見出し画像

私とオシャレとエミリンチャンネル

突然だが、私はYouTubeのエミリンチャンネルが好きだ。エミリンと私自身を重ねて考えることもあるし、エミリンによって気づかせてもらったこともある。今回の記事は後半が自分語りのようになってしまい恐縮だが、私のオシャレとの向き合い方について過去から振り返っていきたい。

まずはエミリンへのファンレターのような

エミリンチャンネルは、エミリンこと大松絵美さんのチャンネルである。コンセプトカフェ企画や食べ放題企画、メイク動画、商品紹介、ダイエット、歌ってみたなど、動画の内容は多岐に渡る。

エミリンは元お笑い芸人というちょっと変わった経歴のYouTuberで、2年くらい前まではネタ動画を多く投稿していた。ハイテンションでテンポ良くオーバーアクションで喋る動画は見ていて小気味良く、面白い。有名なのは、「ディズニーランドキャスト新人とベテランの違い」の動画だろうか。わぁ〜、こういうキャストさん本当にいそう〜!と思わせてくれるので、未視聴の方には是非見ていただきたい。

そんなエミリンは昨年、EDNAというアパレルブランドをプロデュースした。コンセプトは、誰が着てもダサくなく、いい感じになる服。

元お笑い芸人のYouTuberがアパレルブランドをつくった。YouTuberによるブランドのプロデュースは最近よく耳にする。あまり目新しい印象はないかもしれない。しかし、動画を通してEDNAのプロデュースにかけるエミリンの思いを知り、私は感銘を受けた。過去の動画から継続的に彼女の姿を追っていくと、彼女の意識の変革を知ることができる。私はそこに人間の成長を見た。そしてその成長に私自身を重ねていた。

かつてのエミリンと私の共通点。それはオシャレに疎いということだ。経緯は違えど、エミリンも私もオシャレに苦手意識を持っており、ダサいと言われることを恐れるあまり、オシャレな人達を敬遠し、馬鹿にしていた。でもそれは自分に自信が無いことの裏返しにすぎない。オシャレをする意味がわからないからあえてしない、という体にしていても、本当はキラキラしたものが好きだし、綺麗な人には憧れる。ただ、どうすればオシャレになれるのかがわからなかった。オシャレに興味がない、と虚勢を張っていたから、他人に教えを乞うこともできなかった。

しかし、ちょっとしたきっかけで人は考えを変えるものだ。エミリンは動画内で、ファッションの力に気がついたエピソードを話していた。とあるショップの店員さんが着ていた赤いTシャツがとてもかわいく思えたので購入した。そのTシャツを着ていると自分に自信が持て、テンションが上がることに気がついたのだ、と。

私はそれを聞いて確かに、と思った。お気に入りの服を着ていると、人に見られていても恥ずかしくない。あの人センスが無い、とか、変な格好、とか思われていないかという心配をしなくて良い。この服かわいいでしょう!と胸を張って歩ける。

エミリンはこの一年でみるみる綺麗になった。かつての「私デブだし、隠キャのオタクだし、オシャレわかんないし…」という卑屈で自虐的なエミリンはもう見えない。もっと綺麗になって、コンプレックスが気にならなくなる服を作って、面白い動画を作って、自分自身も視聴者の皆も一緒にハッピーになっていきたい!という気持ちが伝わって来る。

その姿を見て私も、綺麗になりたいと思った。手垢が付いたような表現だが、自分を大切に出来ない人は、他人も大切にできないのだ。自分にとって幸せなことはきっと他人にとっても幸せなことで、ハッピーの連鎖を生んでくれるはずだから。

私のオシャレじゃない遍歴

先述の通り、私はオシャレが苦手だ。記事後半では、なぜ私がオシャレに苦手意識を持って来たのかを書いてみたい。

オシャレがわからない、その一因は私自身の従順さにあるのではないかと思う。小学校の頃、日々着る服は母が出してくれていた。高学年の女子ともなれば、自我も強くなり、これを着たい、あれは嫌だ、などと言い出す子も多いだろうが、私はそうではなかった。何も言わず素直に着ていたと思う。当時流行っていたギャルなんかは自分と違う世界の住人だと思っていたし、多くの女の子がファッションのお手本にするであろう芸能人にも全く興味がなかった。当時私は中学受験のために猛勉強しており、良い成績を取ることで、頭の良い子と思われていればそれで満足だった。

中学に入ると制服があったので、学校がある日は楽だった。2年生になればオシャレな子はスカートを少し短くしてみたり、セーターをUNIQLOのものに変えてみたり、と細かいアレンジをしていたが、私は全くいじらなかったと思う。友達と遊びに行く時はジーンズにパーカーという出立ちがデフォルトだった。

時折服を買いに行っても、何を着れば良いのか?何が似合うのか?他人が似合うと言ってくれれば似合っているのか?がさっぱりわからない。家族や友達、店員さんに勧められるがまま購入し、帰って着てみてやっぱりイマイチ…ということがしばしばあった。

