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【読書感想文】“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者 【キム・ジャンフン】

イントロダクション

“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者 感想文2作目。前回はこちら。本稿ではキム・ジャンフン 「コミックシーモア」(NTTソルマーレ)編集長を取り上げる。


電子と紙の市場は逆転


出版物の電子化が進み、既存の紙媒体もWebで掲載するようになっている。2022年にはついに電子の市場が紙を上回り、電子コミックは4479億円で、コミック市場全体における電子の占有率は66.2%となった。


出典:公益社団法人全国出版協会・出版科学研究

電子には紙を扱ってない、新たなプレイヤーが参入する。NTTソルマーレはそんな「デジタルボーン」な企業だ。本稿のキム・ジャンフン氏はNTTソルマーレの編集者でもあり、各配信ブランドを統括する編集長だ。

韓国出版社の苦境

キムさんは韓国出身。大学卒業後、進路に悩んでるタイミングは「SLAM DUNK」「DRAGON BALL」の韓国版連載が終わったところで、マンガ雑誌の危機と言われてたそうだ。

当時の韓国は、通貨危機でIMFからの介入を受けていた。そこで低資本ですぐ操業できる「貸本屋」の業態が拡大する。本を貸されると、出版社からすれば1冊の利益が複数人に分散してしまう。加えて青少年保護を名目に表現規制も始まった。

この苦境の突破口としてインターネットに注目が集まり、新たにコミック配信会社がつくられた。キムさんが編集のイロハを学んだのは、そんな背景で生まれた第1世代の配信会社「コミックトゥデイ」だ。この動きは日本より早かった。

しかし、残念ながらマネタイズはうまくいかなかったという。

「当時、韓国ではネットのコンテンツにお金を使うという習慣がなかった。だから、その会社ではとりあえず漫画を無料で公開して、会員数をたくさん集めることを目指しました」

だが、一度無料で公開すると、有料化は難しい。「結局僕のいた会社も苦しくなってしまった」とキム氏は明かす。

媒体が移行する時、けん引するのは「エロス」?

その後、キムさんは日本へ。講談社で「MiChao」(2009年廃刊)などのレーベルを立ち上げる。共通点は「ちょいエロ」系の作品だ。

MiChaoの表紙例
ユーザー層ごとにちょっとアダルトな作品を中心に掲載していた

例えばVHSが日本の家庭に普及していった時、けん引役となったコンテンツはアメリカ産のポルノだった。ビデオがDVDに移行した時もキラーコンテンツはAVだった。だから日本の漫画市場が紙からデジタルに移行するのであれば、やるべきはエロと考えていました。逆に気取ったものをやるのであれば、紙には勝てない。

キム・ジャンフン

デジタルのメリット・デメリット

デジタルの良さは、ユーザーの反応をすぐに見て戦略を買えられること。

逆にデジタルで厳しいことの1つがレーベルの認知度を得ることだ。ブランディングに成功して認知度が高いデジタルのレーベルもあるが、認知度のわりに売り上げは低い。逆に、認知度が低くても、作品単位では爆発的に売れることもあるそうだ。

「今はレーベルの認知度を高めていくよりも、ピンで戦える作品をどんどん作っていく戦略です」とキムさんは明かす。

即時性もいいことばかりではない。腰を据えた作品を作ることに関してはマイナスに働いている面もあるという。

「紙では週刊でも3か月、月間なら1年は市場の反応を気にせずやれる。作家性を持った作家と、こだわりを持った編集とのケミストリーがそのラグの間にうまく作用すればいい作品が出てくる」

「データを見ても放置すればいいかもしれないが、管理者からすると数字を見てしまうとアクションを取らざるを得ない。結果を観ながら戦略を変えられる長所が、長い目で作品を育てることは難しいデメリットが裏腹にある」

「僕だって『キャプテン』(ちばあきお)の様に、息の長い作品を作りたいという思いはあります」とキムさんは漏らす。キャプテンはキムさんが一番好きな漫画だという。「紙の読者をデジタルの読者にする戦いはまだこれからだ」とキムさんは不敵に笑った。



 

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