「今のイントロは平均5秒」は本当か?論文を読んだら印象が違った
ソラノアルト十草です。
ちょっと前に…いや、もう1~2年前になるんですかね。2020年のインターネット白書だったと思います。
サブスク時代に入って、ポピュラー音楽のイントロはどんどん短くなっており、今では平均5秒である。
と、こういうデータが出されたわけです。
この話を見た僕の率直な感想としては、「まあ、あくまで平均値だからね」の一言に尽きるわけですが、これについて今回は書いてみようと思います。
「イントロ5秒」はあくまで平均値
これは既に多くの方が指摘されていると思いますが、「イントロの長さの平均値が5秒である」ということと、「イントロが短いほうが受け入れられる」ということとは、イコールではありません。
実際、サブスク時代に入ってから売れた曲でも、イントロが10秒~20秒ぐらいの楽曲はたくさんあります。もっと長い曲もあるんじゃないかな。
具体的な例示はキリがないのでやめときますが、探せばたくさん見つかるはずです。
要するに、イントロ5秒って、あくまで平均値ですからね。全部がそうってわけではない。
そもそも「イントロ」ってどの部分?
現場感覚で言うと、そもそも「イントロってどこ?」という疑問もあります。
たとえば、冒頭1~2小節だけ軽くリフが入って、そこから一気にサビをドンと持ってきて、それから改めて8小節ぐらい器楽パートを入れて、からのAメロ…みたいな構成って、特に珍しいモンじゃないですよね。
この場合、「イントロ」ってどこ?冒頭の1~2小節のリフなのか、頭サビ後の8小節ぐらい器楽パートのことなのか。これ、どっちとも解釈できるんですよ。
今のポップスは、イントロ⇒Aメロ⇒Bメロ⇒サビみたいな単純な構成の曲ばかりではなくて…むしろ傾向として言うなら、こっちの流れのほうが強いと僕らは思ってますが…構成はもっと複雑化・高度化していると思います。
「インターネット白書2020」の当該箇所と元になった論文
で、ここまで書いてちょっと気になったんですが、じゃあ「インターネット白書2020」は、イントロをどのように定義しているのか?
実際に読んでみましょう。
さて、面白いことが見えてきましたね。
インターネット白書2020で、イントロの定義はされていない
まず懸案の「イントロの定義」ですが、この白書では触れられていません。
次に、「サブスク時代のイントロ平均5秒」というデータですが、これは米国オハイオ州立大による研究が元になっていることもわかりました。
では、元になった論文に当たってみましょう。
元になった論文を読んでみた結果
というわけで、「サブスク時代のイントロ平均5秒」というデータの大元になった論文を読んできました。
そんなに長くない論文ですし、最後のほうでちらっと小室哲哉とか出てきて面白いので、興味のある方は全文読んでみてください。
「イントロ」ではなく「歌が入るまでの秒数」
本来であれば論文の全体像から見ていきたいところですが、あまり難しい話もしたくないので、当該箇所だけ見ていきましょう。
これ…なんていうか…印象だいぶ違いますね。ざっくり言ってしまうと、「Time before the voice enters」、要するに「歌が入るまでの時間」です。
A:「イントロの平均が短くなっている」
B:「歌が入るまでの秒数が短くなっている」
この2つの文章を比べると、印象がかなり違います。
とくに僕の感覚から言わせてもらうと、「イントロ」と「歌が入るまで」とでは、実質的にだいぶ違うんですよ。
たとえば、「残酷な天使のテーゼ」がわかりやすいですね。あれ、最初にサビがワンフレーズ歌われてからイントロに入るでしょう?あの場合、イントロは4小節あるんですが、「歌が入るまでの秒数」はゼロです。いきなり歌から来ますから。
「イントロ平均20秒から5秒へ」は、ちょっと印象と違う
ともかくデータ見てみましょうか。はい。
この4つ並んでいるグラフの、右下の「Time before voice(in sec)」が今回見るデータになります。ちょっと切り出してみましょうか。
これですね。
縦軸が「歌が入るまでの秒数」で、横軸が楽曲のリリース年です。確かにこうしてみると、1986年にリリースされた曲より、2011年にリリースされた曲のほうが、「歌が入るまでの秒数」は短くなる傾向が見られます。
…が。それでも、全体の分布をみていくと、「20秒から5秒へ」とざっくり言ってしまうには、分布の幅が広すぎませんか?
これもちょっと印象が違うな、というのが率直な感想です。
イントロの長さと、楽曲の人気は関係ない
そしてこの論文、面白いことに、「こういった傾向に沿った曲のほうが人気があるのか?」ということも調査されてるんですね。そっちも見ていきましょう。
難しい話は省略して、論文の結論だけ見てみます。
要するに、歌が入るまでの秒数が長いか短いか、とかも含めて、「the data were not consistent」、その楽曲の人気とは関係が見られないってデータが出てるんですよ。
これも、だいぶ印象が変わってきませんか。
勝手なんですが、少なくとも「インターネット白書2020」の当該箇所を読む限りでは、「今の曲ってイントロ短くないと売れないのかな?」っていう印象になるんですよね、僕は。
ところが研究の結果は、実は真逆だったわけです。
論文自体の最後の結論でも、このように述べられています。
ちょっとここは日本語訳を載せましょうか。
確かに全体の傾向としては、「歌が入るまでの秒数」は年々短くなる傾向にあります。その背景として、サブスクリプションへの適応があるんじゃないか、という予測は、インターネット白書2020に書いてある通り、Gauvinさんも指摘しているわけです。
しかし、ではそのサブスクリプションへの適応の結果、「歌が入るまでの秒数が短い曲ほど、売れるようになったか?」というと、答えは否。
本研究で取り上げられている、他の指標についても同様です。
つまり、「歌入りが早い曲が増えた」からといって、「歌入りが早い曲が売れるようになった」わけじゃないんですね。
インターネット白書2020も、「イントロが短いほうが売れる」とは書いていない
注意深く読むと、別にインターネット白書2020も、「歌入りが早いほうが売れる」なんてコトは一言も書いてないんですよ。
それを読んだ僕らが、「イントロが短いほうが売れるのかな」とか、「歌入りが早いほうが人気が出るのかな」とか、勝手に思い込んでしまっただけです。
こういった資料の読み解きは、本当に難しいところですね。
「売れるための工夫」と「売れること」は全然違う
さて、こうして論文に当たってみたところ、インターネット白書2020をそのまま読んだ時とは、だいぶ違った印象になってきました。
◆イントロ(歌入りまでの秒数)が短い曲が増えているのは事実だけれど、厳密に5秒というわけではなく、実際には大きな幅がある。
◆イントロの秒数も含めて、サブスクリプション市場の「アテンションエコノミー」を意識して曲を書いたからといって、それで人気曲になるとは限らない。
そういうことが、この論文から見て取れるんじゃないかなと思います。
当初インターネット白書2020を読んだ時とは、「思ってたのと随分違うな」というのが感想です。反面、ホッとしたというか、自分の肌感と同じだとも思います。
この話に限らず、「こうしたら売れるんじゃないか、人気が出るんじゃないか」という判断って、結局は不発に終わることが多いと僕は思っています。
この話はまた長くなりますから、別の機会にしましょうか。
最後になりますが、今回、意図せず「インターネット白書2020」に対して批判的なスタンスになってしまったかもしれません。ただ、実際にはそういった意図は一切ありません。良い学びの機会を得られたものと思っております。
では、今回は以上です。
「売れる曲はこう」みたいなものは、あまり意識せずに、自由にいろいろと書いていきたいですね。
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