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米津玄師は失速?を徹底検証してみた

 4月上旬、「米津玄師は失速?」というタイトルのネット記事が出回っていた。それは「POP SONG」のオリコン初週DL数とYouTube再生回数を指標に「米津が明らかに勢いを失っている」と論じていた。

 事実「POP SONG」はプレステとの大型タイアップ曲でテレビCMからOOH屋外広告まで派手な広告宣伝を展開したにも関わらず、1度も首位に輝くことなくわずか9週でヒットチャート*から消えた。

*Billboard Japan 総合チャートHOT100

あらゆる角度からの検証を試みる

 このチャート成績を見るかぎり確かにダウントレンドに見える。だが、これだけで「失速」と見るのはいささか早計であり、安直ではないだろうか?

 まず前提として「普遍的な”ポップソング”を作りたい」と一貫して言い続けている米津は、芸術家と言うより商業音楽家に近い。"ポップソングという商品を製造するメーカー"であると同時に"彼そのものも商品"だ。

 音楽や人物を”商品”扱いするなとお叱りを受けそうだが、ここでは論法をわかりやすくするためにあえて使用することをご容赦いただきたい。

商品であってほしいと思います。極端に言うと、アーティストでありたくないんですよね。自分が作るものはほかの人に消費されてしかるべきだし、それを聴いてくれる人のためのものであるべきで。

2015年ナタリー インタビューより

ライフサイクルから見た米津玄師の現在地

 商品にはライフサイクルというものがある。縦軸は売上等の事業目標、横軸は経過時間。成熟期が長い商品がすなわち”ロングセラー”と言うことだ。

プロダクトライフスタイル曲線(例)

 いまだに衰退の気配がない「Lemon」は文句なしのロングセラーであるが、この記事では楽曲ごとではなく、米津玄師の音楽家としての現在地を見極めたい。

「Loser」「打上花火」等で注目度が高まってきた2016 〜'17年を「成長期」とするならば、「Lemon」の大ヒット、紅白歌合戦出場により一気に知名度が上がった2018年末から「成熟期」に突入したと見ていいだろう。

 2020年にはSTRAY SHEEPの記録的セールスによりライフサイクル曲線はさらに上昇した。その後、寡作だった2021年について”結果論”としながらも、米津はこう振り返っている。

去年はここ10年の中で一番ミュージシャンとして何もしなかった年だったと思います。(中略)30代になってひとつの節目を迎えたというか、一旦落ち着く年だったのかもしれないですね。

2022 ナタリーインタビューより

 しかし、この時点で「シン・ウルトラマン」主題歌を含むニューシングル、ライブツアー、それに付随するMVやグッズ制作等が着々と進んでいた。全く落ち着いてもいないし、ましてや衰退期に向かっているとはおよそ考えにくい。

支持基盤+ライトファン動向から見る人気度

 まず、人気度から検証しよう。

知名度は90%以上?

 知名度と関心度を掛け合わせた調査で、米津は2021年の音楽部門において1位を獲得している。

日経エンターテイメント タレントパワーランキング2021より
(10代〜60代男女/N:4400人)

 このことから”名前だけ知っているレベル”も含めれば、サザンや福山雅治、ユーミンなどに匹敵する90%以上の知名度があるだろうと予測できる。注目度・関心度の高さもこの順位を決定づけている。

増え続けるSNSフォロワー数

 過去5年間、Twitterフォロワーはリリースやトピックのたびにコンスタントに増え続けている。ただ、2021年以降、新曲をリリースしても新規フォロワーの伸びが鈍っている。

SOCIAL BLADEデータより

 これは”失速”と言うよりも、”飽和状態に近い”と見た方がいいかもしれない。

 現在、J-POPアーティストでTwitterフォロワーが200万人を超えているのは下記の9人のみ。うち、きゃりーぱみゅぱみゅと宇多田ヒカルは海外でも活動しており英語での投稿も多い。

2022年5月4日現在 あちこちデータより

 つまり、フォロワー数はすでに上限に近いのではないか?これ以上増やすなら”海外フォロワー”を獲得するか、”音楽以外の分野”からファンを得るしかなさそうだ。

 例えば、人気ゲーム「フォートナイト」でのライブはその両方に寄与した可能性がある。

 日本国内で”米津玄師”が最も多くGoogle検索されたのは2018年の紅白出演前後。

Google Trends キーワード「米津玄師」
国内過去5年推移

 それに対し、全世界で”Kenshi Yonezu”のキーワード検索数が突出したのは、2020年の8月、STRAY SHEEPリリースに合わせたフォートナイトライブの時だった。

Google Trends キーワード「Kenshi Yonezu」
全世界過去5年推移

*上記グラフは最も多い検索数100とした”比率”を表したものであり、絶対数ではない。

 シン・ウルトラマン主題歌で特撮ファン、エヴァや庵野秀明ファンなどの新規フォロワーを取り込めるポテンシャルは大いにある。

 YouTubeチャンネルの登録者数は、昨年8月に600万人を超え、なお増加し続け、J-POPアーティストでは他の追随を許していない。

NoxInfluencerデータより

 また、2021年以降、MV再生回数の伸び悩みも指摘されているが、これはサブスク解禁が要因だと思う。解禁前、米津の曲を”タダ”で視聴できるのはYouTubeだけだったため、異常なほどにMVの再生数が多かった。

 つまり、米津ファン以外やDLやCDを購入するほどではないライトファンがサブスクに流れた結果、MV再生数が減少したと思われる。

 とは言え、5/7現在「PaleBlue」約5475万回(1日平均16.2万回)、「POP SONG」約2663万回(1日平均29.6万回)と、再生回数はかなり多い。それでも1億回を連発してた米津にしては…と比較されてしまうのだからたまったものではない。

確固たる基盤を築くガチファン層

 ただ、SNSフォロワー数=ファン数ではない。著名人や企業などのアカウントには一定数のフェイクやアンチ、また、単に情報収集用にフォローしている人も多く含まれている。

 では、米津が出すものなら何でも無条件で買う”コアファン”はどれくらいいるのだろうか?

