歴史:期待値からプロスペクトへの展開
この記事の提供するもの
確率加重関数の理論的展開(2013, 中村)にて示されている客観的な期待値からプロスペクト理論への発展過程を、シンプルな1枚図で提供します。
行動経済学や意思決定論について初学者の人が、自身の学習内容への納得性を高めるために副読本的位置づけとして読んでくれることを期待しており、そのため数式の詳細な解説等には踏み入りません。
上述の元ネタ論文に正確・簡明な形で示されているので、そちらを参照してください。
そもそもプロスペクトとは
「ある人にとっての、ある選択肢が持つ価値」です。
行動経済学分野の用語です。
期待値からプロスペクトへの展開
全体としては、数学的に正当な客観的期待値から出発して、
数学的に合理的な選択
人にとって自然な選択
…の2つが乖離する状況(パラドックス)に出会うたびに、その理由を説明可能なように意思決定基準のモデルを修正してきた…という流れです。
参考 … 方法:本質的な理解へと近づく
客観的な期待値 → 期待効用:サンクトペテルブルクのパラドクス
意思決定へ客観的な期待値を用いることについて、18世紀に次のような問題がニコラス・ベルヌーイから提示されました。
この賭けの客観的期待値$${E}$$は、
$$
E = \sum_{k=1}^\infty \frac{2^{k-1}}{2^k} = \sum_{k=1}^\infty \frac{1}{2} = \infty
$$
…となり、期待値が∞であるため、参加費がどれだけであろうと(たとえ1兆円であろうと)参加すべきという結論になります。
しかし、
…ということで、数学的な選択が人にとって自然でないどころか、現実的に考えてとても合理的ではないという結論になってしまいます。
このパラドクスの解消はニコラス・ベルヌーイの甥、ダニエル・ベルヌーイによって、
というような期待効用の考え方が持ち込まれることで解消します。
(典型的には$${u(x) = log \ 2^x}$$のような関数で解消)
期待効用 → プロスペクト:アレのパラドクス
1953年、モーリス・アレが期待効用に対し次のような問題を提示しました。
ゲーム①
選択肢A:確実に1,000ドルがもらえる。
選択肢B:10%で2,500ドル、89%で1,000ドル、1%で0ドルもらえる。
ゲーム②
選択肢A':11%で1,000ドル、89%で0ドルもらえる。
選択肢B':10%で2,500ドル、90%で0ドルもらえる。
ゲーム②の選択肢A'とB'は、ゲーム①の選択肢AとBからそれぞれ「確率89%で実現する$${v_i}$$を0にした」だけです。
したがって、ゲーム①でAを選ぶならゲーム②でもA'を選ぶべき…というのが期待効用の示す結果になります。
しかし、筆者ならゲーム①ではAを、ゲーム②ではB'を選びたくなりますし、実験的にもほとんどの参加者が同様の行動を取ったそうです。
つまり、期待効用では説明できない人の行動が発見されたわけです。
この問題に、カーネマンとトベルスキーはプロスペクト理論を構築することで対処しました。
$${\pi (p)}$$は確率加重関数を示し、円周率とは無関係なことに注意してください。
確率加重関数$${\pi(p)}$$や価値関数$${v(x_i)}$$の数式解説は、予告通りに本記事では省略します。
重要な点として、
…とあるように、プロスペクト理論は数理的・演繹的にではなく、経験的・帰納的に妥当性が示されるべき類の理論であるということが挙げられます。
プロスペクト理論の現在
大規模な追試において高い再現性を示している
心理学における再現性の危機問題を受けて行われた大規模な追試(19カ国・13言語 参加者総数4,098人)で94%の項目において再現が確認されています。
国・言語・文化などにおいて若干の影響はあるものの、一定の信頼を置ける枠組みだと筆者は考えています。
参考:Replicating patterns of prospect theory for decision under risk
本当にパラドクスを克服できているかは微妙
本記事の元ネタである確率加重関数の理論的展開で紹介されているように、
プロスペクト理論の根本的発想はともかくとして
実験的に確かめられてきたパラメータを当てはめた時の振る舞いでは
サンクトペテルブルクやアレのパラドクスを説明できないのでは
というような批判が存在しています。
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