、渡しただけだからなぁ」

「買ってくれたんじゃなかったの? それじゃ、誰かの落とし物かもしれないよ? ダメじゃん、お父さん!」

「ははは⋯⋯そうだな、お父さんは『お巡りさん』だもんな。ちゃんと交番に届けないとなぁ」

 公園の時計の針は、午後5時7分を指していた。


I came to pick you up because it's getting late. Let's go home.


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