 直近シングルCD「Pale Blue」の売上はフィジカル約20万枚、DL約10万。この述べ30万のうち、CD複数購入者、ファン以外の購入分などを鑑みて、コアファンは20万人くらいと推定してみた。

 本人ではなく個人事務所のSNSアカウントも大体これくらいのフォロワー数だ。(Twitter18.9万人/ Instagram7.8万人)

 ツアーはこのガチ勢が、友人や家族を伴って参戦(1当選で4名来場可)することを想定し動員数(15〜25万人)を設定しているような気がする。

 人数はあくまでも推測だが、この支持基盤の厚い応援がいついかなる時も米津のセールスを盤石なものとしている。

時代背景から見たセールスと競合状況

 さて、シビアな話になるが「STRAY SHEEP」以降、音源セールスはフィジカル、デジタルともに下降しているのは確かだ。

フィジカルよりもストリーミングの時代

 前項で書いたガチ基盤に、どれだけ浮動票を乗せられるかがヒットの決め手だが、今や利用者が3000万人に迫るストリーミングの重要性を避けて通るわけにはいかない。

ICT総研による利用者推計

ここ10年間にわたり減少し続けるCD制作数。

日本レコード協会データ

ダウンロードも減り続け、代わりにストリーミングが大幅に増加しており、音楽を”所有”する時代ではなくなってきている。また、CD特典で複数購入させる販促手法はチャートに反映されにくくなっている。
(濃いグリーン:ストリーミング/薄いグリーン:DL)

日本レコード協会データ

 2021年以降のリリース分だけで、ストリーミングが1億回再生を超えるJ-POPは19曲もあり、その多くがロングヒットにつながっている。

日本レコード協会データより

 特にOfficial髭男dism、YOASOBI、優里、BTS(K-POP)は5億回を超える曲もあるほどストリーミングに強いが、米津で1億回を超えているのは「Lemon」と「感電」しかない*。(*日本レコード協会認定データより/BillboardJapanの集計では「馬と鹿」「PaleBlue」の1億回突破と報道されている。)

<1億回超の楽曲が多い主なアーティスト>
YOASOBI(10曲)
BTS(9曲)*K-POP
Official髭男dism(8曲)
あいみょん(6曲)
back number(6曲)
優里(4曲)
King Gnu(4曲)
Vaundy(4曲)

日本レコード協会データより

 またZ世代(10代〜20代前半)は仲間うちでの話題についていくために、SNSやチャートなどの”お墨付きがある流行り物”に敏感に反応し、勝ち馬に乗りたがる*。これがロングヒットを生んでいるわけだ。

 昨年、年間総合1位だった優里の「ドライフラワー」は現在も15位以内をキープし続け、YOASOBIの「夜に駆ける」もずっと30位以内に留まっている。

優里「ドライフラワー」HOT100チャート/BillboardJapanより
YOASOBI「夜に駆ける」HOT100チャート/BillboardJapanより

 リリースがほぼ同時期だった「POP SONG」と優里の「レオ」を比較してもその差は一目瞭然だ。ロングヒットにはストリーミング再生の継続が欠かせない要素となっているようだ。

BillboardJapanより

 米津の場合、フィジカルやDLだけでも金額的には十分に稼げていると思うが、瞬間的に話題になっても短命な曲はすぐに忘れ去られていく。流行歌だからと言ってしまえばそれまでだが、米津の目指す”ポップソング”とはそう言うものではないだろう。

楽曲クオリティと消費者ニーズの齟齬

 では、米津の最近の曲はクオリティ的にはどうなのか?これは数値化できないので感覚的だが「ここ数年でかなり変化している」と思う。

 2019年「海の幽霊」以降の新曲全てのアレンジを手がける坂東裕大の参加によりサウンドが”リッチで立派”になった印象がある。

 コンビニで買える中毒性のあるヤバいスナックが、洒落たショーケースに並ぶ複雑なレシピのスイーツになったようなイメージだ。それは高度に美しく味わい深い。

 だが、変化を歓迎しないファン、あるいは3年目になるこのタッグにすでに飽き始めている人も少なからずいると思う。

 また、時代は”簡単でわかりやすいもの”、”誰でもすぐに真似できるもの”を求めている。映画やドラマは早送りでストーリーだけわかればよく、音楽はイントロを飛ばすのも当たり前*の世代がメインストリームを形成しつつある。

 ポップミュージシャンである以上、米津がそんな市場ニーズにアジャストする必要がないとは言い切れない。それを彼は誰よりもわかっていると思う。

ポップなものにたどり着くためのやり方は、時代によっても違うし、そもそも自分のコントロールだけでどうにかなるものではない。だからそれに挑むほどラジカルなものはないと思うし、やり甲斐もある。 

2022ナタリーインタビューより

 米津はメジャーデビュー以来、「Lemon」「馬と鹿」「STRAY SHEEP」と場外ホームラン級のミリオン超えヒットを含め、着実に安打を打ち続けている。当然、単打もあれば長打もあるがその打率は驚異的だ。

 5月18日、多くの期待と注目を一身に受け打席に立つ「M八七」そして「ETA」。目まぐるしく変わっていく音楽市場、視聴環境、消費者トレンド…。そのドラスティックな変化球をどう打ち返すのか?

 失速どころかギアを上げて加速する米津玄師から目が離せない。シュワッチ!

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