成功すればその過程では悪事を働いてもいい・・・???―「SING」「SING/ネクストステージ」を鑑賞して―

はじめに

アマプラにて、二日間かけて「SING」とその続編を鑑賞。
「SING」はぼろぼろに泣き、「SING/ネクストステージ」は満面の笑みで見終えた。

月並みな感想にはなるが、登場人物たちが苦難を乗り越える過程・情熱を持ち突き進む姿にはひどく心を揺さぶられた。
胸の内を叫びだすような歌い方、パフォーマンス中の、長年取りつかれていたものから解放されたかのような振る舞い。
鑑賞中であっても、一時停止をして拍手を送るほどであった。

本題

さて、こうした感動の作品を見て気分がウキウキになっているわけだが、ここで行うのは映画の批評ではない。気になったことについて思うままに書いてみようと思う。

気になったこととは、バスター・ムーンの行動だ。劇場の支配人で、何かとお騒がせなあのコアラについてである。
「SING」「SING/ネクストステージ」でムーン率いる登場人物たちは、見事にショーの大成功を収めた。そして、2作とも同じような状況で物語は進んだ。そこに疑問点というか、引っかかる部分を感じた。
それは、

ルールを破ったうえで成功している

という点だ。2作とも、である。「SING」では銀行に差し押さえられた劇場跡地にて屋外コンサートを、「SING/ネクストステージ」ではジミー・クリスタル(白いオオカミのキャラ)の劇場を乗っ取ってゲリラショーを行った。2作目に至っては警備員たちの注意をそらすためにロジータ(主婦のブタ)の大勢の子供たちをホテル内で暴れさせたりもした。
ざっくりまとめれば、2回とも不法占拠をしているとも言える。

もちろん、観客の熱狂ぶりからもわかるように、ステージでは筆舌しがたいほど素晴らしいパフォーマンスが行われていた。
自分の心と向き合い、仲間を信じ、勇気をもって夢に向かって力強く歩みを進めたがゆえに、彼らはスポットライトがなくても燦と輝いていた。

しかし、・・・しかしだ。
やはり彼らはルールを破ったうえで成功しているのだ。「頭が固い」や「マジレスするな」という指摘はいったんしまっておいていただきたい。ここでは「成功できたのならその過程・手段で悪事を働いてもいいのか」という問題を提起したいのである。

彼らの一連の動きをまとめると、
「夢を叶える」ために、「ルール(目の前に立ちはだかる困難)」を乗り越え、成功を収めた。
との構図になる。
いかがだろうか。大袈裟に言えば、(語弊を生むかもしれないが)オリンピックで優勝するためにドーピングを使用するようなものだ。

いや、「東大に合格することを夢見たが道中で人助けをした関係で試験時間に間に合わなく、しかしどうしても通いたいがために盗んだ解答用紙に急いで記入しばれないように他の受験生の用紙に滑り込ませ、後日合格が発表された」、の方が近いだろうか
そう、この受験生には東大に受かる実力は確かにあった。指定された時間・場所で受けることができず実力を発揮する場が本来はなかったのだが。しかし、方法は不正だろうが採点は実力勝負であり、それに勝てた。
めでたしめでたし。

状況がかなり似てきたのではないだろうか。
ムーンと彼が率いる登場人物たちは確かに実力はある。人々を感動させることができる天才たちばかりだ。しかし実力を発揮する機会が失われた。「SING」では劇場が倒壊し、跡地は銀行に差し押さえられた。2作目ではクリスタルの反感を買い強制退去のような状況になった。
そのような状況にあっても、彼らは”夢”を追い続けた。そう、あの東大受験生のように。1作目では銀行員の、2作目ではクリスタルの制止を振り切り、半ば強引にショーを開催した。

そのショーがあまりにも素晴らしいものであったせいで、私たちはムーンたちがルールを破ったうえで成し遂げていることに気づかずにいる。

あなたは例に出した東大受験生をほめたたえることができるだろうか?
おそらく「フェアじゃない!」と多くの方が感じるのではないだろうか。
それはムーンたちにも言えることである。

ムーンたちの前に立ちはだかったルールや困難は悪法であるとは言えない。クリスタルの横柄さに呆れたとしても、そもそもまず決定権はクリスタルのほうにあったのだ。誰を出演させるかも、演目の内容も。権力の濫用でしかないのだが、彼のステージで出るのだから一定程度は仕方のないことではないか。

「夢を叶える」という崇高な目標や「夢を叶えるために困難を乗り越える」という行動に感動する前に(もちろん後でも)、彼らの過程にも注目してみたいものである。

このネットに埋もれている記事にたどり着いてしまったそこのあなた!
これであなたもムーンらの成功を手放しで喜べなくなったに違いない。
ただ、正解なんぞ存在はしない。もしかしたら、夢の前では正解しかないのかもしれない。
確かめたいと思うのなら、一度夢に向かって情熱を傾けて歩み続けてみるのもいいのかもしれない。
スポットライトの明かりの中で、私は答え合わせをしてみたいと思います。

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