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甘いものでも食べて、休憩しようぜ

圭がそう言って、私の手を取る。2人でベンチに並んだ。秋が来たと思ったら、もう冬だ。地面には枯葉が模様を作っていた。

冷え性の私は、少し猫背になりながら両手で摩擦を起こし、手を温める。そんな私に、圭はホットコーヒーを差し出す。

「ありがとう。圭ってば、またクレープなんか買って~」
「だって、美味しそうなんだもん。」
「イチゴとか、女子かよw」
「あーあ、そんなこと言うんだったら一口もあげないからな!」
「うそうそ!冗談だから、ちょうだいよ~!(笑)」

圭は、口を尖らせながら、マイクを向けるようにクレープを差し出す。私は、口回りにクリームが付かないように、そーっとかじる。甘い。

「やっと笑ったじゃん。…それで、何悩んでるの?」
「え?」
「見ればわかるよ。俺を誰だと思ってるの。」
「そんな…大した悩みでもないんだけど…。」

圭は、いつも私を見てくれている。かなわないな…。

「言ってごらん。聞くから。」
「ほんとに…大したことないんだけどね…」

圭は子犬のようなうるんだ目で私をのぞき込む。私は、なんだか泣きそうになる。恐る恐る、私は口を開いた。

「毎日が溶けるように過ぎて行って、ただただ怖いの…」
「うん」

「最初はね、大好きなおせちやお雑煮をたらふく食べて、次は節分で恵方巻食べるでしょ。物価高を感じながらも、季節の催しを楽しむ余裕はあったの。気が付くと、暖かくなってきたから、暖房を切る。春を堪能しようとしたら、急に暑くなってクーラーをつけなきゃいけなくなった。電気代はずっとおかしかった。」
「年明けから夏って早くなったよね。それに今年は値上げもすごかった。温暖化も物価高も、歯止めが効かないと、こっちも麻痺してしちゃうね。」

「それに春頃まで、皆でマスクしてお通夜モードだったのに、いつの間にかコロナなんてなかったかのように、たくさんの人が不要で不急な外出するようになっちゃって。観客席なんてトウモロコシの粒みたいにぎゅうぎゅう。1年前の百合子なら激おこぷんぷん丸よ。」
「それ、ちょうど10年前の流行語だね。密ですは3年前か。まあ、皆楽しそうで、街は明るくなったよね。」

「コロナ明けは、政府の少子化対策が話題になったでしょ。あのドラえもんのポケットみたいなキャッチフレーズ。」
「異次元の少子化対策ね。ちなみにドラえもんの方は、四次元。四次元だと、無限の可能性を連想しちゃうね。でも、異次元って、通常とは全く違う考え方って意味。藤子先生方のおかげで、一定数はポジティブな印象持ったかもね。知らんけど。」
「圭って関西人だっけ?」
「違う、亀戸出身だよ。」
「ごめん、知らんわ。」

「ツイッターもXに名前変更したでしょ。誰がXって言うねん、って思ってたけど、みんなもう普通に言ってるよね。適応力高すぎで震える。」
「もはやツイッターって言っちゃうと、恥ずかしいよね。」

「ウクライナに心を痛めていたら、また新しい戦争も始まるし。」
「遠い異国のことでも、連日のニュースは心がすごく痛むよね。」

「この1年だけで、世界はこんなにも目まぐるしく回っているのに、私は何もせず、時間だけが過ぎたの。今日が何月で、来年が何年で、明日が何曜で、昨日が何日だったのか、時々わからなくなるくらい…。」
「認知症の見当識障害みたいなこと言うね。ちなみに、今日から12月で、やっと明日は土曜。来年は2024年、令和6年だね。」
「今年が、あと1か月…コワっ。てか令和って、もう6年?!」
「人間で言うと、ラン活する歳だね。」

「この歳になるとね、いつの間にか夢をつかんで、好きな仕事をしている同世代の知人が増えたんだよね。私はサラリーマンで、これまでチャレンジもしてこなかったから、羨ましく見えちゃう。それでかな、ぼーっとしてたら、時間ってあっという間に溶けるなって焦るようになって…。」
「30代は『あっ!』という間。40代はもっと『あっ…!』という間らしいね。」

「今年の流行語大賞みても9割がピンとこなかった。私、気づいたの。時代について行くのもしんどくなってきて、こんな感じでおばあちゃんになっていくんだなあって。」

一通り話を終えた私は、コーヒーを1口飲み、冬空を見上げる。圭に吐き出したからか、空気が少し澄んでいて、水色の空が鮮やかに感じる。圭はゆっくりと大きな口でクレープをかじる。

「子どもの頃、時間って長く感じたじゃん?あれって、遠足とか夏休みとか、待ち遠しいものがあるからなんだよね。待つって、すごく時間が長く感じるから。」
「…確かに。私せっかちだから、行列のお店で待つのとか苦手だわ。」

「自分にとって楽しみな予定を入れたら、時間は、過ぎ去るものでなく、まとわりつくものになるのかもね。」
「なるほど。趣味とか、友達と会う約束の予定を入れると、ワクワクして待ち遠しくなるね。」

圭は私を見て、微笑む。イチゴはもうなく、小さくなったクレープは、圭の大きな手にすっぽりと収まっている。

「まあでも、時間が過ぎるのが早いのは、充実してるからでもあるよ。」
「…充実?」
「楽しかったり集中してると、時間ってあっという間じゃん。」

「私、時間が過ぎてしまうのって、充実してないからだと焦ってた。」
「確かに、日常生活で達成感を伴わずに『あ~今日も充実してた』ってあえて思うことはあまりないよね。職場も家庭でも、多少のストレスを抱えながら過ごしてると、目先のことしか見えなくて、意味を見失いやすいから。」
「意味?」
「例えば、仕事のやりがいや、家族との大切な時間。それを見失って、身近で成功している人を見ると、焦っちゃうのかもね。」

「なんかちょっと…グサる。」
「ファイアして悠々自適に生活する人を見て、とりあえず自分もファイアしたいっていう人も、増えてるらしいじゃん。SNSがこんなに普及しちゃうと、青く見える芝生ばかりが、自分の目に映るからね。」

「…自分の居場所を見つめなおして、ちゃんと地に足つけとかないと。自分で自分の足をすくうことになるね。」
「もちろん、青い芝生を見て、刺激を受けるのもいいんだけどね。時々立ち止まっても、焦らずに、まずは自分がしていることの意味について考える。そして、今ある幸せに目を向けることが大事だね。」
「今ある幸せ…か。」

残り少ないコーヒーは、すっかり冷めてしまった。
でも体はポカポカと温かい。

「ちょっとはすっきりした?なんかあったら、いつでも呼べよ。俺、なんでも聞くから。」
「ありがとう、圭。…ていうか、口元にクリームついてるよ(笑)」
「え!マジ!?恥ずかしい~(笑)」
「拭いてあげるから、ジッとして。」

私の手が、圭の口元に触れようとすると、目の前が暗くなり、瞼の重みを感じた。夢から覚め、目の前で目覚まし音が鳴っていた。

私はゆっくりと体を起こす。今朝はやけに冷える。
カーテンを開けると、夢で見たのと同じ澄んだ空だった。

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