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米津玄師が新曲「死神」で魅せた新境地

 2017年、Loser/ナンバーナインのカップリング曲だった”amen”を「吹き出物みたいな感じ」の「自分が作った曲の中で一番暗い曲」と語っていた米津玄師。(REAL SOUNDのインタビュー)

 あれから4年、大ヒットアルバム「STRAY SHEEP」から約10ヶ月を経てリリースされた3曲入りシングル「PaleBlue」。

 ドラマ主題歌「PaleBlue」と報道番組のテーマ「ゆめうつつ」と言うタイアップ2曲に続く3曲目のタイトルが「死神」だと発表されたとき、「amen」が吹き出物なら「死神」は、そこから血膿が吹き出したような曲なのでは?とニヤケながら戦慄した。

あに図らんや、とんでもない

もしかしたら「死神」は米津が作った曲の中で一番明るい曲かもしれない。

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 完全にふざけている。お戯れも甚だしいw。
無邪気な悪戯から大火事になってしまう危険性を孕むけしからん火種だ。

 古典落語の演目である「死神」はグリム童話「死神の名付け親」を題材にしており、どちらも人間の業の深さを描いている。
(画像クリックで物語を読めます↓)

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 落語の方のあらすじはこちら→クリック

 死神には、演者によって様々な「サゲ(オチのこと)」のバリエーションがある。寿命を表す蝋燭の火を移し替えるのに失敗した主人公が「(火が)消えた・・」と言って倒れ込むのが基本型だが、米津の曲には最後に火を吹き消す音が入っており、この息の主が死神であることがMVで明らかになる。

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これは立川談志バージョンのサゲである。ちなみに談志の呪文は「アジャラカモクレン テケレッツのパー」ではない。

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(鹿児島大学:梅内 幸信氏の論文「古典落語『死神』に関するモチーフ分析と呪文について」より引用:上記画像クリックで当該論文へ)

 呪文を唱え手拍子を2つ打つと死神は消える。MVでは寄席に5人の観客がいるが、噺家が手を打つたびに面白いように1人ずつ消えていく。つまり彼らは足元にいる死神なのだ。

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 調子に乗ってヘラヘラと高笑いする噺家。余談だがこの時の蛇のような舌の動きが意識的な演技だとしたらかなりなものだ。(0.25倍速再生推奨)

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 そして、ラスボスのように現れるスーツ姿の死神。いかにもなブラックスーツではなく、冴えない背広姿に却って不気味さが際立つ。米津が影響を受けた「その男凶暴につき」へのオマージュなのかもしれない。この映画でやたら歩き回る北野武をイメージした靴音が、”死神”のイントロからずっと不吉なリズムを刻んでいる。

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 この靴音は既存のSEではなく、米津が様々な靴をスタジオに持ち込み実際に録音したそうだ。

 MVで米津は1人7役を演じているが、その表情は喜劇役者さながらにユーモラスで思わず笑っしまう。おちゃらけ度合いが完全に突き抜けていて、本人がこのコスプレを心底楽しんでいるように見える。

 また、和服の裾捌きや紗の羽織りを脱ぐ所作も美しい。緩めに着付けた胸元から、しどけない動きに合わせた衣擦れの音が聞こえてきそうだ。

落語まんまの歌詞とロックサウンドの融合

 歌詞についてはあまり深読みする余地もないほど落語のストーリーに忠実である。しかし、江戸落語を関西弁にしたことが軽妙なフックとなっている。「じゃらくれた」とは、米津の出身地である徳島の言葉で「ふざけた」と言う意味だ。

 「プリースヘルプミー」と言うカタカナ英語のコーラスを重ねるのも洒落が効いている。必死に命乞いする主人公とドS丸出しの死神の言い草がシニカルな笑いを誘う。

この歌詞など怒りとか懲罰ではなく完全なる快楽ではないか。

さあどこからどこまでやればいい
責め苦の果てに覗けるやつがいい
飛んで滑って泣いて喚いた顔が見たい

 また、特に異彩を放っている歌詞が「おしまいのフレグランス」だ。筆者は4種類の「死神」を聞いてみたが香りに言及したものはなかった。

 あくまでも推測だが、実はCDの特典であるフレグランスカードが先にありきだったのではないだろうか?そこにリンクさせるちょっとした遊び心を歌詞に忍ばせたような気がする。

 サウンドも遊び心が満載だ。前述の靴音や蝋燭を吹き消す音を気の済むまで試してみたり、自らがギターを演奏し、笑い声や「アチャチャチャチャチャ」と落語の台詞のさながらのコーラスを入れてみたり、本人が言うように「興味のキメラ」である。

 初めて聴いた時、BECKリミックスの「Find my way」とかNirvanaの「Lithium」が浮かんだ。どこか気怠いロックサウンドだ。

 "死神"も歌詞やアレンジ次第では普通にかっこいいロックチューンに仕上がったのかもしれないが、そこはやはり米津玄師のカップリング3曲目である。一筋縄ではいかないのだ。

フラミンゴと共通するハズしの美学

 ”死神”はdioramaっぽいと言うコメントを多く目にしたが、筆者は”フラミンゴ”との共通項が多いと思う。

・シリアスな大ヒット作直後のリリース
 フラミンゴ:Lemonの後
 死神:STRAY SHEEPの後

・和風のモチーフと歌詞
 フラミンゴ:民謡や演歌
 死神:古典落語

・薄暗く不気味な世界観のMV
 足を引きずるような歩き方やこの世のものではないような動きと表情

・印象的なリフレイン
 フラミンゴ:あなたフラフラフラ フラミンゴ
 死神:死にてえ気持ちで ブラブラブラ

・ボイスサンプルやSEの多用

しかし、
”フラミンゴ”と”死神”には決定的な違いがある。

 それは、”フラミンゴ”には少なからず怒りや苛立ちが含まれた「自分のみっともなさを凝縮したような曲(ナタリーより)」であるのに対し、”死神”はどこまでも純粋に享楽的だ。

 強いて深読みすれば、数ある落語演目の中から死神を選んだ理由は、トップに君臨する己を「調子に乗るなよ」「誠実にやれよ」と嗜めるためだったのかもしれない。

 勝ってカブトの緒を締めた米津玄師の”死神”。それは、かつてのシングル3曲目のようなガス抜き、あるいは精神のバランスを調整する役割だけでなく、今の時代にこそ必要なユーモアという、新たなフェーズへの第一歩なのだと思う。

読んでいただきありがとうございます。
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*ヘッダー画像は、イタリアの世界遺産ポルトヴェーネレの誰もいない古い教会で風に揺れながら灯っていた蝋燭。死神は江戸落語でありながらキリスト教の発想が入っている。なんとも不思議な邂逅である。

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