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タイパの経済学 【読書感想】

タイムパフォーマンス(タイパ)が流行語として認知されて久しい。時間効率を求めるタイパは、コストパフォーマンスの追求と同様に合理的な消費行動である。

タイパの3つの性質 「時間 対 効用」の一言では説明できない消費行動
だが、タイパを求めた例として、ファスト映画やネタバレを調べてから名作を倍速で”確認”するかのように視聴する──と聞くと、行き過ぎと感じる人もいると思う。タイパで求めるそもそものパフォーマンスを台無しにする行為でもあるからだ。

タイパを「(投資した)時間 対 効用」と捉えると、こうした広い定義ではZ世代の消費行動を説明しきれない。

筆者は、タイパを求めた行動は次の3つの特徴を持つと指摘する。

  1. 時間効率

  2. 消費結果によって、かけた時間が評価される

  3. 手間をかけずに○○の状態になる

1の時間効率は仕事や家事など、労力が求められる手間を省き時間の効率化を図る側面を指す。

2はモノやサービスを消費した際に、得られた効用がかけた時間に見合っていたかを評価する側面。例えば、英会話教室に5万払って、12か月で英語を話せたとなったら費用はかかったが結果的にタイパは良いとなる。

3はその消費結果をフックに他人とコミュニケーションをとる際に、いかに時間をかけずに満足のいくコミュニケーション水準まで自身の経験知や知識量を増やすことができるか。映画を例にとると、「映画オタク」という認識を得たい、という欲求が背景にはある。消費後の「○○の専門家」という状態になるためにいかに手間を省けるかに焦点を当てられている。

オタクになりたがる若者の背景にあるもの

前述のタイパの特徴のうち、本書で特に切り込んだのは3番目の内容だ。まずこのような行動が生まれた背景を考えよう。

スマホやサブスク、SNSの普及により触れられるコンテンツや情報が圧倒的に増えた。SNSの普及はショート動画などのコンテンツの媒体であると同時に、バーチャルなつながりを得る場にもなった。

以前は テレビなどのマスメディアが情報や交流のフックであって、現実世界でコミュニケーションを取るためにこれらのコンテンツを消費する必要があった。

それに対し、現在はSNSによって居場所を複数選ぶことが可能で、ニッチな嗜好であっても問題ない。一方でSNSによって他人の動向が視覚化されたことで、より自分のアイデンティを求めることになる。

こうなってくるとコミュニケーションのために個性が必要である。個性は何でも良いわけではない。興味がある人が多く、その個性に需要があるほうが話題としてもコミュニケーションツールとして価値が大きくなる。

コミュニケーションツールのための個性として、具体的に需要があるのが「映画オタク」だ。

映画オタクになるという観点だと、冒頭のファスト映画などの行動が合理的になっていく。これが最短距離でオタクになりたがる若者の動機だという。

言い換えれば、タイパもオタクになることも、手段である。真の目的は「オタクと認知されたい」ことであり、映画やドラマも感動した体験は不要だ。そうなると最短距離でお金もかけない方法としてネタバレや倍速視聴につながるのである。

そしてこのようなタイパの風潮に応じて変化しているのは消費者だけではなく、生産者もである。

タイパ化するマーケット


筆者が「手間をかけずに○○の状態になる」タイパ製品の例として挙げたのが東京メトロが展開している「たった4種類味わうだけで、その世界が大体わかる」というキャッチコピーの『東京○○入門BOX』シリーズである。


入門を謳う一方で、「だいたいわかる」という何とも欲張りなシリーズで、好評な様である。もちろん、この入門セットを契機により探求し追求することを意図していることは分かるが、筆者は「探求心を持ち合わせてる消費者は少数派である」と苦言を呈している。

情報探求に関して受動的な消費者がこのメッセージを受け取ったら、せっかく新たな体験への入り口となるはずの入門セットの存在そのものが、その他の同じジャンルの商品を購入する必要を見出さない理由となってしまう。