高校生になってクラスメイト達がパーマをかけたり、校則を破って髪を染めたり、お化粧を始めたりしたのを見ても、チャラいなぁと思うだけで、相変わらずセーラー服のスカートは膝下、くくっただけの黒髪にすっぴんで日々を過ごしていた。

大学生になっていよいよデビューか!と思いきや、これが変わらなかったのである。友達がどんどんオシャレになっていくのを横目で見ながら、やっと少し焦り始めたか?くらいの感じだった。ちなみに化粧品一式は見兼ねた母が買いに連れて行ってくれた。メイクの本を買ったのでなんとなくやり方は覚えたが、ほぼ興味はなかった。そして4年間が過ぎて行った。付け焼き刃だが、就活直前に茶髪にして、すぐ黒髪に戻したということはあった。

付け加えておくが、オシャレに興味がなかったからといって、モテない大学時代だったわけではない。3年生の冬には今の夫と付き合っていた。当時風に(今も使う?)言えばリア充である。

そして社会人。皆が嫌々髪色を暗くしている中、私はもともと黒髪である。業種がサービス業で、新入社員は半年間の研修期間は現場に立つということで、スーツを着てお化粧をして日々出勤していた。やっとこさ私のオシャレライフが始まるか…?と思いきや、研修期間が終わると本社配属(内勤)になったのである。最初はキチンとしなきゃ!とお化粧をしてヒールを履いて出勤していた私だが、仕事を本格的に任されるようになり、忙しくなるにつれてオシャレがどうでもよくなり、すっぴんにウォーキングシューズで働きに行くようになった。そしてそれは結婚してからも変わらず…。

そして妊娠。コロナ禍でマスク生活&妊娠生活がしんどい、というありとあらゆることを言い訳にすっぴん、そしてついにスニーカーで出勤するように!(お腹が大きくて危ないのでスニーカー出勤は妥当な判断だったと思うけれど)夏場の妊婦生活は本当に暑かったので、オシャレどころではなかった。

息子が産まれたらオシャレに意識が向いた

そんな私を変えてくれたのは、昨年10月に生まれた息子、よっしゃんである。

最初のきっかけは、お宮参り。親族が集まって神社で祝詞をあげてもらうという、人生最初の行事である。そんなイベントがあるとなれば、皆準備にてんやわんやだ。よっしゃんの着物は手配OK。さぁ、自分は何を着る?髪型は?

ここで私は気がついた。今までは自分が子どもの立場だったから、母に色々と気にしてもらえた。しかし、親になったからにはそうはいかない。自分の身なりくらいは自分で考えて整えなければいけない。

洋服は小洒落た授乳ワンピースを妊娠中に買ってあったのでOK。問題は髪型である。ついに私は、ずっと憧れていたけれど練習が面倒くさくて長年避け続けてきたとある技に挑戦することに決めた。それは…編み込み。

前髪が中途半端な長さだったので、編み込みしつつ横に流すことにした。お宮参りまで半月、YouTubeを見ながら練習あるのみだ。よっしゃんがお昼寝をしている間、ヘアゴムとヘアピンと汗とワックスに塗れる日々だった。数日でやり方をなんとか習得し、当日はなんとか写真に写れるレベルまで持って行くことができた。

次のきっかけは保育園が決まったことである。よっしゃんの保育園入園、それは当然私の職場復帰を意味する。身なりに構わないことを、ママになったから、で言い訳したくなかった。明るく楽しく元気に綺麗なママをやっている自分を表現したいと思った。

そこで私は自分の化粧品を見直し、一式きちんと揃えることにした。(お化粧をしなさすぎて化粧品が減らないので、数年前のものが普通に残っていたりする。恥ずかしい話、2年半前に買ったクレンジングオイルをようやく使い切ろうとしているところだ)LA ROCHE-POSAYの下地やCLIOのクッションファンデーション、dejavuのアイブロウマスカラなど、話題のコスメを手にするとテンションが上がる。

自分の顔のコンプレックスとも向き合った。私は数年前から右頬に血豆のような赤い腫れがあり、痛くないので放っておいたのだが、ずっと気になっていた。調べてみたところ血管腫らしいので、皮膚科で相談してみることにした。(なぜ今まで調べもしなかったのか…。こういうところに美容に関する諦めが垣間見える)診断結果はやはり血管腫。形成外科でレーザー治療できるらしいが、授乳中は不可とのこと。とりあえず原因がわかって良かった。

そしてついに4月から、よっしゃん保育園入園!送り迎えで毎日、綺麗なママさん達と顔を合わせる。フルメイクではないけれど、自分が納得できるレベルまでは顔を作っているのでコンプレックスを感じることはない。マスク越しではあるが、にっこり笑って挨拶ができる。まだママ友とまでは言えないけれど、ちょっとした会話ができて嬉しい。

よっしゃんも保育園は嫌ではなさそうだ。結局、私を含めた家族が機嫌良くしていることが、きっとよっしゃんにとっても一番良いのだ。

**********

なぜ私がオシャレコンプレックスを抱えるようになったのかも書こうと思ったのだが、案外長くなってしまったので次回へ続く!








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?