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(連載小説)息子が”ムスメ”に、そしてパパが”ママ”になった日①

「ほらぁー、写真館の予約の時間に遅れちゃうから早くしてー!。」
「悪い悪い、すぐ支度できるからもうちょっとだけ待っててー。」

よく晴れた秋のとある日の朝、都心へのベッドタウンの一角にあるマンションで約束の時間を気にする夫婦の会話が慌しく飛び交っていた。

声の主はこの部屋に住む小倉 翔太(おぐら しょうた)とその妻のみどり、そして二人の息子で今年5歳になる陽翔(はると)で、今日は陽翔の七五三の記念写真を近くの写真館で撮影する日なのだった。

翔太はこのマンションの近くを走っている私鉄で駅員をしており、友人の紹介で知り合ったみどりと7年前に結婚して陽翔を授かった。

みどりは広告代理店に勤めていたが出産を機に退職し、今は子育てをしながら在宅でフリーのライター兼ブロガーとして翔太と共に生計を立てている。

翔太は駅員と云う事もあって比較的不規則な勤務形態で、必ずしも土日祝日が休日ではないし、深夜や早朝勤務を会社から言われる事も珍しくない。

みどりはOL時代は「一応」カレンダー通りの出勤日であったが、所属する部署で地域の情報誌を兼ねたフリーペーパーを発行していて、取材となれば相手の都合に合わせてアポをとり、そして取材後の原稿書きや校正等の雑誌作りの作業は締切と隣り合わせと云ういわば時間との闘いの毎日で、みどりの頭から「定時」と云う概念がいつしか消え失せていた。

妊娠が分かるとみどりは育休・産休を取って出産後に職場復帰する事も考えたが、旦那は駅員で不規則勤務が当たり前なのに自分も同じような不規則勤務が当たり前の職場に戻ってしまえば子育てがより大変そうになる気がして出産後は退職し、比較的時間が自由になるフリーランスの道を選んだ。

元々みどりは文章を書くのが苦にならなかったし、街にあるちょっとした「ネタ」を拾ってSNSに上げたりするのが好きだったのもあって元の職場でのフリーペーパー制作の延長のような形で単発で取材や原稿書きをしたり、「ココナラ」や「ゼヒトモ」に登録してライターの仕事の依頼を受けているうちにフリーとしてそこそこ実績を重ねるようになっていた。

対する翔太の方は鉄道会社に就職した事でも分かるように電車は嫌いでなくかと言っていわゆる「鉄道マニア」でもないのだが、遠距離の旅行には飛行機よりも電車に乗って出かけるのが好きな言わば「ライトな鉄道ファン」と云ったなどこにでもいる電車好きの地味な男性だった。

翔太は電車に乗って出かけるのも好きなのだが、それと同じくらい電車に乗って出かけた先で「街歩き」をするのが好きだった。

ちょっとしたB級グルメやその土地に根付いているローカルフード・ソウルフードを探し歩くのが好きな翔太はそれがみどりと意気投合するきっかけとなり、交際をはじめて1年後に二人はめでたくゴールインした。

いつも決まったレールの上を決まった時間に概ね同じような外観の電車がやってくる「駅」と云う翔太の職場は配属先がベッドタウンにある事もあり、利用客も毎日の通勤・通学客や決まった日時に病院などに出向く用務客が大半で、この駅から観光に行く客はいても観光に来る客は場所柄居ないのでやってくる電車だけでなくそれに乗るお客の方も変わり映えしなかった。

変わり映えしないのはお客の方だけではなくて乗せる側、つまり翔太も中学高校時代からずっと同じような髪形でまた服装にも特にこだわりがなく、性格も地味なまま外見も中身も変わらず大人に、そして駅員になった。

なので好奇心旺盛で且つフリーペーパーの編集の仕事をしているせいか自分の知らない色んな世界と情報に詳しいみどりが翔太にとっては新鮮でそこに惹かれた訳で、結婚して子供を授かった今でもみどりの話題の豊富さが生活のアクセントとなり飽きさせない感じがするし、またそれが嫌でなかった。

今日これから家族で出向く写真館も翔太たちが住んでいる街の隣町にあり、ここは貸衣装店を併設していて、美容師の経験のあるスタッフが在籍していると云う事で記念撮影だけでなく、手ぶらで来ても衣装はもちろんメイク・ヘアメイクまで一式この写真館の中で全て完結してしまうシステムだ。

