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洋書多読に最適!"No Longer Human"(『人間失格』)太宰治(著) Ray Tanaka(訳)

I have led a life full of shame.
(恥の多い生涯を送って来ました。)

こちらでつぶやいた、太宰治の言わずと知れた代表作『人間失格』の英訳本"No Longer Human"。英題はドナルド・キーンによるやや意訳で、ここのhumanは名詞ではなく形容詞ですね。もはや人間的でない。ニーチェの『人間的な、あまりに人間的な』の英訳題"Human, All Too Human"を意識しての選語なのかな?

今回私が読んだのはRay Tanakaさんという訳者による新しい翻訳(2024/07/15/初版)だったのですが、そのせいか、非常に読みやすかったです!ちなみにお馴染みドナルド・キーン訳はこちら。

Amazonのレビュー数(15654/2024年9月段階)を見てもわかるように、近年、アメリカを中心にDazai Osamuの人気は高まってきているらしい!?

なぜ?

一つの要因は漫画・アニメの『文豪ストレイドッグス』が英訳され人気を博したこと。

「太宰治」というキャラクターが準主役級で活躍しています。

また、ホラー漫画家の伊藤潤二版『
人間失格』の英訳も影響しているとのこと。

私は未読なのですがこちらも面白そうですね!

さらにTikTokで取り上げられバズったりもしていたらしいです。それは全然知らなかった。。

ところで、英語力を伸ばす最高の方法の一つはなんといっても「多読」。その際にどんな本を選ぶかが継続のためには重要ですが、馴染みのある日本語原作小説の英訳本は個人的におすすめです!物語はよく分かっているし、作品の背景知識も活かしやすいですから。

その際、速読も良いけど、こういった作品を読む楽しみの一つは原文のお気に入りの箇所をどう訳しているか照らし合わせながらじっくり味わってみること。例えば、『人間失格』で言えば、次のシーンは私のお気に入りの一つ。

 その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁ささやきました。
「ワザ。ワザ」
 自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

青空文庫より

これは、「第二の手記」の冒頭部で、主人公の大庭葉蔵が自らの人間恐怖を隠すためにやっているお得意の道化を同級生の竹一に見破られ衝撃を受ける場面。英訳は以下の通り。

 That day, during physical education, the student (I don’t recall his surname, but I think his name was Takeichi) was, as usual, observing from the sidelines while we practiced on the horizontal bars. I, with a deliberately solemn face, ran toward the bar, shouted "Eii!", and vaulted forward like in a long jump, only to land hard on my bottom in the sand. It was a carefully planned failure. As expected, everyone burst into laughter, and as I got up with a wry smile, brushing the sand off my trousers, Takeichi, who had approached unnoticed, poked me in the back and whispered in a low voice, "That was on purpose."
 I was shaken to my core. That Takeichi, of all people, saw through my intentional failure was beyond my wildest expectations. It felt as if the world around me had burst into the flames of hell, and I barely restrained a scream of madness.

—『No Longer Human』Osamu Dazai著

vault(動詞)「跳ぶ」、with a wry smile「苦笑いして」などは難語ですが、全体に文学作品の英文としてはかなり読みやすくなっているのではないでしょうか?

またburst into laughter「大笑いする」やapproach unnoticed「気付かれずに近づく」(go unnoticedの一変種)、beyond my wildest expectations「全く思いもかけず」(beyond description系)なんかは先日レビューした『大学入試 飛躍のフレーズ IDIOMATIC 300』でも取り上げられている定型表現で、独創性を重んじる文学作品の中でさえもよく出てくることに気付かされます。

個人的にこのシーンが初読の大昔から記憶に残っているのは、「ワザ。ワザ」の使い方のためです。これは意味的にはもちろん「わざと」から来ているのだけど、カタカナ表記と繰り返し表現もあって、オノマトペのような印象を個人的に受けます。「トカトントン」のような。そこを英語は"That was on purpose"と字義通りのあっさりとした訳となっていて、流石に日本語の醸し出す独特の雰囲気までの再現はなされていません。こういった日英の対照を通して改めて日本語の方の面白さに気付けるのも、文学作品で多読する悦びの一つと思います!

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