私の中で「はたらく」が変わった瞬間
私は現在フリーランスだが、これまでいくつかの会社で仕事をしてきた。私の中で「はたらく」というスタンスが大きく変わった瞬間が2回ある。
私のキャリアスタートは、新卒で入社した正社員での仕事。当時は超、超、就職氷河期。中途半端な四大卒の私は、短大卒の女子より2つ「年寄り」で、一般職では若さで負けていた。総合職では学歴で負け、ちっとも内定がもらえなかった。
何とか新卒ギリギリで内定をいただいたのは、3月に入った1週目。卒業式の10日前くらいには、すでに出社初日を迎えていた。卒業式は休みをもらい、その次の日にはガンガン働いていたことを覚えている。
その会社は専門商社で、社員は150名に満たないほど。総務部に配属されたが、総務・人事・経理と、まんべんなく「何でも屋」のようにゼネラルに働いた。そのおかげで、今の仕事にも役立つことがたくさんある。
私が入社した当時の日本は「正社員万歳!」の時代。まだまだ「終身雇用」ありきのころで、私はキャリアなぞ考えることなくひたすら馬車馬のように働いた。仕事は大好きだから、いろいろ学べてありがたかった。
けれど、そこから3年、4年、5年ほど経つにつれ、「違うことをしてみたいな」という思いがチラホラ顔を出した。異業種交流会などに参加したり、会社以外の人との付き合いを増やしたりしながら、「パラレルキャリア」「第二の名刺」なんかにあこがれるようになった。
そんななか、キャリアコンサルタントやカウンセラーの資格、いろいろ気になるなかでカラーセラピストの扉を開いた。これまでのロジカルな世界から解放され、少し、心が軽くなった気がした。
「そうだ、会社、辞めよう」
当時29歳と5か月の私、正社員を退職した。
それからしばらくののち、リーマンショックが起こるなんてことも知らずに。
多少の給与は減っても心が軽くなった
これが私の中で「はたらく」が大きく変わった瞬間1回目だ。当時、三十路直前。年齢的なものもあったのかもしれない。(別に結婚を視野に入れていたわけでもないが)
当時は「一つの会社にとらわれる息苦しさ」から解放されて、やっと酸素いっぱいの空気が吸えたように感じていた。
その後、先にいったようにリーマンショックが起きたが、それでも私の心は正社員当時より軽かった。「幸せ」という指標で考えるなら、正社員時代よりこの時のほうが「幸せ」だったと思う。
派遣で働きつつ、カラーセラピストのお仕事をしながら、20代当時にがむしゃらに働いていた体をゆっくり休ませていた。
二つ目の派遣先を決めるころ、いくつか面談という名の面接に行った。その中の一社で言われたことをよく覚えている。
「こんなリーマンショックの時代に正社員辞めて、なんで派遣なんか、、」
「辞めなきゃよかったのに」
就業予定の部署の上司。50代くらいのおじさんだった。
その会社は海外にいくつも拠点を持つ大手メーカー。連結数千名の従業員がいるような会社だ。そんな環境の人たちからみれば、「終身雇用万歳!」だったのだろう。
私はその時、昔は私もそんな終身雇用をよしと考えてたんだなあ。私もずいぶんと変わったんだなあと感じた。
その時の私は、「終身雇用よりも楽しい生き方、働き方なんだけどなあ、、」なんて思っていた。
結婚、出産を経て、、フリーランスに。
その後、縁あって結婚、出産し、産休、育休(派遣だけれど、担当さんの助力もいただき取得できた)を経て、離職した。
しばらくは育児に邁進し、第二子にも恵まれた。しばらくは子育てを、、とは思ったが、中身は仕事人間のまま。
家のなかに四六時中いるなかで、自分の存在価値がよくわからなくなり、、。そのころ、ちょっとした産後うつのような感じになっていたと思う。
そして、自分が今いる環境で、何か「働く」ことはできないか、自分と社会を繋ぐ手段はなかろうか、、と思い、今の「ライター」という仕事に行き着いた。
それが今の「働く」私の姿。私の「働く」が変わった瞬間、2回目だ。
はたらくってなんだろう、、
私のこれまでのキャリアを見ると、学生時代のバイトから始まり、正社員、派遣社員、個人事業主と、あらゆる形態を経験してきたことになる。
多様な働き方が叫ばれる昨今。
どんな働き方が幸せなのか、それは人によってさまざまだ。
何を軸にするか。キャリアなのか、お金なのか、時間なのか、やりがいなのか。それによって働き方の選択肢も変わるのだろう。
私は、終身雇用よりも、お金よりも、やってみたいことを選択しやすいほうが良かったのだろう。
おかげで、今も楽しく働いている。