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新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第4話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。

4ヶ月目:叱られる側の事情

【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員
佐藤博(38):商品開発部の課長。佐和子、圭太の上司

【ストーリー】
圭太が入社して4か月が経った。社内は冷房でひんやりしているが、社外に一歩出ればうだるような暑さが続いている。

佐藤課長「田中くん、先日頼んだ例の資料できているかな?」
圭太「例の…?あ、いえ」
佐藤課長「どこまでできている?」
圭太「すみません。まだ全然手をつけられなくて…」
佐藤課長「えっ?」
圭太「すみません!」

圭太が佐藤課長へ謝る声が部内に響きわたった。佐和子は驚いて、2人がいる方を振り返った。最近、圭太から仕事の報連相はほとんどない。佐和子は圭太のやる気が低下しているように感じていた。

(夏バテかな。それともスランプ? まさか、BARマスコで伝えたことをずっと気にしているなんてことないよね…)
佐和子はよぎる思いをかき消すように首を振った。

翌日―。

圭太は出社時間ギリギリにオフィスへ飛び込んできた。遅刻したわけでないが、圭太の勤務態度に、佐和子はいら立ちを感じ始めていた。

佐和子は圭太に声をかけた。

佐和子「田中さん、ちょっといいかな?」
圭太「あ、はい」
佐和子「締め切りまでに仕事が終わらない時や、会社に遅れそうだったら、事前に報連相が必要だよ」
圭太「…」
佐和子「社会人として、やるべきことは、きちっとやろうね」
圭太「あ、はい」

そう言うと、圭太はさっと席を立ってしまった。何を考えているかわからない圭太の態度に、佐和子の気持ちは乱れた。

佐和子は女子トイレの個室へ入り「はぁ…」と小さくため息をつくと、女子社員の話し声が聞こえて来た。

「今日の同期会。19時からだよね?」
「そう、そう。今日何人来るの?」
「たぶん10人位かな。そういえば田中くん、行けるかどうかわからないって言っていたよ」
「そうなの? 最近忙しいのかな?」
「うーん。聞くところによると、田中くんのOJTトレーナー、細かいらしいよ。細かく仕事の進捗、管理するんだって。その影響かな?」
「そうなんだ。細かいと疲れるよね~」

(えっ? これって私のこと…?)

佐和子は、トイレの個室で心臓が止まりそうになった。女子社員が全員出ていくのを見計らってから、そっとトイレから出た。

(いちいち管理するって何?トレーナーが仕事の進捗を確認するのは当たり前じゃない)

その日、佐和子は頭から湯気が出そうな気分で仕事をしていた。
帰りの電車の中、佐和子のバイブルである『OJTで人を育てる』を開いてみた。そこには、こう書いてあった。

OJTトレーナーは、自分の言動が新入社員にどのようなインパクトを与えているか自覚すべきだ。良かれと思ってやっていることが、逆効果のこともある。
例えば、仕事の指示を細かく出し過ぎたり、仕事の進捗を何度も確認すると、本人はやる気をなくす可能性がある。そんな時は「任せて、見守る」ことを意識すると良い。

(これ、正に私のことだ…)
佐和子は肩を落とした。

(失敗しないように先手を打って確認して来たけれど、それが良くなかったのかも。「任せて、見守る」ってどういうことなんだろう…?)
佐和子の頭の中には、この問いがぐるぐると回り始めた。

翌朝、佐和子がオフィスに到着すると、圭太はもう出社していた。

佐和子「田中さん、おはよう」
圭太「おはようございます」
佐和子「今日は早いね」
圭太「佐藤課長に指示された仕事が終わっていなかったので…」
佐和子「そっか」

佐和子は深呼吸してから、言葉を続けた。

佐和子「昨日よく話を聞かなかったのだけど、最近、仕事が進んでいなかったり、昨日は会社に遅刻しそうになっていたけれど、何かあったの?」

圭太はしばらく黙っていたが、話し始めた。

圭太「あの…プライベートなことなんですが、今月の初めに母親が入院して。今、妹たちの面倒を見ているんですが、家事をやったことないので、手間取ってしまって…」
佐和子「そうだったんだ…。大変だよね。何か力になれることがあったら言ってね」

そう佐和子が言うと、圭太はいつもの笑顔を見せた。

佐和子「それと、仕事の進捗を確認するタイミングについて、田中さんの意見を聞きたいのだけど…」
圭太「確認するタイミングですか…?」

圭太が怪訝な顔をしたので、佐和子は慌てて言葉を濁した。

佐和子「いや、あの、もし、こうして欲しいというリクエストがあればなんだけど…」
圭太「そうですね。今のままでも良いですけれど、週の初めにスケジュールを確認して、週の終わりに進捗確認するぐらいだとありがたいです」
佐和子「わかった。じゃ、そのペースでやるね」

佐和子の心に引っかかっていたものがようやくとれた。

<終>

5か月目に続く

【佐和子のOJTメモ】
 良かれと思ってやっていることが、相手のやる気を損なわせることもある
 相手の行動の背景にあるものを確認してから叱る


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