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【秋田県由利本荘市旅行記】思い出の土地とともに半生を振り返る③ 人生やり直し篇
〈前回までのあらすじ〉
久しぶりに由利本荘市を訪れた僕の頭の中には、ここで暮らした日々のことがありました。それはたった1年に過ぎませんでしたが、どれもいい思い出です。この土地に恨みはありませんでした。しかしそれまで僕はいろいろな土地で失敗し、我慢を強いられ、挫折を味わいました。だから過去に自分が暮らした土地には一様に恨みがあったのです。
決して苦労自慢したいわけじゃありません。だけど誰かにはわかってもらいたい……。誰しも、そんなものではないか、と思います。
妻とこの土地で出会ったのは、もう25年以上も前のことでした。当時の僕は、彼女にこんな自分のことをわかってもらえるかどうか、不安でした。
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「嫌な思い出」は「いい思い出」を駆逐する。その土地で経験した思い出のうち100がよいものだったとしても、たったひとつの嫌な思い出が、それを薄れさせてしまう。その結果、その土地に対する愛情は消え失せる。
真っ白なシャツに、一滴だけインクがこぼれたときと同じだ。どんなに新品のシャツでも、インクのシミがついてしまえば……もうそれはゴミ以外の何物でもない。
警察官が犯罪を起こしたときの状況にも似ている。大多数の警察官は善良で、真面目な人に違いない。でも……たったひとりの警察官が罪を犯すことで、警察という組織そのものへの信頼が崩壊する。
それと同じだ。
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郡山や盛岡で過酷な営業活動の末、さらには架空売上などという不正行為を働かされた僕は、その会社を退職した。架空売上は営業界隈の俗語で「天ぷら」というが、実は僕がやらされた不正はこれだけじゃない。
ただ、その内容はとてもここに記すことができないものだ。
僕はそれをさせられたことによって個人的にも損害を受けた。ただ単に過酷な労働で体がきつかったから辞めたのではない。
でも、もう昔の話だ。蒸し返したところで解決はしない。この戦いは、僕の負けだ。
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「でもnao君、大学のころより大人になったみたい。まあ当たり前だよね。卒業してから5年も経ってるもんね」
彼女はたぶん言葉を濁している。おそらく僕は以前より表情が暗くなったのだろう。再会したことを楽しんでいないと思われなければいいが。
「うん……そう見える?」
「新しい仕事はうまくいっているんでしょ? だったらそれでいいじゃない」
昔からだが、彼女は何ごとにも前向きだ。正直、僕にはやや考えが浅いようにも見える。でも、本当はそんなことはない……それも知っている。
「nao君はいろんなところを回ったね。青森で育って、宮城、福島、岩手と転勤したんでしょ? 宮城にいたころは山形が担当だったし……。きっと観光地にも詳しいよね! もと営業マンだもの」
「うん。だいたい知ってるよ」
「おまけに転職したら秋田に来たなんて。東北を制覇したね!」
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青森では毎日心を折られるような学校生活を送らされた。確かに生徒による教師への校内暴力で死者が出たのは全国で青森が初めてだったという噂もある(不確かな情報ですが……噂です)。全体的に荒っぽい県民性なのだろう。だから教師の側もそれを抑えるために必死だったに違いない。
でも僕自身は、そんな暴力的な男じゃない。スクールウォーズや金八先生も喜んで見ていたけど、それに感化されるような馬鹿じゃない。なのに殴られ続けた。だから青森は嫌いだった。
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でも青森にはいくつも美しい場所があることも僕はよく知っている。おだやかな陸奥湾。難所として高倉健の映画にもなった八甲田山も今では立派な景勝地だ。その奥には深遠な十和田湖があって、それに注ぐ奥入瀬渓流は全国から多くの観光客を呼べる名所だ。
下北半島には寒立馬(かんだちめ)と呼ばれる野生の馬がいるし、ニホンザルが生息する北限とされる脇野沢がある。それに本州最北端の大間は高級マグロでとても有名だ。観光に動物や食べ物を求める人たちにも安心して紹介できる。
霊的な体験がしたいと思うなら恐山に行くのがいいだろう。荒涼とした風景と霊場として設けられた寺院は、ものすごく相性がいい。
祭りもいい。青森ねぶたは言うまでもないが、弘前や五所川原にも「ねぷた」や「佞武多」があって、どちらも素晴らしい。でももっとも芸術的なのは八戸の三社大祭だろう。あれほど精巧な人形と豪華絢爛な山車は、他に見たことがない。それに、弘前の桜祭りも忘れてはならない。
ほかにも……太宰治や棟方志功を生んだ地でもある。見どころはこのほかにもいろいろあるのだが……それでも、僕はここが嫌いだった。
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岩手もいいところだ。三陸海岸は南から高田松原、碁石海岸、鵜住居(うのすまい)、吉里吉里(きりきり)、山田湾、浄土ヶ浜、田老、田野畑、侍浜……隆起したリアス式海岸沿いをドライブするだけでも楽しい。県南には団子が空中を飛んでやって来る厳美渓があり、猊鼻渓では船下りも楽しめる。また、平泉周辺についてはもはや言及する必要もないだろう。藤原秀衡がここを治めていたという事実だけではなく、なんと言ってもここに源義経がいた……そのことだけでも血が騒ぐというものだ。武蔵坊弁慶が立ち往生した衣川(ころもかわ)の古戦場も残されている。
花巻や遠野はとても穏やかなところで、宮沢賢治が童話を書くようになった背景がそこにあることを実感させられる。「日本むかし話」に描かれているような小山が本当にあって、日本人にとって心の故郷のような光景が続くのだ。
でも、盛岡では仕事で本当につらい思いをした。だから、全体的に僕の心証はよくない。