もちろんこの写真館はみどりが取材中に見つけてきており、手ぶらで行っても差し支えなく且つ平日は割引料金が設定されているのも何かと子育てで物入りな小倉家にとってもありがたかったのでこちらで撮影する事を決めた。

もうひとつこの写真館では七五三を迎えるお子様だけでなく、付き添いの家族のレンタル衣装やメイク・ヘアメイクも割引になるパッケージプランを用意していた。

みどりが取材と称して「下見」を兼ねて貸してくれる子供用の衣装を見に行くと衣裳部屋には子供用だけでなく、大人用の着物やドレスも豊富にあって価格も良心的だったし、ネットでこの写真館の「口コミ」を見てみると概ね接客や写真の仕上がり具合も好評だったのも決め手になっていた。

そしてなんとか支度を終え翔太はネクタイにメンズスーツ、みどりと陽翔は撮影用の衣装へは写真館で着替えるのでいつもの普段着姿で家を出て電車を二駅乗って降り、駅前の商店街を少し歩くとお目当ての写真館に到着した。

「小倉様、お待ちしておりました。ささ、こちらへどうぞ。」
「お待たせしてすみません。今日はよろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。」

そんなみどりと店の女性スタッフが交わす挨拶を兼ねた会話を背に、控室を兼ねた小部屋に通されると、今度は別の女性スタッフがやってくる。

「小倉様、本日はようこそ当館へ。店主の園山(そのやま)です。」

そう言いながら差し出す「代表取締役 園山 綾乃」と書かれた名刺を翔太が受け取るとさっそく今日の撮影についてのブリーフィングが始まった。

聞いていると申込や下見の時にみどりがある程度店側と話をしてくれていて、それによるとどうやら子供だけでなく付き添いの親の衣装も合わせてチェンジ可の2パターンの写真が取れるプランを申し込んでいる様だった。

「じゃあさっそくですが実際に見ていただいてお衣装をまず選んでいただきましょうね。では衣裳部屋にご案内致します。」

そう言われ奥にあるレンタル衣装を並べてある部屋に3人が案内されるとそこは色とりどりの撮影用の羽織袴や着物、ドレスが所狭しと並んでいる。

「へえー、思ったよりたくさん種類があるんですねー。」と少し驚いたように翔太が言うと「当店では約500種類のお衣装をご用意しておりまして、撮影の方には全て衣装代は無料でお貸ししております。」と衣装選びに付いてきてくれているお店の女性スタッフが誇らしげに説明してくれる。

「じゃあお衣装選びましょうねー。ねえねえお名前は?。」
「は、陽翔です、ご、5歳です・・・・・。」
「あらー陽翔君って言うのね、あたしは萌香(もえか)って言うの。じゃあ萌香お姉さんとママと一緒に七五三の着物を選びましょうか?。陽翔君はどんな色が好きなのかなー?。」
「うんとね・・・・・あおいろとか・・・・・。」

陽翔は初めての人には人見知りしたり緊張するところがあり、それもあって少しオドオドした感じだったが、お店のスタッフの萌香はそんな子供が結構いるのか慣れた感じで陽翔に接してくれ、おかげでガチガチに緊張する事もなく比較的和やかに衣装を選んでくれていた。

そして陽翔の衣装を選び終えると萌香が「奥様の今日のお着物は先日下見にお見えになられた際にご所望でした訪問着をお取り置きしておりますので。」と言い、みどりも陽翔と同じように自分がこれから着る着物を選ぶのかと思っていたがそれは無いまま二人は今度は支度部屋に通された。

その間、翔太はみどりと遥香の着付けができるのをひとり待つ事となり、また控室に戻ってやや手持ちぶたさな時間を過ごしていた。

時期的に七五三の撮影が多いのかこの部屋には子供が飽きないようにと様々なおもちゃや子供向きのグッズ、絵本が置いてあるが、大人が飽きないようなグッズや雑誌等はほとんど無く、仕方なく翔太はスマホをいじったりそこに置いてあったここの写真館のパンフレットや見本を兼ねたアルバムをめくって所在なさげに二人の着付けができるのを待っていた。

