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技術系総合職における一括採用の罠

こんなはずじゃなかった。

私の後輩が良く言うセリフだ。

彼は理系の大学院を卒業し、就職活動を経て、現在の会社で働いている。働き始めて3年目になるが、未だに仕事が好きになれないようだ。「辞めたい」と言いながら転職活動をする彼の経緯を書いてみようと思う。(当人の許可を得ています)

┃就職活動期

就職活動は比較的順調だった。大学時代の成績もよく、研究活動もしっかりとこなしていたため、「学校推薦」という形でA社の選考にエントリーすることにした。理系院生と言えども最近の就職は容易ではないため、併願で複数の企業を受けながら、A社の選考は順調に進んでいた。

A社に惹かれた理由は「最先端の技術に触れることが出来るから」だったそうだ。A社は業界1位ではないものの、立派な一部上場の大企業であり、業界を支える会社だ。そんなA社が先端の研究開発ができるよというのだから信じるのも当然だ。

唯一の懸念は、採用された後の配属先である。日本の一括採用の下では、理系も配属希望が通らないことも少なくない。研究に行きたくても、製造技術に配属されたりということは珍しくない。

理系総合職(製造業)の大まかな分類と役割
〇研究:理論や原理を明らかにする
〇開発:実際に新しい製品を生み出す
〇設計:製品の仕様決定や進捗管理など全体を取りまわす
〇製造技術:工場の装置を導入したりする
〇品質管理:完成した製品が要求を満たしているかを保証する

彼は、無事第一志望であるA社の内定を獲得した。勤務地も業界も年収も、いずれも不満の無い、いわゆる納得内定だった。

┃配属先の決定

配属先は設計だった。
入社式を終えて、一通りの新人研修が終わった後、配属先が明らかになった。彼が希望した部署は研究だった。就職活動中の面接では研究に行きたいとしっかりと伝えていたはずだった。しかも、一番希望しない部署として設計を挙げていたのに、結局配属されたのは設計だった。

「色々な人たちと関わりながら、製品を遅滞なく開発し、世に送り出していくという設計の仕事に自分は向いていない」と思い、設計は希望しないと明確に伝えていたはずだった。

これが日本の一括採用の怖いところだ。人事部は採用した学生の意思や適性を尊重せずに配属先を決定することが多いように思う。せっかく学生が適性検査を受けたり、意思を伝えてきたのに、それを無視するのはいかがだろうか。もちろん、人事部がすべて悪いというのではない。一括採用という採用方式に問題がある。こうして、入社後のミスマッチに悩み、退職を希望する新入社員は少なくないというのが残念だ。

┃配属後の悩み

職場への配属後、彼はさっそくミスマッチに悩むことになった。

まず、A社では先進的な技術に触れることが出来なかった。業界の一角を成す会社でありながら、研究開発にあまり力を注いでいなかった。就職活動中の広報人事の言葉はほとんど嘘に近かった(もちろん全くのウソではなく誇張しすぎていた)。

もともと研究したかった彼だが、配属先が設計でも、「技術に触れられるなら我慢してみよう」と思うこともあった。しかし、実態は全くそうではなかった。設計は進捗管理に追われ、おおよそ、データや実験といったことには触れることすらできなかった。業務と言えば、進捗管理の電話やメール、依頼書類の発行などばかりで、技術者として実力がつくとも思えなかった。

さらに、仕事内容が嫌なだけではなく、上司や職場ともうまくいかなかった。上司は良く言う昔ながらの会社員タイプで、気合や感覚で仕事を進めていた。彼はそのやり方にも納得ができなかった。

このままではいけない。
そう感じた彼は、転職活動を始めた。

┃転職活動

やっぱり研究がしたい。
彼はA社の設計を早くに見限り、転職活動を始めた。もともと希望していた研究一本に絞って転職活動することにした。ちなみに、A社では部署移動の希望は認められなかった。

しかし、現実は甘くない。特に研究は理系総合職としては人気。しかも、最も人員不足になりにくい部署でもある。ほとんどの場合、新卒採用でのみ人員調整するため、中途採用はよっぽど必要な技術者でないと採用されない。

「研究の経験はある?」転職エージェントには何度も聞かれた。大学・大学院の3年間、やってきた研究は全く評価されなかった。職歴としての研究経験のみが求められた。

1年間転職活動に励んだが、希望する会社が見つからない。規模の小さい会社を探すしかなかった。もはや、研究ができるなら、なりふり構っていられなかった。

┃現在

彼は今もA社の設計にいる。

転職活動を進めていたのに、タイミング悪くCOVID-19が世界を襲った。面接も二次面接まで進んでいたが、破談となった。(2020年8月時点)

「どうしてこうなった」という彼は身動きの取れない状態で希望しない仕事をして「辞めたい」と言っている。

技術系総合職における一括採用の罠は誰の身に降りかかってもおかしくない。

(追記)退職を決意し2021年より博士課程に進むとのこと。

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