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いっせーのーでっ#3

かなり間が空いてしまいました。

寒くなると人恋しくなる性格をしています。

なので、筆が進みます。


四等星のファンファーレ

「全然‼︎ 夏休み中ずっと遊んでたもん。」
「大丈夫なの? 赤点なんてとってないでしょうね。」
「え? 」
「・・・嘘でしょ? あんなに一緒に勉強したのに? 」

 どうだろうねー、と会心の笑顔でいうと、仲村さんはまた眉間にグレープフルーツの苦味を集めた。テルシマたちはまだ浮気したミカの話で騒いでいる。こいつらの会話と話し声はセミの泣き声にしか聞こえない。夕立の方が余程きれいに聴こえる。

「日比野さ、文化祭の実行委員やらない? 」
「えー、担当の先生誰だっけ? 」
「・・・富岡先生だけど。」
「えー‼︎ 男の先生じゃん‼︎ やらない‼︎ 」

 あんた好きな人いるでしょ、最低。と、言葉と一緒に箒を掃除箱に投げ込んだ。仲村さんが掃除したところにはゴミが全く落ちていない。わからないけど、掃除を始めた時よりきれいになっている。仲村さんはそのまま机の横にかけてあった鞄をサッと取って教室を出ようとする。

「帰るの? お疲れさま〜。」
「いえ、テストの順位を見てから今日の国語の質問に行くわ。ねぇ、私たちあと半年くらいで高三だよ。勉強しないとやばいんじゃない? 」

 そう言って仲村さんは教室を出て行った。高三。その言葉が冷たく肩にのしかかる。中学生になると言われた時から、俺はその実感がない。俺は高三になれるほど大人になれてはいない。仲村さんの言葉はいつも無駄がない。無駄がない分、体の奥まで突き刺さる。不快には思わない。けれど一ヶ月に一回くらい、俺は本気で仲村さんに嫌われているんじゃないかと思う日がある。

「よーう日比野‼︎ このあとカラオケ行かねー⁉︎ 」

 テルシマのセミのような声が聞こえてきた。隣にはさっきまであれだけ愚痴をミカがいて、何事もなかったように肩を組んでいる。

「いや、今日はいいや。みんなで行ってきてよ。」

 と言って、仲村さんが歩いたであろう廊下を俺も辿って行った。あいつって見た目の割にノリ悪いよな。確かにそう聞こえたが、無視してそのまま一階のロビーに向かった。


*****

 一階のロビーに降りると雨はすっかり上がっていた。外は濡れたアスファルトが夕焼けの光を乱反射させている。玄関の真正面には、大きな夕焼けがしっかりと輪郭を保っている。いつの間にか部活も始まっていて、三つの声が混じったグラウンドはまた騒がしくなった。

 反対に一階のロビーは閑散としていて、ロビーに併設されている事務室からはやっと定時だー、という声が聞こえる。外が明るい分、ロビーはいつもより暗い。入り口の扉を一枚隔ただけで、世界はこうも違う。

 ガラス張りの掲示板には大きく夏休みのテストの順位が張り出されている。順位表には各教科の点数と総合順位が書かれている。一位から三位までの名前は大きく太字で書かれていて、それだけでもう勝てない気がする。心臓がざわざわして、鱗が波立つ感覚。どんな時でも、自分が何番なのか知らされる瞬間はいつもこの感覚に襲われる。

 仲村さんの姿はもうそこにはなかった。けれどそれでよかった。仲村さんがここにいたらなんて考えたら、とても結果なんて見ることができない。二百四十人の順位が張り出されているが、仲村さんはいつもと同じところを見ればいいだけだから時間はかからないのだろう。自分の名前も、すぐに見つけることができた。

 うわー、まじかー。今回は結構自信あったんだけどなー。波立っていた鱗は途端に大人しくなった。やっぱり、ここに仲村さんがいなくてよかった。

「颯太か。」

 背中と服の間に氷を入れられたように、一瞬体が強張る。とっさに順位表を背中で隠してしまう。入り口の方に振り返ると首からタオルをかけている隆也が立っていた。髪の毛はさっきの雨でぐっしょり濡れていて、後ろの夕焼けが濡れた隆也の黒い髪を輝かせている。

「テストか。どうだった? 」

 真面目な隆也はいつも先生のように話す。

「いや、全然だな。今回もダメだったわ。」

 元気に笑って見せるが、明らかに力が出ない。隆也にバレていないことを祈る。

「俺もだ。二十位だった。夏休みは思った以上に勉強する暇がなかった。」

 知っているさ。お前は全国のピッチを走っていたんだから。俺の結果が良くなかったことと、隆也の結果が良くなかったことは同じ感覚でも全く違う。夏休みをだらだら過ごしてしまった俺と、全国の舞台で駆け回っていたエースとでは、どうしたって埋まらない差がある。俺が今からどれだけ全力疾走したって、隆也に追いつくことはできない。

「お前、まだベースは続けているのか? 」

 首にかけていたタオルで頭をわしゃわしゃしながら隆也が訊いた。

「いや、今はもう、やってない。」

「・・・そうか、好きだったんだけどな。お前のベース。」

 やばい、そろそろ行かないと、またな。と言って隆也は夕焼けの方に駆けて行った。改めて見ると夕焼けは自分の思っていた以上に大きかった。なんとなく隆也みたいだなと思った。あいつは来年、サッカー部のキャプテンになって、Jリーガーになったりするのだろうな。そう思うとロビーはより一層暗く思えた。

 もう一度、順位表に目を移す。

 一位、蓮岡 柊
 二位、仲村 穂乃果
 三位、沢村 伊澄
 四位、日比野 颯太
 五位、涼野 詩音

 四位、日比野颯太。

 仲村さん、俺、別に勉強してないわけじゃないんだよ。