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ユニコーンオーバーロード雑記 あるいは、準備が完了すると殲滅が始まる編

発売からそろそろ1週間ほど経つが、皆さんはユニコーンオーバーロードを楽しめているだろうか? 

前回、準備が足りないという話をしたが、準備が整うと何が始まるか?

一方的な殲滅が始まる。消費アイテムを揃え、ある程度レベリングが整い、ユニット(部隊)編制が完了すると本当に殲滅が始まる。

これは、私が難易度をノーマルにしているせいかもしれないが、基本的に敵とのレベル差がある程度差があったとしても結果は変わらない。むしろ格好のレベリング相手となる。

もし貴方が、碌な準備をせず、消費アイテムをあまり使わず、致命的な局面において辛うじて勝利することが、ゲームとして正しいプレイ方法だというなら、私のプレイ方法は正しくなくて良い。

この構文をご存じだろうか? 別に貴方や過去の私を批判しているわけではない。

メル・ギブソン主演の映画『パトリオット』だったと思うが、その日本語吹き替え版で度々使われる独特の言い回しで、個人的に大好きな構文だ。

同年代の人間ならきっと理解してくれるだろう(笑)。

話を戻そう。ユニコーンオーバーロードをプレイしていて解放した街を復興しているだろうが、復興しているとNPCが『戦争に巻き込まれて辛かった』など、妙に他人行儀なセリフを述べる奴らが登場する。

そんな奴らにこの言葉を送りたい。

なぜ貴方は、自分の田畑や家を焼かれ、気の許せる友人達を殺されているのに他人事なのですか? 国家とは私達であり、戦争とは私達にとって存亡の危機ではないのですか? と。

現代でもそうだが、戦争とは国家存亡の危機であり、共同体崩壊の危機であり、軍隊が勝手におっぱじめるものではないからだ。非戦闘員であろうが、他人事ではいられない。

ユニコーンオーバーロードはそれを改めて理解させてくれる良いゲームだと思う。

しかし、ゼノイラ軍の行いが、正しい軍隊の在り方だと言うなら、私の軍隊は、軍隊と呼ばれなくて良い。

シナリオの都合上、悪役っぽく書かなければならないので、軍隊が非道な行いをすると描写されているが、現実は違う。言うなれば、ゼノイラ軍は軍隊ではない。統率された略奪者集団が正しい表現ではないだろうか?

戦争にもルールが存在するし、軍隊にも守るべき規範が存在する。規範から逸脱すれば、処罰される。

映画やアニメでもそうだが、軍隊は軍隊と戦うもので非戦闘員と戦う集団ではないということだ。なので、誤解しないで頂きたいと思います。

また逸れてしまった(笑)

最後にというか、ちょっとだけユニコーンオーバーロードにおいて私がどんな準備をしているかという点に触れておこう。

ユニコーンオーバーロードの戦闘において個人的に重要にしているアイテムは、『豆と羽』だ。

復興する街々で、

「――失礼する。豆はおいてあるだろうか?」
「えっ? 豆ですかい? そりゃありますけど、ポーションじゃないんですかい?」
「そう。豆だ。豆と羽をありったけ売って欲しい」

といった感じに道ゆく街から豆と羽が消えていく。我が軍は豆を食べながら羽をまとって敵軍の中央を突破する。

それが前述した殲滅に繋がるのだ。

長くなってしまったので、今回はこの辺にしよう。

次回は、覚えていれば編制について触れようと思います。
個人的には最適解のひとつかなと感じながら運用しています。

次回も不定期です。
ここまでお付き合いありがとうございまいした。




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