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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(66)渡り歩いて

Chapter66


『パラレル・ミラー!! ホームグラウンドである「鏡の世界」のパワーを得た! 俺の能力値は格段に跳ね上がったぞっ!!』

 ダンの体を軸に、次元が彼の周りで歪み始めた。空間そのものが引き裂かれるような振動と回転により、トムの創り出した「想像の世界」は轟音と共に崩壊し始め、その力はレナが身を寄せる「鏡の世界」にまで響き渡った。

「危ないっ!! く⋯⋯崩れ始めるわ!!」

 レナはエテルナル・ミラーの巨大なフレームに必死にしがみ付き、次元が壊れていく様子を見守った。この世の終わりとも思えるような衝撃の中でも、彼女の手には依然として金色の斧がしっかりと握られていた。その斧は、ダンが引き起こす空間の崩壊に逆らうかのように暖かな光を放ち始め、レナの身体を優しく包み込んでいた。

『さあ、シャドーよ! 我が「絵本世界」へ来るがいい! ここでお前の「再教育」を始めるとしよう!!』

 ダンの体から放たれた衝撃波は空間の端まで広がり、それは強烈に跳ね返された。この巨大な波動は、あらゆる事象を飲み込みながら素早く収縮し始め、渦を巻くようにしてダンの身体へと戻り、彼の周囲に複雑で強力なエネルギーフィールドを形成した。

『ここがお前の生まれた⋯⋯そして俺の創り出した「絵本世界」の中枢とも呼べる場所だ。あのエマに悟られぬよう、俺の身体と直接リンクされた空間だが⋯⋯言ってもわからんだろうな』

 ダンの空間は、現実と虚構が交差する不思議な領域であり、彼一人が支配する私的な創造物だった。エマの監視を逃れるための秘密の場所として機能しており、ここからダンは「絵本世界」のあらゆる動きを操っていた。

『まずは、シャドー。お前の不要なデータを削除しよう。その風貌から見るに、数千年はゆうに越えているか?』

 ダンと共に次元を抜けて来たシャドーは、無言でゆっくりと辺りを見回していた。彼の目は何か具体的なものを見ているわけではなく、これから起こる事象そのものを静かに待ち望んでいるようだった。

『お前が「時空を超えた存在」となるには、データの整理は欠かせないからな。では、ざっくりと処分していくか』

 ダンの手には辞書のような分厚さの書物があり、彼はそのページをめくっては一枚一枚を力強く破り捨てていった。その度に、シャドーの顔に刻まれた深い皺が一つ一つ消えていき、萎んだ目も次第に輝きを取り戻し始めた。

『おやおや⋯⋯これはあの小僧がやってのけた、「ブックマーク」というやつか? 素晴らしい力だ⋯⋯このページを破るわけにはいかんな。書物を介して万物を取り込み、自らの記憶に植え付けることができるのか⋯⋯以前、あの「金色の斧」さえもそれに取り込まれてしまったな。まあ、今はあの娘の手に渡っているが』

 ダンの口からその言葉が漏れると、シャドーは悲痛な声で呟き始めた。
 
「君は突然消えてしまったんだ。結婚式の前日に。そして発見された。この公園の、この池で」

『ん⋯⋯回想データに触れてしまったか? 結婚式だと? そうかお前、あの娘と結ばれたのか⋯⋯いや、違うな⋯⋯何だこのページは、くっついてしまっている』

 ダンはページを注意深くめくりながら、重なった部分を慎重にはがした。不穏な気配を感じ取った彼の指がピタリと止まる。そこには想像を絶する「負の思念」が巣食っており、渦巻くページの中から飛び出す無数の「異形の物体」は瞬く間にダンを取り囲むと、一斉に彼を見つめた。

『こいつらはっ!! 小僧が俺に喰らわせた、あの「目玉」かっ!!』

 身体の自由を奪われ硬直したダンは、開かれたページから予期せぬヴィジョンが浮かび上がるのを見た。そこには「狭間の世界」に存在する鏡の通路が投影され、書物を持って佇むシャドーの姿があった。

『そ⋯⋯そんな場所でいつから、お前は一体何をしていたのだ!?』

 トムとの戦いで屈辱を味わったそれらの目玉よりも、ダンはヴィジョンに映るシャドーの動きが気になっていた。彼は「狭間の世界」で、ダンによって選別漏れとされた人々の「悲痛な叫び」を書物のページに指で書き記し、それらの声を抜き取っていた。

『く⋯⋯俺は、絶望に満ちたページを開いてしまった⋯⋯のかっ!!』

 ダンは浮かばれない人々の「怨念」をその身に被った。彼の悪行に対する然るべき報いが訪れ、ダンは自分の創った因果と対峙することとなった。
 
「僕に足りなかったあと『一手』は、これだったんだよ⋯⋯ダン。これで本当に、物語が終わるだろう」

 幾多の並行世界を渡り歩き、すべてを見極めた白装束のトムが、幽玄とした雰囲気を纏いながらダンの目の前に現れた。


Have I opened a page of swirling despair?


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