羨ましい。ですか?(Part.2)
キャンパスは、山頂にあった。
最寄駅で降りて、ターミナルまで徒歩10分。バスに乗り換えて30分。
教養課程の2年間は、ここに通わなきゃいけない。
絶望的に遠い。定期代も高い。
バイト代貯めて、免許を取って、原付のスクーターで通学したいな。
ラーメン屋の時給は650円だから、1年くらいかかるかな。
同じクラスに、2シーターのスポーツカーで通ってる奴がいた。
「今日、混んでてさ~。東名。」
「マンション? 2つ借りてるよ。原宿と赤坂。」
「シャツってさ、2万はするよな。普通。」
「今日飲みに行こうよ。六本木でいい?」
ごめん。バイトあるから。
金銭感覚が違うと、同い年でも会話が成立しないことを、初めて知った。
違い過ぎると、嫌な感じもしないし、劣等感さえ感じないんだな。
地元には、こんな奴はいなかった。面白いな。
3年後。大学4年の夏。都心のキャンパスで、久しぶりに声をかけられた。
「就職決まった?」
うん。
「どこ?」
〇〇〇〇。
「お前はいいな。いつも。羨ましいよ。」
羨ましいって何だよ。
そういえば、有名デザイナーを母に持つ女の子にも、同じことを言われた。
都心の億ションから歩いて通う彼女が、僕のアルバイトの話にくれたんだ。
「なんか、羨ましい。」って。
一年前かな。思い出した。
彼女には、その意味を聞けなかった。今でも、わからないままだ。
コイツには、聞いてみよう。
2回目だし。男だしな。
親父の会社に入るんだろ? 次期社長として。羨ましいのは、こっちだよ。
「お前さ、いつも好きなことやってるだろ? 学園祭で踊ってるの見たよ。
スゴイ楽しそうだった。ダンス好きなんだなって思って見てたら、オートバイ乗り出して、また楽しそうじゃん。いつも、やりたいことやってる。そういう顔してるよ。そうだろ?」
そうだけど、お前ならもっと、何だってできるだろ? 好きなこと。
「好きなことなんか、ないよ。やりたいこともない。だから、羨ましいんだよ。」
寂しそうに、笑った。
意外だった。
僕にはいつも、好きなこと、やりたいことが、たくさんある。
それが普通で、みんなもそうだと思っていた。
母子家庭だから仕送りは少ない。奨学金で足りない分はバイトで稼いだ。
バイトの交通費で通学して、賄いで食費を浮かせて、何とか繋いできた。
少しずつ金を貯めて、好きなこと、やりたいことに使ってきたんだ。
裕福な家に生まれた彼らなら、僕の何倍も楽しんでると思っていた。
クラスの皆がいつも、つまらなそうな顔をしてる理由がわかった。
醒めた顔してるのは、カッコつけてるんじゃなかった。
好きなことが見つからない。やりたいことが、ないんだ。
好きなことがあるって、夢中になれるって、幸せなことなんだな。
初めて知った。
卒業して就職しても、やりたいことをやって、生きて行こう。
いつか、この人生も、終わる日が来るから。
欠けていく視界に、自分の人生が走馬灯のように回るその時、
「ああ、楽しい人生だった。面白かったな。」って、笑えるように。
1987年(23歳)
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