見出し画像

新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第5話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。

5ヶ月目:一人で抱えない

【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員
鈴木十和子(55):佐和子の母
小西沙織(35):総務関連のエキスパート。みんなの頼れるお姉さんのような存在

【ストーリー】
圭太が入社して5か月が経った。暦の上では秋だが、まだ残暑が感じられる日が多い。佐和子は、OJTトレーナーとして日々圭太の育成に取り組んでいるが、自分の力不足を感じていた。

業務については、その都度話し合いながら進めているが、プライベートなことについては一歩踏み込めない自分がいた。先月、圭太の母親が入院し、妹の面倒を見ていることを聞いた時には、気の利いたアドバイスを一言も言うことができなかった。その後、圭太の態度がうわの空だと感じた時も、「家庭が大変なのかも…」と思い、叱れなかった。

佐和子は仕事を終えて自宅へ戻ると、いつものように母が笑顔で迎えてくれた。

「お帰りなさい」
佐和子「ただいま」
「今日は佐和子の好きな栗ごはんよ」
佐和子「ありがとう。栗ごはん、久々だなあ」
「お風呂わいているけれど、ご飯先にする?」
佐和子「そうする」

考えてみれば、佐和子が仕事から帰ると、いつもあたたかいご飯やお風呂が用意されていた。
(これって当たり前じゃないよね。そういえば、田中さんは今、どんな生活をしているのだろう。妹さんの面倒を見ているって言っていたけれど…)
スーツを着替えながら、そんなことをつらつらと考えていた。

夕飯の後――。

佐和子は自分の部屋に戻り、引き出しから、以前受けたOJTトレーナー研修のテキストを取りだした。パラパラめくっていると、1枚のシートが落ちてきた。「演習:周囲の人を巻き込むために」と書かれていた。

(そうだ! 新入社員の育成において、協力してくれそうな人を思い浮かべて、どんなことを協力してもらえそうか書き出したんだった!)
佐和子は、書いたことを一気に読んだ。

・商品開発部の佐藤課長
新入社員の育成と自分の業務の両立が難しくなった時に相談する。育成計画の見直しをする時に相談する。

・営業部の中田さん

商品の知識が豊富。顧客からの信頼も厚い。新商品を開発する時にアドバイスをもらいたい。

・研修開発部の山岸さん

佐和子の元OJTトレーナー。真面目でコツコツ型。経験から学びを深めることが得意。

・総務部の小西さん
総務関連のエキスパート。社内業務で困った時に相談する。みんなの頼れるお姉さん

改めて眺めてみると、実務指導をする人、学びを支援する人、精神的なサポートをする人など、佐和子の周りにはいろいろな分野に秀でている人がいることに気づいた。

佐和子は思わず「あっ!」と声をあげた。
(そうだ! 総務部の小西さん、介護や子育ての経験があるんだった! 田中さんの話を聞いてもらおう)

佐和子は、自分以外にも圭太を励ましたり、叱ってくれる人がいることに気づき、嬉しくなった。

次の日――。

佐和子は小西さんのところへ行き相談すると、快く引き受けてくれた。

早速その日の昼休み、小西さんは圭太のところへ行き、話しをしてくれた。圭太は何度もうなづきながら話を聞いていた。最後には笑顔がこぼれた。

その後、どんな話をしたのか小西さんに聞いてみると、微笑みながらこう答えた。

小西さん「田中さんが頑張っていることをねぎらった上で、もし疲れていて仕事に集中できないようだったら、上の人に相談して、休みをとった方が良いという話をしました。無理をすると、家族にとっても会社にとっても、田中さん自身にとってもマイナスの影響があると」
佐和子「マイナスの影響…。そうですよね」
小西さん「それから、家事代行というのがあるから、一定期間は割り切って使ってみるのもお勧めだという話をしました。私自身、それで救われた経験があるので。とにかく、一人で抱えないで、何かあったら遠慮せずにいつでも話をしに来てねと伝えました」
佐和子「一人で抱えないこと…」

佐和子がつぶやくと、小西さんは佐和子の背中をさすって言った。

小西さん「鈴木さん、あなたもね」

佐和子は大きくうなずいた。

<終>

6ヶ月目に続く

【佐和子のOJTメモ】
・ 他の人に新入社員を励ましたり、叱ってもらうのも良い。一人で抱えないこと


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?