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【短編・書簡体】情けなさについて知った時

 本当に辛いことが起こったときに泣けるヤツはいいヤツだ。辛いことを辛いと心から感じ取れることは実は、ささやかで、本当に人として必要なことだと思っていた。

 友達をこんな形で失うことなんて自分の身に起こらないと思っていたけど、それは確かな現実として自分の身に起こった。
もちろん文句を言われたときには、自分にとって身に覚えなんかなかった。ひどい伝え方で、伝え方がひどいんだよお前は、と言われて、自分勝手な思い込みばかりで、周りをもっと見てよ、と言われた。努力が足りない口で、お前の努力は空回りで無駄だと言われた。傷付いたと言われれば、それは本当なのだろうと思って黙っていた。もちろん少しは言い返した。俺にだって言い分はある。考えることはあって、信念もあるのだと。少し考えさせと欲しい。どうしたらいいか分からない、ただ、すまなかったと。
 一方的でごめん、と言われて。

 でも数日後の朝、今度は人目を気にしない場所で、2人きりで、もっと奥底にあった本心を言われた。仲良くするつもりも、何一つない。みんなの手前、あんなふうに言ったけど、もっとひどいことを言ってやりたかった。こんな風に…。

 もうこれ以上何言われたかは、大したことじゃなかった。俺にとって重要だったのは、そこそこの仲だと思ってた奴を、1人失ったことだ。でももっと重要な問題は、そいつを失うことを受け入れなかったら、もっと大切なみんなを失うかも知れなかったということだ。

 泣いて、喚いて。それは大切なことだったのだろうか。辛いから泣ける事って、いいヤツの証拠だと思っていた。少なくとも4年前まではそう思っていた。
 けれどもそれは2年前のあの日に変わった。辛くても、理不尽をちゃんと捉えて、そこに見据えて、自分の分を弁えられるなら、笑い飛ばしたっていいじゃないか。

 もう、俺って、子供じゃないんだな、と思った。

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