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オレゴン・ワイン①

 週末は決まって、ブドウ園で泊りがけのアルバイトをしていた。ブドウ園があるハリス・ブリッジ市は大学から車で 20 分ほど離れている。この日もいつも通り、同じ日本人学生の玲奈先輩の車に乗せてもらいブドウ園に向かっていた。あれは大学 2 年目の夏休み終盤のことで、ウィラメット渓谷は残暑が厳しかった。
 ハリス・ブリッジ市に向かう道程 (みちのり) で、玲奈先輩は決まってコーヒー・スタンドからカフェラテを買っていた。玲奈先輩は後部座席に置いてある財布を取ろうとすると、その顔が助手席に座る僕に急接近し、V ネックシャツの向こうには玲奈先輩の渓谷が見えた。「カフェラテでいい?」と僕の耳元で囁き、「ワン・ラージ・カフェラテ、プリーズ」と艶のある日本人女性の声で注文した。
 僕が息を殺していると、玲奈先輩はカフェラテを飲み込み、「んっ」と咳払いして L サイズのカップを僕に渡した。「レギュラー・サイズを 2 杯買えばいいのに」、そう思いながら玲奈先輩の飲んだ跡に口をつけると、玲奈先輩は沈黙を破った。
「さっきの店員さん可愛かったね。ああいう女性は好み?」
 それまで僕はブロンドヘアーの女性が好みだとばかり思っていたが、あの夜以来、玲奈先輩のことで頭がいっぱいなのであった。

 この広大なブドウ園には、19 世紀のアメリカ南部を彷彿とさせる、アンテベラム様式のホテルがある。ワイン・バーが併設されてあり、パーティーや結婚式の会場としても使われる。農学部の学生は農場で働くことが多かったが、経営学専攻の玲奈先輩と僕は、オフィスで補助業務をしたり、清掃やベッドメイキングをしたりしていた。
 普段は別々のゲスト・ルームに泊まるが、この日はミュージック・フェスティバルがあり、ほぼ満室だった。農園のオーナーがかろうじて一室を確保してくれて、僕は玲奈先輩と同じ部屋で一夜を過ごすことになった。
 部屋に入ると、キング・サイズのベッドが 1 台と、オーナーの計らいだろうか、ピノ・ノワールのワイン・ボトルが 1 本だけ置いてあった。20 歳の僕はまだオレゴン州で飲酒可能な年齢ではなかったが、21 歳の玲奈先輩は飲酒してもよかった。それが理由かはわからないが、ワイン・グラスは 1 個しか置いていなかった。窓からはオレゴン海岸山脈に沈む夕日が見られ、窓際に立つ玲奈先輩が眩しかった。
 「せっかくだから、ワイン飲もうか。」
 ベッドに腰を掛けると、玲奈先輩は背筋を反らして大きな胸を張り、ゆっくりと深呼吸した。僕も必死に呼吸を整えた。玲奈先輩が隣に座るようにジェスチャーした。僕が中途半端な距離を開けてベッドに座ると、玲奈先輩は僕の方に移動して、柔らかな右腕を僕の左腕に密着させた。
 ピノ・ノワールを少しすすると、玲奈先輩は僕にワイン・グラスを渡した。手が触れた。玲奈先輩の手がそっと僕の手を離れ、僕はグラスを逆さにしてワインを飲み干した。玲奈先輩はポニーテールをほどいた。あまりお酒に強くないのだろうか、顔が火照っているようだった。僕の腕にギュッとしがみつくと、「んっ」と咳払いして L サイズのカップを僕に押し付けた。僕が両手で玲奈先輩のパン・ケーキを掴むと、玲奈先輩は膨れ上がる僕の情熱を握りしめた。
 やがてメイン・ディッシュに唇を運ぶと、丘の上から眺望するウィラメット渓谷は荘厳だった。丘に広がる草原に顔を埋めると、玲奈先輩の肢体は地震のように震えた。そして僕は玲奈先輩の中に情熱を注ぎこんだ。
 ベッドが揺れてワイン・ボトルが倒れると、シーツはピノ・ノワールで染まった。

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