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ラッパーのショートショート『彼氏いない歴=年齢のユーチューバー』

「抹茶クリームカフェラテェェッ!のお客様!お待たせいたしました。」


クリスマスイブのカフェはカップルの男女でいっぱい。外から見た時に窓側の良さそうな席が空いていたのでこのカフェにしたが失敗かも。いちゃついているカップルの間をすり抜けて2階へ上ることにした。

私は彼氏いない歴=年齢の女。

妬みと嫉みをユーチューブで解放した結果、サラリーマン活動をしながら登録者が9000人を誇る駆け出しユーチューバーになれた。当初は彼氏を作るために美容系やファッション系を主軸とした動画を出していたが、ある時彼氏ができないことをネタにした動画を出してみた。すると、いつもの数十倍の「いいね」がつき、徐々にフォロワーが増えていった。

嬉しいけど、悲しい。まあいっかっ!って割り切れるほど年はとってないし、やろうと思えばマッチングアプリで男をひっかけることは簡単にできる。ただ、好みの男とデートできても相手からの返信がつかなくなることが多すぎて最近はそういうアプリも使ってない。返信が来ないとネガティブな思考におちいってしまうので、素直に楽しくないと思える日々が続いていた。そんなこんなで、クリスマスイブ。

やっと見つけた席の両隣はいちゃいちゃカップルだった。自分よりも見た目がかわいい子だったら許すが、両カップルとも女性が私よりブサイクなのでゆるさない。だが、ゆるさないと言ったところで何もできないのが腹立つ。その場を離れればいいのだが、寒い外で本を読むのは勘弁だ。私は親友から半強制的に渡された「素直になりんさい。エベレストに登った筋肉アイドルが教える恋のアゲアゲ熱っちい」という変なタイトルの文庫本をカバンから取り出して読む。タイトルは意味不明なのだが、中身は割と面白かった。

地下アイドルとして活動していた女性が旅行先のネパールで出会った日本人男性からチベット仏教について教えてもらい、その教えの面白さにひかれ、1年後エベレスト登頂に成功。その後筋肉がついたのをきっかけに実はアイドルよりもボディービルダーになるほうが自分の性格に合っていると気づき、ボディービルダーの道に進む。すると大きな仕事がもらえて男性からモテる様になったのだという。作り話のような話だが、その本の最後の言葉に私は感動した。

「旅行先のネパールであの日本人に会ったとき、素直に自分の直観を信じていなければ今の自分はありませんでした。運命の出会いに対しては素直になってほしいな。 文・マーマレードバスターアケミ」

涙は1滴たりとも出ないが、感動した。

窓の外は暗くなっていたが、イルミネーションで道路が照らされていた。

両隣にいたカップルはいなくなり、右隣に大学生ぽい男の人が机の上に突っ伏して寝ていた。少し口元から出てるよだれがなんだかかわいい。てか、けっこうイケメンじゃん。

起きないでー、と念じながら彼のパソコンの画面をこそっと見てみると私がいた。

え!私じゃん!見てる途中に寝てしまったのだろう、パソコンには私が昨日投稿した動画が映し出されていた。

「運命の出会いに対しては素直になってほしいな。」マーマレードバスターアケミはそう言ってた。今日がその時じゃない?私の好きな、少したれ目の肌が白い男の子を私はじーっと見つめる。

起き上がって。私のほうを見て。「え、もしかして!」と眠気まなこのたれ目で驚いて。「なんか緊張します」と言って。「すごくけなげで頑張っているところが好きです」って告白して。1年後、同じ場所で一緒に過ごすの。ふふふ。ふふふ。

なんて妄想をしてたら、抹茶クリームカフェラテがなくなった。

窓の外は暗くなっていたが、イルミネーションで道路が照らされていた。

「あのー...すいません」私より少し年が低めの男の子が控えめに顔を覗き込んできた。

マーマレードバスターアケミは言った「運命の出会いに対しては素直になってほしいな。」

「もし、違ってたらすみません..まどかチャンネルの方ですよね..?」


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