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きみのルーツはなんですか?

 この前の春休み、『ちょっと思い出しただけ』という映画を観た。構成は単純で、元カレの誕生日の1日を、1年ずつ遡っていくというもの。映画の最初のシーン(つまり、時間軸としては最も進んでいる)は、別れた2人がタクシーの中で会話をする場面だ。映画が進むにつれて、2人の過去が明らかになると同時に、初めのシーンの2人の会話の意味を知る。それによって、観客はみな口を揃えて「エモい」と言った。ここには一つの重要な法則がある。それは、人はルーツを知ることに惹かれるということだ。「時間を遡るということ」はつまり、観客が2人のルーツを探ることを意味していた。

 ルーツを探る。これは日常生活のあらゆるところに潜んでいる。自分のルーツを丁寧に辿ることは、自己分析と呼ばれるし、会社のルーツを調べることは企業研究だ。人類のルーツを学ぶことは、言うまでもなく歴史を学ぶことであるし、スーパーに並ぶ農家の顔写真は、店頭に並ぶ野菜のルーツを辿った結果である。


 さらに、Bean to Barはもとより、Tree to Barのチョコレートに惹かれるのは、一般的なチョコレートよりもその生産過程がイメージしやすいからであると思われる。パッケージの裏面にある現地のガーナ人の写真を見ると、彼らがカカオ豆を収穫して、鉈でそれを半分に割って、それから出荷されたのだろうと、いつのまにか想像している。言い換えれば、生産過程も含めて提示することで、消費者はチョコレートが出来上がるまでのストーリー、つまりルーツをも消費しているということだ。やはり、人はルーツを知ることに惹かれるらしい。ただ、一つ言っておきたいのは、Bean to Barのチョコレートは本当においしいということだ。カカオの香りが桁違いなのだ。これを機に食べてみてほしい。2時間分のバイト代でお釣りが手元に残ります。


 さて、スヌーピーの名言、「知ることは愛すること」。これに従えば私はチョコレートを愛していることになる。ここに間違いはないが、まあそんなことは脇に置いておいて、今回は友情について考えたい。人間関係において考えれば、知ることとはつまり、相手のルーツを知ることに違いない。しかし、これは存外難しい。というのも、相手のルーツを知るためには、自分のルーツを晒さなければならないし、自分の過去はいつも自慢したいものばかりではない。目を背けたくなるものもある。そんな中で自分を開示するのは勇気が要る。でも、だからこそ、ルーツを共有した友人というのはかけがえのないものだ。こう考えると、本当の友人ってどれくらいいるのだろうかと自分を疑いたくなってしまうが、自然とうまくいくパターンが2つだけある。一つは、幼馴染。ルーツを知ろうと思わなくたって知ってしまっている。これはとてもラッキー。幼馴染で結婚が多いのもこのせいなのかなとか思わずにはいられない。もう一つは、ストーリーを共有すること。そう、恋人同士である。数ヶ月や数年という、比較的短い期間で、たくさん出かけて、たくさん話して、互いに多くの時間を費やす。その過程で同じストーリーを共有することで、それ自身が2人のルーツになっていく。「知ることは愛すること」かなり深い言葉のようである。


ところで、君のルーツは何ですか?

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