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根津美術館 国宝 燕子花図屏風 -色彩の誘惑- 感想と観に行った理由

南青山の根津美術館では、毎年GW付近になると尾形光琳作・燕子花図屏風が展示されます(燕子花:カキツバタ)。

美術館併設の庭園には実際に燕子花の群生が植えられていて、作品と実物の両方を鑑賞できる稀有なスポットです。

積極的に外出して多くの展覧会に行くことが困難な今のご時世、何故私がこの美術館を選んで赴いたのかを含めてレポートします。

国宝 燕子花図屏風

本展覧会は、東洋では伝統的な「青・緑・金の組み合わせ」で描かれた作品群を中心に、国宝である燕子花図屏風をメインに据えたものです。

メインの国宝 燕子花図屏風は、18世紀に尾形光琳によって描かれました。

【左隻】

【右隻】

※左右一対となっている屏風の場合、向かって左を「左隻」、向かって右を「右隻」と呼びます。

まず何と行っても群青色の花弁がとても鮮やかです!
上の画像だとパッと見はベタ塗りに見えるかもしれませんが、間近で見ると光が当たる花弁の表は薄めの群青で、陰になる部分は濃い群青で塗り分けられていることが良くわかります。

対称的に草の部分は緑色の塗り分けがハッキリしておらず、これが花弁の群青をより一層引き立てていると思います。
全体を通して燕子花のパターンが反復される構図は、金箔で覆われた背景も相まって作品からある種の「リズム」を感じました。

では何故"今"この作品を観に行ったのか。
それはこの作品の背景にあります。

なぜ今「燕子花図屏風」を観るのか

この作品の裏には、平安時代の歌物語「伊勢物語」が有るとされます。

細かいストーリーは吹っ飛ばしますが、伊勢物語の「東下り」にて、主人公・在原業平は「都に自分の居場所が無い!!」と感じ、自分の在るべき場所を求めて都から東へ旅に出ます。
自分探しの旅ですね。

妻を都に置いたまま友人達と旅に出た一行ですが、三河の八橋で燕子花の群生に出会います(三河:現在の愛知県東部)。

すると、友人のひとりが業平へ「か・き・つ・ば・た」の五文字を先頭に据えて歌を詠むようリクエストを投げかけます。
業平は以下の通り見事に応えてみせました。

らころも
つつなれにし
ましあれば
るばるきぬる
びをしぞおもふ
〈意訳〉
身に馴染んだ唐衣のように、長く慣れ親しんだ妻を都に置いてきてしまったために、妻を残したまま遥々来てしまった旅の侘しさを、しみじみと思う。

「自分の居場所を見つけるんだ!!」と自分探しの旅に出たは良いものの、遠く離れた地でやっぱり故郷の家族に思いを馳せて侘しさを思う、心突き刺す歌です。
勿論スマホやPCで簡単に家族と連絡が取れない時代ですので、きっと歌をリクエストした友人達も各々の家族を思い起こしたことでしょう。

一行が流した涙で食べていたご飯がフヤけてしまったというエピソード付きです。

尾形光琳は、この物語を背景に「燕子花図屏風」を人物を省いて描きました。
太字にして強調しましたが、物語の登場人物を省いて描いたことで、我々鑑賞者は在原業平一行の目線で燕子花を観ることができます(それを尾形光琳が意図したかは分かりませんが……)。

その目線に立った時、強烈に思い起こされるのは業平が詠んだ先程の歌であり、その奥にある業平と友人達の心情です。
彼らの目線になれる作品だからこそ、故郷に思いを馳せる気持ちを業平に重ねて噛みしめることができます。

リモートワーク中心&独り暮らしの私がこの作品を観に行った理由は、ここにあります。

地元から遠く離れた場所に住んでいるわけではありませんが、やはり今のご時世ふと孤独を感じ、地元の友人や家族がどうしているか気になることがあります。

オンライン飲み会なども稀にありますが、やはり直接会ったときの満たされ具合は別格だと私は思います。
GWを通してそのような場を設けることが出来ないであろう今、この感情の吐き出し先として、平安時代の歌人の心情に自分の心を重ねられないものかなと少々背伸びして気取ってみた結果が、この「燕子花図屏風」鑑賞なのです。

庭園の燕子花

そんな業平への「憑依体験」を、更にリアルなものとしてくれるのが美術館併設の庭園です。

前述の通り、庭園には燕子花の群生が実際に植えられていました。

目の前に広がる紫色の絨毯が燕子花です。
もっと近づいてみます。

さっきまでガラス越しに見ていた作品の風景がすぐ目の前に!!
もはや私が「在原業平」です。
シャーマンの如く憑依合体しました。

……というくらい、尾形光琳の燕子花図屏風を通して感じたノスタルジックな思いが、よりクッキリ浮かび上がります。
きっと伊勢物語の中の業平も、同じような風景を見て故郷へ思いを馳せたんだろうなぁと思うと、遠い遠い過去との微かな繋がりを感じることが出来ました。

最後に

館内や庭園には、和服で訪れている方も一定数おりました。
作品と実物双方の燕子花を観て、皆それぞれ何を思ったのでしょうか。
芸術鑑賞が各々自分だけの経験となっていれば良いな、と思います。

なかなか身動きが取りづらい状況ですが、皆様も遠い過去の歌人に思いを重ね、久しく帰っていない故郷・久しく会っていない家族や友人に思いを馳せてみては如何でしょうか。

※本展覧会の会期は5/16(日)までですが、残念ながら4/25(日)~5/11(火)までは臨時休館になるとのことです。記事冒頭で書いた通り、燕子花図屏風の展示はGW付近に毎年行われますので、今年行けなかった場合は来年是非足を運んで頂ければと思います。





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