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介護をしている全ての人へ#73 ~ インスリン

 父が認知症に抗っていた。名前も書けなくなってしまった父が、病気に精いっぱいの抵抗を試みていた。

2019年3月14日(木) 母の日記

 インスリンの過剰投与で夫が倒れた。認知症の進行抑止のためになるべく自分で打ってもらっていたが、インスリンを打ったその場で打ったことを忘れてしまったよう。すぐに救急車を呼んで病院へ。
 救急隊員さんや先生が素早く処置をしてくれたおかげで、昼すぎには回復してきた。これからは、家族がしっかり管理しなければならない。
 先生にはだいぶ叱られた。
 病院のベッドで久しぶりに夫と会話らしい会話をした。
 私たちのこと、家のこと、息子たちのこと、プロ野球のオープン戦のこと……、そして、インスリンは沢山打ってはいけないと諭すと、泣きながら、はやくボケが治ると思ったと言う。インスリンを認知症の薬と勘違いしていた様子。
 認知症に罹っていても、人は時々正気に戻って、病を癒そうともがくと知った。何十年も看護師をやってきたのに、そんなことも気づけなかった自分が情けない。私たちに迷惑を掛けまいともがいている夫の姿をしっかり見てあげられていなかった。
 夫に家族に対する愛情がほんの少しでも残っていたことがうれしくて涙がぽろぽろ出てきた。指を握ってあげたら嬉しそうだった。
 夫は明日まで入院。夕方帰宅するとすぐに裁判所から書留が届いた。

2019年3月14日(木) 私の日記

 早朝、父がインスリンの過剰投与で倒れてしまった。救急車を呼ぶことになった。あまりの出来事に気が動転して、その時のことをあまり覚えていない。会社に連絡もできず、午前中は無断での欠勤となってしまった。
 この日記を書きつつ、自分が嫌になる。
 父が倒れて母がひとり処置にあたっているときに、息子は会社の心配…… 
 最低だ。

 父はインスリンを認知症の薬だと思っていたらしい。夜、母から今朝の顛末を聞いて父も父なりに戦っていたことを知った。そんなことも気づけない息子、なんとも情けない。

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