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『不便なコンビニ』に惚れる

ここ数年、私は近年の韓国文学が身にも心にも沁みることが増えています。理由は色々あるんだけど、例えば…

・社会背景や、食べ物や生活様式などの文化が日本のそれらととても近い親近感がありつつ、違うところも深く知れて興味深い

・言語も近いので、翻訳も恐らく原文にかなり忠実になっているであろう安心感が大きい

・フィクションでもノンフィクションでも、登場人物が日本への旅行や留学をポジティブなものとして認識してくれていることがよくあって嬉しい(あまりにネガティブな内容の本はもしかしたら邦訳されにくいのかも?というバイアスはあり得るにしても)

・社会問題(例えばジェンダー、経済格差、ルッキズム、家父長制、感染症、などなど)の織り交ぜ方が自然で、うやむやにしない作者の信念や底力が感じられる

・訪れたことのある場所や知っている言葉や物が出てくると、一瞬にして嬉し懐かし脳内タイムスリップ!!

と、超個人的な所感を述べてみました。そんなこんなで、今回はこちら。

『不便なコンビニ(불편한 편의점)』- 著者: キム・ホヨン(김호연)さん

韓国で2021年に発売されてベストセラーになったという前評判も知らずに、あらすじもろくに読まずに、雰囲気だけで何気なく手に取って読んでみたこの本。これは…きた。すごくきた。

もしかしたら、私が昨年noteを始めてから読み始めた本の中では、これがいちばん好きかも知れません。


巧みなオムニバス構成

noteを始めていくつか読んだオムニバス小説の中でも、これは話の繋がり方、視点の変え方の工夫がさらにひねってあるなと私は感じました。

同じ出来事を違う視点で複数回なぞるところすら、全然飽きない意外性も内包されており。さらには『アルジャーノンに花束を』の途中経過もやんわりと彷彿とさせられるようなキャッチーさがあったり。これまで読んだオムニバス形式の中で、時系列や場面構成と展開に最もおおっ!と思わされました。

平易な文章だからこそ

この物語には、文学的な難解さや複雑さはありません。なので、あまり読者を選ばずに多くの人が読みやすいと感じるであろう内容でした。そこを物足りないと感じる人もいるかも知れません。けど、平易だからこそ表現できる、シンプルな朴訥さ、「生きる」ことについてのまっすぐなメッセージ、そういったものがすすっと、ずーんと、入ってきました。

平たくいえば、コンビニを主な舞台として繰り広げられる悲喜交々の群像劇。でも、それだけじゃ表しきれない何かがある感じ。

いつもサッと入ってパッと出てきちゃいがちなコンビニだけど、これを読むとじっくり訪れてみたくなります。主な登場人物の彼もある意味『コンビニ人間』なのだけど、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』とはまた全然違う味わいでした。

おまけ

ハングルが分かる方には周知の事実ですが、ハングル自体は漢字のような表意文字ではなく表音文字なので、ちょっと基礎を学べば日本語のひらがなのように、意味は分からなくてもとりあえず何でも「読む」「発音する」ことはできるようになります。(上手い下手は置いといて)

さらに、漢字は現在全く使われていないわけではなく、人名、地名には漢字が充てられることも多いし、もともと漢語的な単語を韓国語読みする形で現在に至る単語もたくさんあります。しかも、文法は日本語とほぼ同じ。

何が言いたいかというと、私みたいにただ音として意味は分からず読めるだけというレベルでも、言葉の意味と漢字をある程度推測することができて、とっても面白いんです。

例えば今回の邦題『不便なコンビニ』を読んでからハングルを見ると、「不便な」は「불편한(ぶるぴょなん)」となるので、ほうほう、「不便」は「불편(ぶるぴょん)」なんだな、とわかります。似てるし。

じゃあ「コンビニ」はどうかなと見ると「편의점(ぴょにじょむ)」でした。むむ。全然コンビニと発音違う。なぜだ!…ん?さっき、不便の「便」だった「편(ぴょん)」が先に来てて…あ!!これって「便利」が「편의(ぴょに)」ってことか!すると「コンビニ」はきっと「便利店」って書くんだな!

ということは、この原題、直訳すると「不便な便利店」っていう、けっこうシャレのきいたタイトルだったのか…!!!なんと…!!と、推測から確信できるわけです。

こんなちょっとしたワンフレーズでも、原語のニュアンスが自力で分かると嬉しい楽しい。

そんなスタンスで本文(あ、理解して読めるのは邦訳だけです!)を読んでいても、あ、ここはきっと原文だとこれをこう訳したんだな、とか。明らかに日本語向けに意訳されているところは、原文だとどう表現されてるんだろう、とか。どんどん興味が湧いてきます。

もう何年も韓国語は全然勉強できてないけど、いつか原著も買って見比べながら読めたら面白いだろうな、とますます思うお話でもありました。(やー、そこまでのレベルに到達するのはいつになるやらだけども笑)


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