ただ見本を兼ねたアルバムをめくって見ていると子供の撮影に慣れているのかどれもよく撮れているし、着ている衣装やメイク・ヘアメイクの仕上がりに関してはここに写っている男の子も女の子問わずどの子も結構イケているように翔太は感じ、いつしか感心しながらアルバムを見ていた。

そんな風に親としては親バカと言われようともやっぱり我が息子の七五三の写真は凛々しく、そして衣装の力を借りてでも少しでもイケメンに撮って欲しいと思うのはごく普通だよなと思いつつアルバムをめくっていた翔太だったが、見本用の写真を眺めているうちにふと手が止まった。

「あれ?・・・・・この親子の写真って・・・・・。」

アルバムにあるもので家族写真の場合は大概パパ・ママ・子供の組み合わせで写っているが、何枚か「大人女性二人と子供」或いは「大人男性二人に子供」と云う組み合わせの写真があった。

しかも「大人女性二人と子供」のパターンの写真は子供もなぜか女の子ばかりで、更にご丁寧に全員が着物姿の和装とドレス姿の洋装の2パターンを同じ人物で撮っているものまである。

「これってなんなんだろうか?・・・・・。」

今やシングルマザーとして一人で頑張って子育てしている女性も多く、せめて七五三ぐらいはわが子の晴れ姿を写真に収めたいと思って写真館で本格的に撮影するのも普通にあるだろうから「母親と娘」の二人で2ショットはあってもおかしくないが、「もう一人の大人の女性」は誰なんだろう?。

「おばあちゃん」かとも思ったがそれにしてはどれも「もう一人の大人の女性」は写真で見る限りではそこまでの年齢ではなく、むしろ母親とおぼしき女性とほぼ同年代に見えるから「おばあちゃん」ではないと思った。

そうするとその母親とおぼしき女性の姉妹にあたる人が一緒に写っているのかと思ったが、わざわざ姪の七五三に親でもない自分が着物やドレスで着飾って一緒に写真に収まるだろうか?・・・・・。

更にアルバムをめくると今度は2枚の七五三の際に撮ったと思われる家族写真が並べて貼ってあり、左側の写真には「スーツ姿のパパ・着物姿のママ・羽織袴姿の男の子」の3人が一緒に写っていて、右側の写真には先程のページに貼ってあったものと同様「着物姿の大人の女性二人と着物姿の女の子」の3人が一緒に写っている。

ただ翔太は並べて貼ってある写真を何気に見ているうちにある点に気が付いた。

「ん?・・・・・あれ?・・・・・この写真って一人だけ同じ人が写ってて後は別人じゃない?。」

翔太が気づいたのは2枚並べて貼ってある写真のうちなぜか同じ女性が写っていた事だった。

左側の「パパ・ママ・男の子」の写真に写っている淡い水色の訪問着を着た女性は右側の「大人の女性二人と女の子」の写真にも写っており、見間違いかと思ってしげしげと見て見たがやはり同じ人物に見える。

「なんでわざわざこの水色の訪問着の女性は2回に分けて七五三の記念写真を撮ってるんだ?・・・・・。」

別の日に改めて同じ訪問着を着て写真に収まったのかもと思ったが、写真で見る限りは着物に合うようにアップにしたヘアスタイルや髪飾りの位置も同じだし、大体着物を着るのは大抵の人にとってそう簡単ではなく、且つお金も掛かるからわざわざ2回に分けて同じような事はしない筈だ。

だから多分この水色の訪問着を着た女性は同じ人物で、同じ日に自分の旦那と息子とは別にこの着物を着た女性と同じく着物を着た女の子と一緒に別々に写真に収まったのだと思われるが、そうするとなんで全員一緒に記念撮影をしていないのだろう?。

そんな事を考えてながらアルバムを見ていたがいつしかよその家庭の事でもあるし余り詮索しないでおこうと思っているとみどりと陽翔が支度を終えたようで撮影スタジオに来るよう店のスタッフが翔太を呼びに来た。

「やれやれ、結構待たされちゃったけどやっと撮影タイムか。我が家もさっきのアルバムみたいに上手く撮ってもらえたらいいな。でもアルバム見てるとやっぱり女の子の方が幾らか映えてたよな。それに子供も含めて全員女性の写真は華やかで見栄えがしてたな・・・・・。」

そんな事を思いながらスタッフの案内で撮影スタジオに通された翔太だったが入るや否やそこには心ときめく光景が広がっていた。

(つづく)







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