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新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第9話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。

11ヶ月目:問題に気づかせる

【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員。11月にトレンドリサーチ室へ異動
マスコ(45):BARマスコのママ。辛口だが、愛ある彼女の言葉を聞きに来る人は多い

【ストーリー】
圭太が入社して11か月が経った。社内のカフェテリアでは、ちらし寿司と蛤のお吸い物がセットになった桃の節句ランチに行列ができている。

昨日、佐和子は圭太がトラブルを起こしたことをお客様から聞いたが、圭太は何も言ってこない。

(なぜ、報告がないのだろう…)

佐和子はそのことが気になって、思うように仕事に集中できない。

(今日は仕事にならないな…)

終業時間を過ぎたので、佐和子は業務日誌を書き、明日の仕事を確認すると、足早に会社を後にした。

気がつくと、佐和子はBARマスコへ向かっていた。

佐和子「こんばんは」
マスコ「あら、いらっしゃい。一人?」
佐和子「はい」
マスコ「何か飲む?」
佐和子「そうですね…。気持ちが明るくなりそうなもの、お願いできますか?」
マスコ「気持ちが明るくなりそうなもの、ね」

しばらくすると、ママのマスコがロングカクテルを持ってきてくれた。

マスコ「桃と白ワインのカクテル。あなたの会社の生桃ジュースを使わせてもらっているわ」
佐和子「ママ、ありがとう」

佐和子は一口飲み、「おいしい」と言って、ふぅっとため息をついた。

マスコ「今日はどうしたの? もしかして例の新入社員さんのこと?」
佐和子「はい…」

佐和子はうつむき、とつとつと話し始めた。

佐和子「実は…昨日お客様から彼がトラブルを起こしたことを聞いたのですが…彼からは何も報告がなくて…」
マスコ「そう。報告がないのは困るわね。彼とは話したの?」
佐和子「いえ、まだです。どう伝えれば良いかわからなくて…」
マスコ「悩むわよね。1つ言えることがあるとすれば、お客様から言われたことをそのまま伝えるのではなくて、何が問題かをはっきりさせることが大事だと思うわ」
佐和子「何が問題か…」

佐和子はつぶやいて、カクテルを一気に飲みほした。

翌日――。

昼食後、佐和子は圭太を会議室へ呼んだ。

佐和子「田中さん、新商品飲んだ?」
圭太「梅桜ですか? まだです」
佐和子「そうだと思って持ってきたよ」
圭太「ありがとうございます」
佐和子「甘酸っぱさが良いよね」
圭太「そうですね」

梅桜を何口か味わった後、「ところで、何か報告することない?」と佐和子が切り出した。すると圭太は怪訝そうな顔をして、聞いてきた。

圭太「もしかして、マンデースーパーさんのことですか…?」
佐和子「そう」
圭太「その件は、先方の勘違いなんです」
佐和子「勘違い?」
圭太「来月、営業部と一緒に新商品のキャンペーンをする予定なのですが、マンデーの店長が来週だと勘違いしていて。店長から『どうにかならない?』って言われたんですけれども、うちの室長は決めたことを変更する人じゃないですから、『難しい』って伝えたんです。前回のキャンペーンの売り上げはいまいちだったようですし、今回も期待できないので、そこに時間を割かなくてもいいかなと…」
佐和子「田中さん、全体像を把握したいので、ちょっと確認させてね。店長がキャンペーンの日程を勘違いしたようだけど、キャンペーンについて文書やメールには残していないの?」
圭太「残していません。電話です」
佐和子「電話…? そう…。店長が日程を勘違いしたことや日程を変更したいと相談されたことは、室長に報告した?」
圭太「いいえ」
佐和子「していないの?」
圭太「はい」
佐和子「…」
佐和子「じゃあ、どういうところから、室長は決めたことを変更する人じゃないと思ったの?」
圭太「いつもそうですから」
佐和子「いつもって…。今回もそうだとは限らないよね?」
圭太「…」
佐和子「それから、前回のキャンペーンの売り上げはいまいちだったようだけど、今回期待できないと思った理由は何?」
圭太「お店の客層はすぐには変わらないですから…」
佐和子「でも、キャンペーンを行う時期も扱う商品も違うよね?」
圭太「…」

圭太は言葉が出なくなった。

佐和子「田中さん、マンデースーパーさんとは長く取引をさせていただいているけれど、そういうお取引先とも何か取り決めをする時には口頭ではなくて、必ず文書でやり取りして」
圭太「はい」
佐和子「それから、室長は決めたことを変更する人じゃないというのは『レッテル貼り』、前回の売り上げが思わしくなかったから、今回の売り上げも期待できないというのは『過度な一般化』、根拠のない『思い込み』だよ。事実と解釈は分けて考えるようにして。このままでは、問題がさらに大きくなってしまうよ」
圭太「はい…」
佐和子「マンデースーパーさんのこと、今すぐ室長に相談して。私は佐藤課長に報告するから」
圭太「わかりました」

圭太と佐和子は、急いで上司のもとへ向かった。2人が出ていった会議室は、梅桜の香りだけが残っていた。

<終>

12ヶ月目に続く

【佐和子のOJTメモ】
 トラブルが起きた時は、どこに問題があったのかを明らかにする


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