なお、作者は「私がこの商品に引っかかってしまうのは、筆者自身がオタクで、その世界を究めるのに近道や裏技はないと考えているからだ」と補足している。実際この製品を購入した程度で”専門家”を自認する人物がいるかは疑問だが、マーケットにはタイパを意識した製品が増えているようだ。

マクドナルド化する製品・サービス

以下の表はタイパ消費に対応した商品・サービス・業態事例である

出典:“時短したい”若者の「タイパ」信仰が中高年にも!? 
2023年も「倍速消費」がさらに拡大しそうな理由


例えば一番上にある「ショート動画」は短い時間でエンターテイメントを消費できる。退屈なアイドリング時間・スキマ時間を確実に完結できるタスクが与えられ、動画の娯楽性と時間を無駄にしなかったという2つの満足が得られる。

このようなサービスの浸透を、筆者は「マクドナル化」と分析する。これは社会学の世界では有名な概念であるようで、企業者社会が①効率性②計算可能性③予測可能性④制御の4つの原理を追求する現象だという。

ファーストフードの権化だるマクドナルドでは、人間に依存しない機械的技術などを利用して、生産者と消費者の双方に合理性を提供している。

ショート動画もマクドナル化の一例だという。

「余っているスキマ時間で効率よく娯楽を消費したい」という目的に対して、「動画の尺がわかるから消化したい時間に合った動画を選択できる」という計算可能性、「映画のような視聴後の大きな満足感や達成感ではなく再現可能な同クオリティの動画であると認識した通りのものが出てくる」予測可能性などを実現しているからだ。

他にも、時短読書サービスの「Flier」や、カラオケでサビだけ歌う「サビカラ」などさまざまな時短で効能を得られそうなサービスが出ている。では今後はタイパの悪い既存製品・サービスは売れなくなっていくのか?

消費者もすべてにタイパを求めるわけではない。

意外とそうでも無いようである。

例えば映画館はタイパが悪いサービスだと言える。映画1本に2000円は必要だし、2時間は拘束される。開始タイミングなども選びにくい。

しかし、市場はコロナ以降に右肩上がりだ。


出典:日本映画製作者連盟「2023年映画産業統計」

タイパ論の先駆けとなる新書『映画を早送りで観る人たち』を書いた稲田氏の調査によれば、倍速視聴をする人たちも「普通に映画館は行く」のだそうだ。「若手は倍速視聴を日常的にしている一方で『それはそれだよね』と言う風に映画にはいくしパンフレットなどグッズも買う


タイパ論とはズレるが「羊頭狗肉」が許されなくなっているとも指摘する。昔の映画はアクションに見せかけてホラーとか、コメディに見せて人情モノであるとか、そうしたどんでん返しが許容されていたし、評価を落とすものではなかった。

しかし、そうした視聴者の事前の想定を裏切る作り方は許されなくなっているのだという。これはマクドナル化の一例と言えよう。

また、本書では、ネタバレを観ると物語を楽しめていないという前提で話が進むのだが、この主張も個人的に違和感を覚えた。

というのもカリフォルニア大学の調査で、ネタバレを踏んでから見た人の方がコンテンツの中身を理解して楽しんでいることを示唆する研究があるからである。(参考

著者の廣瀬氏は自身も認める通り筋金入りの「オタク」であるからこそ、ネタバレ視聴はあくまで専門家になる手段だと捉えているのかもしれないが、現実は単純に消費の方法が多様になってきたという面もありそうだ。

本書の感想として、筆者の得意な「オタク論」に無理に寄せた感がある本ではあった。データや論文の読み取り方もやや強引な気がした(割愛したが、曲のイントロが短くなってるなどの開設にちょっと元論文の主張をゆがめたところがあったと思う:参考

タイパについて深く学びたいという人にはお勧めできないのだが、幅広いタイパの定義を3点に分類して、消費の傾向を分析した点は見事だったと思う。



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