「地球儀」に見る米津玄師の献身と自信
運命的な宮﨑駿との巡り合い
宮﨑駿10年ぶりとなる新作「君たちはどう生きるか」の封切りから約1ヶ月後のインタビューで今の心情をこう表現した米津玄師。
あまりに重いプレッシャーからの開放感と同時に、”光栄の最上級”の仕事が”終わってしまった”一抹の寂しさを感じているのかもしれない。
子供の頃から大きな影響を受け、心の師匠、父と仰ぐ巨匠との邂逅は、「Lemon」の大ヒットで”自分がやってきたことはここで終わりなんだとエンドロールが流れ始めた感じ”がしていたと言う米津を”まだまだ生きるに値する人生が待っているんだろうな”と言う気持ちにさせた。(ナタリーインタビューより)
この翌年、自らが熱望したアニメ「海獣の子供」の主題歌「海の幽霊」を制作。この時も大きな満足感とともに”燃え尽き症候群”を感じていたと言う。
奇しくも同年に舞い込んできたオファーが「君たちはどう生きるか」の主題歌だった。
大仕事の節目に意図せずともモチベーションの燃料を注いでくれた宮﨑駿。鈴木敏夫Pの老練な戦略を超えた運命的な何かを感じずにはいられない。
「君たちはどう生きるか」への惜しみなき献身
「地球儀」を初めて聴いた宮﨑駿の落涙。緊張のあまり”死刑台にのぼるような気分だった”と言う米津は、”その光景を宝物のように抱えながら、これから先の人生を生きていくんだろう”と様々なインタビューで語っている。
この曲は「君たちはどう生きるか」のためだけに、もっと言えば宮﨑駿のために、4年の歳月と心血を注ぎ込んだ恩返しの歌でもある。米津が最も大切にしているポップソングとしての強度を犠牲にしてでも、この映画に捧げた計り知れないほどの敬意が溢れている。
監督自身がよくわからないと言うほど、”理解”など出来ようもない作品のエンドロールで、静謐な米津の歌声が清々しいまでの混沌を丸ごと包み込んでゆく。
それはレクイエムのようにも子守唄のようにも聞こえる。様々な名作に彩られた宮﨑駿という偉大なキャンパスが、静かに白紙に戻っていくような、そして、そこに彼の手による新たな一筆が掃かれるのを待つような、そんな美しい歌だ。
米津の献身は曲作りだけではない。一切の宣伝広告を行わない作戦に出たジブリに代わり、宣伝部長さながらの熱量でプロモーションをしまくっている。
もはや「地球儀」を売るためというより、彼の言葉を借りれば”使者のような、使徒のような気持ち”で「君たちはどう生きるか」そして宮﨑駿を布教している。
まず、Twitter(現X)に異例の長文コメントを投稿。
CD付属の写真集にはジブリとの制作記録と鈴木Pとの対談を掲載。日頃は控えめなSNS発信も積極的に行い、517日ぶりのインスタライブは短いタームで2度も配信された。
動く撮影スポットとして青鷺のイラストが描かれた「リイシューねこちゃんバス」が各地を周り、ロエベのファッション撮影のセットにも数々のジブリ関連グッズが持ち込まれた。
多くのメディアのインタビューに応じ、公式YouTubeチャンネルでは、菅田将暉との対談、ライブでの「地球儀」歌唱映像を公開。さらに恒例の新曲解説トークはたった1曲のために1時間以上も喋り続けると言う熱の入れようだ。
そのどれもが鳥の巣症候群のような誇らしい喪失と、やり切った喜びに輝いていた。
「地球儀」を後世に残るポップソングに
さて、ここからはいささかシビアな話となる。実際、ポップスとしての「地球儀」の強度はどうなのだろうか。
曲のクオリティ、個人的な好き嫌いは音楽において最も大切なことではあるが、客観的な指標はなく数値化もできない。ポップミュージック=大衆音楽とするならば、この曲が何回視聴され、歌われたか?音源がどれだけ売れたか?などを各種データとチャートで検証したい。
米津自身は宮﨑駿との関係性において”お釣りが来る”ほどの満足している一方で、”スコットランド民謡のように長く聴かれる曲にしたい”とも語っている。果たして「地球儀」には長く愛されるロングヒットのポテンシャルはあるのだろうか?
現状を見る限り、大ヒットには至っていない。
まず、リリース直後の初速を見てみよう。2019年以降リリースされたシングル(アルバムリード曲の「感電」含む)と比べてみると、今年リリースの曲はどれも数字を落としており、「地球儀」も直近の大ヒット曲「KICK BACK」の記録に遠く及ばなかった。
Billboard Japanの総合チャートでは2位が最高位、その後は右肩下がりで最新順位は25位。なお「KICK BACK」は47週目にして依然43位と健在だし、言わずもがなの「Lemon」は266週に渡ってチャートインを果たしている。
音楽聴取メディア1位(*全体の64%)のYouTubeでのMV再生数も、チャンネル登録者数が700万人近い米津にしては勢いがなく、1000万回を達成するのに1ヶ月以上を要した。
*2023年発表:日本レコード協会調べより
「地球儀」はこのまま世間から忘れ去られてしまうのか?
COVID-19が5類となったのが今年5月。今までの鬱憤を晴らすように開放感を満喫する世の中を席巻しているのは、空前の大ヒット記録を爆進中のYOASOBI「アイドル」だ。
明るく楽しくわちゃわちゃとした、どこを切ってもキャッチーな曲調、毒っ気と可愛らしさが融合したアニメMV、それは日本のみならず世界を魅了。シンプルで素朴な「地球儀」は大きく水をあけられている。
これが時代の空気というヤツだろう。「君たちはどう生きるか」について書かれた記事にあったこの1文は、映画だけでなく音楽にも同じことが言えるような気がする。
稀代のヒットメーカーにして、映画、ドラマからゲーム、CMまで一流のテーマ曲職人である米津玄師ならば、確実にヒット作をつくる。だが、それが大ヒットするかのジャッジは、評論家でも固定ファンでもなく常に時代がくだすものなのだ。
とは言え、渾身の名曲「地球儀」がこのままではあまりにも惜しくはないか?
余計なお世話を承知で書けば、より多くの人にこの曲を届けるリーサルウェポンは紅白歌合戦での生歌唱ではないかと思っている。
この作品の制作過程にはNHKのカメラが入っていたことが明らかになっており、年内に特番が放映されるのではないだろうか?また、北米公開が12月8日であることから、米津が年末に今一度「君たちはどう生きるか」に花を添えても不思議ではないような気がする。
近年、紅白の視聴率は落ち込んではいるがそこは腐っても鯛。昨年のVaundyのように既発曲が紅白をきっかけに爆発するのも視聴率30%超のなせるワザだ。
まぁ、本人はチャート順位など意に介していないだろう。「LADY」「月を見ていた」「地球儀」と次々と”野心を持って”挑み続けてきた曲から得た確かな手応えは、たとえ数値には現れていなくても、米津の自信をより強固なものにしたに違いない。
単に生放送で歌う米津玄師が見てみたいという視聴者の戯言として聞き流してほしい。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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*「海の幽霊」リリース:2019年6月3日。ジブリから絵コンテを受けっとったのが2019年5月
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