見出し画像

【短編】ドラマチックに月曜日

 「あぁ、眠いなぁ」と言いながら、アラームを切る。
 憂鬱な気持ちを抑え、目を擦り、顔を洗って鏡を見る。途端に大きな音が鳴って、びしょ濡れになる。
 「やっちゃった。またやった。」
 間違えてシャワーの方をひねってしまった。パジャマはびしょ濡れ。「なんでいつもやるかな。」

 びしょ濡れなまま、服を着たままバスタオルを引っ張り出して全身を拭く。むしろスッキリしたところで、視界がぼんやりしていたことに気が付き、眼鏡を探す。
 「あれ。どこだ?」
 まあいいや、と思ってドライヤーを取ろうと化粧棚の扉を開くと、眼鏡が落ちてきた。なぜこんなところに。

 メガネをつけてから、ドライヤーで髪を乾かす。うるさい温風の向こう側で、何かがなっていることに気がついた。携帯のアラームが、もしも起きれなかった時のためにうるさく仕事をこなしていた。髪を完全に乾かしてから、それを止めに行く。止めた途端、また鳴った。アラームセットしてたっけ?と思って画面を見ると、それは着信だった。しかも好きな人からの。
 「も、もしもし?」
 「あ、ごめん。寝起きだったよね?」とあの人の声。バレバレで恥ずかしい。
 「うん、まあ。支度してたとこ。どしたん。」
 「いや、今日って空いてるかなって?仕事?」
 「うん、そうだね」
 「そっかぁ。ちょいと会えないかなぁって思ったんだけど」
 「あ、夜なら!夜なら空いてるかな」と、月曜日の朝にしては元気な声を出してみる。というわけで、今夜は好きな人と飲みに行くことが決まったわけだ。

 久しぶりにちゃんと起きれた月曜日にしては、なにかと慌ただしい。そういえば、あまり昨日の記憶がない。まあ、毎週こんなもんだ。朝は家の近くのカフェで済ませよう。久しぶりにゆっくりモーニングできそう。
 出かける直前、鍵がないことに気がつく。ベッドに行って布団をひっくり返すと出てきた。大体記憶を失った日の翌朝はここから出てくる。

 カフェのテラス席は日差しで輝いていた。コーヒーとトーストを注文してから、そこに席を取る。手帳を取り出し、今週の予定を確認する。今週末には同窓会があって、何年振りかにみんなに会うことになっていた。
 ふと、前を見ると、道路の脇を杖を持ちながら歩いている人がいた。白髪だった。男性が女性かわからない中性的な佇まいをしていた。「目が見えないんだ。」と一瞬でわかった。すぐ脇を自転車やバイクが走っていくので、少しヒヤヒヤしながら見ていた。若そうだが、堂々としていて、盲目の生活に慣れていることを予感させた。
 すると、その人はこちらに気がついた。なぜ気がついたのかわからないが、その人は「駅はどちらですか?」と聞いてきた。
 「駅は、あっちだけど…。って、あっちって言ってもわからないですよね。」と言ってから、すぐに、「よかったら案内しましょうか。」と言った。
 「本当ですか?」とその人は喜んだ。声を聞いても、性別は分かりそうになかった。

 とにかくすぐそこだしな、と思って最低限のものだけを持って後はテラス席に置いておいた。その人の左手の甲を左手で握って、右手を肩のあたりに添えながらふたりは駅の方へと歩き出した。その人は、とにかく不思議な人で、目の前を車が通るときに、肩に添えた手に力が入ったのだけれど、それだけでこちらの思惑がわかったようで、スッと立ち止まった。右に行こうとしても左に行こうとしても、その人はとにかくスムーズに動いた。
 こんな場面もあった。駅の改札前にエスカレーターがあるのだが、降りるときに、この人に気を取られてこけそうになった。すると、その人は立ち止まってこちらの方に振り向き、倒れないよう、抱えるようにして腕を広げてくれた。まるで目が見えているようだった。

 こんな事だから、ふたりはほとんど何も喋らずに改札まで行けた。改札前に着くと、「ありがとう」とその人は言って、器用に人混みに入っていった。しばらく、その人が完全に見えなくなるまで見ていたが、しばらくしてから駅員を見つけ、エレベーターまで案内してもらっていた。安心して踵を返し、時計を見た。少し急がないとまずい。

 足早にカフェに戻ると、食べかけのトーストが無くなっていた。
 「あれ?どういうこと?」と思わず口に出たが、とにかく会計を済ませなければならない。コーヒーは残っていたので、それを飲み干してからレジに向かう。

 足早に先ほどと同じ道を通って駅へと向かう。ただし、さっきの人とは線が違うので、途中で逆方向に曲がらないといけない。その交差点で、一匹に犬が向こう側で走っているのが見えた。その奥では慌てふためいたご婦人が、犬を見つけるや否や、息も絶え絶えに「見つけたわ!!」と叫んでいた。どうやら、散歩中にはぐれたらしい。かなり大きな犬だった。

 駅はちょうどその向こうだ。時計を見ると、あと6分で電車が出る。これには乗っておきたいので、少し駆け足で横断歩道を渡る。例の犬がちょうど目の前くらいにきたところで、その犬が自分の方を振り返った。口周りに、綺麗にトマト色のソースがついていた。思わず立ち止まり、犬と目を合わせる。「こいつ…あのトーストの犯人だな…!」と小声でいうと、犬は元気に「ワンっ!!!」と吠えた。

 「ってことがあったんです。すごいでしょ」
 静かなカフェのカウンター席で、その人は話していた。コーヒーを飲みながら、私は、落ち着いてその話を聞いていた。
 「すごい、劇的な月曜日ですね」と私は言った。
 「そうなんですよ。ドラマチックでしょう?こういう夢をよく見るんですよ。あ、今のは本当にあった話ですけど。」
 とにかく生きているだけで劇的な毎日です、とその人は言った。私はコーヒーを飲み干してから「トースト頼んでおけばよかった」と言った。
 「え?あ、でも、トマトソースのトーストは、うち無いですよ」とその人は言った。
 私は目をギョッとしながら、その人のことを見ていた。目力のあるその栗毛色の瞳に、私の顔が写っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?