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新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第3話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。

3ヶ月目:そろそろ自分で考えて

【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員
マスコ(45):BARマスコのママ。辛口だが、愛ある彼女の言葉を聞きに来る人は多い

【ストーリー】
圭太が入社して3か月。梅雨明け宣言はまだだが、時折、晴れ間がのぞくようになった。日々のコミュニケーションを密にすることで、佐和子と圭太の信頼関係はだんだん深まってきている。素直で人懐っこいのは圭太の魅力だが、佐和子は少し気になることがあった。

ある水曜日の午後。圭太が佐和子の席にやってきた。

圭太「鈴木さん、今、お時間良いですか?」
佐和子「良いですよ」
圭太「ここ5年、どんな果実飲料が売れているか知りたいのですが」
佐和子「当社の? 他社の?」
圭太「あ、当社のです」
佐和子「共有フォルダーがあることは知っているよね?」
圭太「いえ…どこにあるかわからないです」

佐和子はパソコンを指さしながら説明を続けた。

佐和子「この共有フォルダーの中に、『果実飲料(当社)』というファイルが入っているので、
そこを見てもらえる?」
圭太「あ、そうでしたよね~」
  「ちなみに、どの果実飲料が売れているのかを表す時って、何を使った
   ら良いですか?」
佐和子「何って?」
圭太「表とグラフだったら、どちらを使ったら良いですか?」
佐和子「そのデータをどう見せたいかによるけど…」
圭太「ですよね~」

佐和子はモヤモヤを感じ始めた。わからないことを「わからない」と正直に言ってくれたり、質問してくれたりするのはありがたい。ただ、何でもかんでも佐和子に聞こうとする圭太の姿勢に、馴れ合いが感じられるようになってきた。

(どうしたら良いのかな…)

仕事を終えた佐和子は、そのまま行きつけのBARマスコへ向かった。佐和子の会社が開発した果実飲料を使ったカクテルが人気の店だ。

カンパリオレンジで喉を潤し、ふうっと息を吐くと、ママのマスコが声をかけてきた。

マスコ「今日はどうしたの?」
佐和子「えっ?」
マスコ「なんか、浮かない顔をしているじゃない?」
佐和子「実は、育成に関わっている新入社員のことがちょっと気になっていて。何でも私に聞いてくるんです…」
マスコ「そう。これは私の印象だけど、世の中では言いたいことも言えない若者が多い中で、わからないことや気になることをとりあえず聞いてみる姿勢があるのは、まだいいわよね」
佐和子「そうですね…」
マスコ「ただ、そのままじゃ、自分で動かない子になってしまうわね。突き放すというと言葉がキツイかもしれないけれど、そういうのも大事よ」
佐和子「そうですよね。彼の成長のためにも…」

(早く一人前になってもらうためには、このままじゃいけない…)

翌日、佐和子は仕事が終わった後、「よかったら、一杯だけ飲んで帰らない?」と圭太を飲みに誘った。圭太は嬉しそうに
「はい!」と返事をした。

時間が早いせいか、BARマスコには、まだ誰もお客がいなかった。

佐和子「田中さん、こちらはママのマスコさん。このお店は当社の開発した果実飲料を使ったカクテルがとても人気のお店なの」
圭太「はじめまして。田中と申します」
マスコ「はじめまして。マスコです」
圭太「今、こちらで一番売れているカクテルは何ですか?」
マスコ「そうねえ。一番売れているのは、信州のリンゴジュースを使ったビッグアップルかな。召しあがりますか?」
圭太「はい」
佐和子「じゃあ、私も同じものを」

カクテルができあがるまで、二人とも黙ってみていた。

カクテルがカウンターに置かれ、乾杯をして一口飲むと、佐和子が圭太に話し始めた。

佐和子「田中さん、入社して3か月よね」
圭太「はい」
佐和子「一つ気になることがあって。仕事の中で、わからないことをわからないって正直に言ってくれるのはとてもありがたいと思っているの。ただ、わからないことを私に聞く前に、そろそろ自分で調べたり、考えたりしてもらえないかな?」
圭太「えっ?」

圭太はカクテルを持ったまま、動かなくなった。
その圭太を見て、佐和子はテーブルに置いてある自分のカクテルに目を落とした。

しばらくしてから、圭太がポツリポツリと話し始めた。

圭太「あの…先日、佐藤課長に新商品のアイデアを考えてみて欲しいと言われて。まずはここ5年、どんな果実飲料が売れているか調べてみようと思ったんです」

「データをまとめる時に、時系列で売上の推移を見ながらそれぞれの果実飲料の割合を示すのであれば『棒グラフ』が良いけれど、各年毎に全体の売上に占める果実飲料の割合を示すのであれば『円グラフ』の方がわかりやすいかも…なんて考えていたら、よくわからなくなってしまって…」

(田中さん、考えていないわけじゃなかったんだ…)

佐和子は唇をきゅっと噛んだ。

<終>

4ヶ月目に続く

【佐和子のOJTメモ】
 自分で調べたり、考えたりするよう促すことも大切
 ただし、言葉に出さないだけで考えていないわけではないかもしれない。そこをくみ取るような関わりも必要


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