「どう死ぬかではなく、最期の最期までどう生きるか」
歌舞伎俳優市川海老蔵さんの妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日夜、都内の自宅でお亡くなりになりました。まだ34歳でした。
一報に触れた時「え…?」と絶句です。
そして、以下のようなツイートをしました。
僕は彼女の闘病ブログを拝見していました。
身体的には辛いだろうし、痛いだろうし、あんなに痩せてしまった姿は見ていて切ないものでしたが、写真に映る彼女はいつも笑顔でした。
だからこそ、今死んでしまうことは「くやしいだろうな」と思ったんです。
でも、彼女はそんなレベルなんかじゃありませんでした。間違ってました。
去年の11月に、イギリスのBBCに寄稿した文章を読むとそれがわかります。
がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」
ぜひ読んでください。
彼女は当初病気のことを隠していましたが、それを変えるきっかけとなったのが緩和ケアの先生の「がんの陰に隠れないで」という言葉だったそうです。
私は気がつきました。
元の自分に戻りたいと思っていながら、私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とはかけ離れた自分になってしまっていたことに。
何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、「失格」の烙印を押し、苦しみの陰に隠れ続けていたのです。
理想の母親としてのこだわりを持っていた彼女は、すべて自分でやるべきだと思っていたそうです。病気になってそれができないという事実は、彼女の心をを苦しめました。
「なりたい」理想に「なれない」自分を責めてしまうということは、よくあることです。
でも、彼女は、気付きます。
家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、私を妻として、母として、以前と同じく、認め、信じ、愛してくれていました。
彼女が闘病ブログを公開しはじめたのはそれからです。
例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。
そうなんです。まさしく、彼女がそう思われたくないというふうに僕は思ってしまった。「くやしいだろうに」と思ってしまったのです。
本当に恥ずかしいと思います。
麻央さんは「精一杯生きた」。最期の最期まで生き抜いた。彼女の言葉を借りれば、最期まで「人生をより色どり豊かなものにするために」生き通したんです。
今日一日を生き、一分一秒を生き、旦那さんやお子さん、家族との刹那に幸せを感じ取っていた。
僕は、癌でもないし、闘病もしていません。ですが、彼女から励まされました。そして教えてもらいました。
「人はどう死ぬかではなく、最期の最期までどう生きるか」。
ご冥福をお祈りします。
長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。