韓国ガールズグループの先駆け・女性版ソバンチャ『セトレ』について
『セトレ』は、1988年にデビューした韓国の歌手グループ。グループ名はメンバー全員が159cmの身長で19歳の同い年「同世代(세또래)」という意味で名付けられ、ハンバッ企画所属の男性グループ消防車と共に登場した。現在のK-POPアイドルグループとは曲構成やグループの性格が多く異なるため、消防車と同様にK-POPアイドル(K-POPジャンルの音楽を歌うアイドル)ではないが、韓国歌謡界においてアイドルコンセプトを試みたガールズグループの先駆け的存在と見ることはできる。
セトレは、1987年にキム・ジョンイム、ウ・ユナ、イ・ヒジョンの3人で結成。当時、韓国では日本のアイドルグループ少女隊が人気を集めていたことから、少女隊の歌って踊れるアイドル的コンセプトをベンチマークした。1988年6月に「君を愛している」という曲でデビュー。それまでの韓国の女性歌手グループと差別化された現代型ガールズグループとして韓国歌謡界に登場。当時としては女性グループらしい爽やかなルックスと破格的なダンス・パフォーマンスを披露した。しかし、当時はダンス音楽が歌謡界の主流ではなく、女性グループを応援する・好む市場も活性化されていなかったので2流歌手程度の評判しか得られなかった。またソバンチャと同様に「歌って踊るグループの元祖」・「アイドル歌手」といった点では注目を集めたが、音楽面ではアイドル歌謡曲やトロット風のダンス曲が中心だったこともあってあまり評価されなかった。ただし、セトレが活躍した後にAPPLE、SeSeSe、ECO、DIVA、S.E.Sといった3人組の女性グループが多くデビューしたため、これらのような3人組の歌って踊れるガールズグループにはある程度の影響を与えたとされる。
1989年に2集を発表し、「料理調理前後(ヨリジョリ前後)」という曲で活動した。私がセトレの曲の中で一番好きだったのがこの歌でした、今聴いても良い歌だと思う。「土曜日!土曜日は楽しい」や「歌謡トップ10」のような音楽番組にもよく出演するなどメディア露出はそれなりに多い方だった。2集活動終了後、メンバーのキム・ジョンイムが米国に移住するという事情で脱退することになり、グループは1989年に解散。
その後、残ったウ・ユナとイ・ヒジョンの2人は1991年にシティミュージックという事務所に移籍して音楽デュオTAM TAMを結成するが、大きな人気を得られず、途中でウ・ユナが脱退したため、1992年に解散。その後、イ・ヒジョンの活躍に注目していた登竜企画の創設者であるユン・ドンリョンにスカウトされ、そのまま登竜企画(現:DRミュージック)所属となり、ソロ歌手としてデビューする。そしてソロ活動終了後、1998年に女性アイドルグループBaby V.O.Xの第2期メンバーに合流し、イ・ガイの芸名で活躍した。