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福島も見どころは多い。猪苗代湖周辺はリゾート地として東北の中ではかなり垢抜けている。果物では桃が特においしく、福島市には桃畑を抜ける道路が名所としてあるくらいだ。
それに、安達太良(あだたら)から磐梯へと続く高地の観光道路は眺望が素晴らしい。頂上付近にある吾妻小富士は世界中の誰が見ても感動するだろう。このほかにも白虎隊の里や会津鶴ヶ城などの文化遺産も多い。温泉も多ければ、スパリゾートハワイアンズなどという娯楽施設もあって、家族連れで来ても楽しいところだ。
鉄道好きの人には只見線は外すことのできない路線だろう。そしてその奥には、あの尾瀬がある。
でも、郡山の所長はとても厳しかったし、だぼっとしたダブルのスーツなんかを着ていて、見た目もヤクザみたいな人だった。だから僕の福島を見る目は、我ながらすごく冷めている。
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宮城や山形は松尾芭蕉が訪れた地、として見るのがいいだろう。日本三景の松島については、改めて言うまでもない。山形の月山や羽黒山は、本当に今でも山の神様に守られた地……という感じがする。山寺も一生に一度は訪れるべき地だ。そして仙台市内は、東北で唯一まともなショッピングが楽しめる場所と言えるだろう。牛タンや笹かまも美味い。
でも僕はここに3ヶ月しかいられなかった。だから勝手に見捨てられたという思いを抱いている。こちらから好きになる理由はない。
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「nao君。土地に罪はないよ。いいところいっぱい教えて欲しいな」
彼女はそう言ったが、これはつまり僕に案内させて、一緒に行こうということだ。どうもこのときの彼女には、特定の交際相手がいなかったらしい。その相手が僕でも構わないということだろうか。
「よく考えなよ……。僕なんて、不釣り合いだ。今の僕は、ホームセンターの店員なんだ。高校の先生と比べたら収入も低いし、はっきり言って誇れる仕事じゃない。土日も休めないし……よく髪を切りに行くと、床屋さんに話しかけられるだろ……『お仕事なにされてるんですか?』って。僕は答えられたためしがないんだ」
彼女は女だから床屋には行かない。でも、きっと想像はつくだろう。
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「nao君の言いたいことはわかってるよ。でも頑張れば頑張ったなりに収入も上がるだろうし、そこで偉くなれば仕事にも誇りは持てるようになると思うよ。私はそんなこと気にしないし、nao君が変な人じゃないってことも知ってる。真面目に働いていてくれれば、それで満足」
偉くなれば……か。でもこのときの僕には、まだこのときそんなことを考える余裕がなかった。
新しい職場で特に印象的だったことは、人生経験を多く積んでいるパートのおばさんたちとは話が合うけど、会社の中核を担うはずの正社員たちとはまったく話が噛み合わない、ということだった。
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僕から言わせれば、彼らの多くは、学(がく)が不足していた。見下すわけじゃない、と言いたいところだが、実際はそうなのだろう。店員として客に説明する必要があるにもかかわらず、多くの社員は親元から離れたこともないので、ガスコンロの据え付け方さえ知らなかった。学問的なことだけではなく、雑学や、暮らしの知恵にも疎い人が多い。でも、長く勤めている人は多いのだ。その程度でもやっていける職場、ということなのだろうか。
彼らに合わせていけば、僕もきっと長く勤められるに違いない……問題はそれに僕自身が満足できるかだった。
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驕りは捨てるべきだ……。前の仕事に就くとき、僕は大学で学んだ歴史学への思いを断ち切った。それと同じように今回もいろいろな思いを捨てていけば……きっと長く続けることはできるだろう。
そもそもこの仕事を選んだ理由は、前の仕事で商品がまったく売れなかったことに嫌気がさしていたからだ。こちらから訪問して「買ってください」と泣き落としするのではなく、堂々と「いらっしゃいませ」と言える仕事がしたいと思ったのだ。
そして実際に勤めるようになってからは、商品を自分のセンスで陳列することに楽しみを覚えた。そういう意味では自分に合っている、とも思えたのだ。
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出直しだ……そんな思いを胸に秘めながら、働き続けた。
彼女とはその後何度か会うようになり、ふたりでいろいろなところに行った。僕の胸の中にある、昔暮らした土地への思いは相変わらずだったけど、彼女と一緒に訪れることで、徐々にそれは癒やされていった。
本来土地に罪はなく、それに対する好き嫌いは自分の心次第なのだから……それも当然だろう。
それから1年ほど経過したある日の夜、部屋の電話が鳴った。
彼女からだった。
「nao君……私、妊娠したみたい……」
……僕はどうすればいいのだろう。
(……④へ続く)
今回訪れたところ
①タイトル画像:由利本荘市岩城町「道川海水浴場」
②由利本荘市大内町内「折渡峠」
③由利本荘市大内町内「折渡千体地蔵」
④由利本荘市岩城町「道の駅いわき」
リンクは公式サイトではないものが多いですが、バナーに画像表記があるものを選ばせていただきました。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
ぜひ次回もお楽しみください。
今のところ予定している内容に対して画像の数が足りなくなりそうな感じですので、もう一度取材と称して本荘地域を訪れることになりそうです。それでも更新はなるべく早く行うつもりです。
なお冒頭あらすじにも表示させていただきましたが、前回までの記事をこちらに貼らせていただきますので、まだ見ていない、という方はぜひご覧になってみてください。
続きはこちらです。
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