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人間初心者

 先週の日曜日のことだ。下宿の先輩の車で富山までドライブに出かけた。博物館に行ったり温泉に入ったり、とっても楽しかったドライブの最後の最後に事件は起きた。

約2ヶ月前に自動車免許を取得してから1度も運転をしていなかった僕に、先輩は車を貸して、帰り道の途中から運転の練習をさせてくれた。普通に考えて初心者に自分の車を運転させるのは怖いだろうと思うが、ご厚意に甘えて運転させてもらうことにした。百円ショップで初心者マークを買って、もちろん一日保険には加入した上で。

車通りの少ない夜の148号線をひたすら南下し、順調に下宿に近づいていた。そして下宿の駐車場に入庫させるため、最後の右折。車がガードレールに向かって行く。ハンドルを切りすぎてしまったようだ。右折のためスピードは出ていないものの、このまま行くとガードレールに車体を擦ってしまう。停まれ!と、頭が真っ白の状態でブレーキを踏み、車はガードレールまで十余センチのところで停まった。

とりあえず車は傷つけずに済んだものの、最後の最後で危険な運転をしてしまった僕と、それ以上に助手席に座っていた先輩が放心状態になっていた。先輩は怒るのでもなく、ショックで何も考えられないといった様子で「もうこの車を初心者には運転させない」とだけ言って下宿の部屋に戻って行った。車は擦らずに済んだが、信頼して運転をさせた後輩が結果的に信頼を裏切った形になったこと、自分の車が危うく傷つけられそうになったことが本当にショックだったのだろうと心中を察する。そんな「心中お察しする」権利は裏切った本人である僕には全くないのであるが。

僕は、誰かにとって何らかの利益があることならば、多少自分にとっての不利益があっても許せるが、不利益しかなかったり、利益があっても不利益の方が大きくて重大であったりすることが許せない。自分にとっての不利益は、「自分にとっての損害」や「傷つけられること」と言い換えられるかもしれない。

そういう性分だから、自分がやられて許せないようなこと、つまり損害しか生まないことや、利益より相手にとっての損害が大きいことを、誰かに対してしてしまった時、損害を与えた自分自身が大きなショックを受けてしまう。損害を与えた側なんだから、言葉を尽くして謝って、与えてしまった損害をできる限り償わなければならないはずだが、自分自身がショックを受けてほとんど何もできなくなってしまうのだ。今回の件も例に漏れず、自分が危険な運転をしてしまったことよりも、先輩がショックを受けているということにショックを受けてしまった。咄嗟に「ごめんなさい」と何度か言った気はするが、声に出ただけで、謝罪を伝えられた気持ちにはなれなかった。形骸的な「ごめんなさい」という音声だけは出ても、実際的に謝罪の意を伝えた気になれなければ、謝っていないのと同じことだ。結果的に先輩も自分もショックを受けたまま、きちんと謝ることもできずにそれぞれの部屋に入ってしまった。

そういえば、僕が小学3年の頃に亡くなった祖母が、まだ自分で立って歩くことができていた頃、まだ小さかった僕が祖母の足を踏んでしまい、「痛い!」と祖母に言われ、踏んだ自分が泣きわめいたことを覚えている。踏んでしまったことに対してとか、怒られたからとかではなく、おばあちゃんが痛がっていることがとても悲しかった。小学校に入るか入らないかという頃で、その他の記憶はほとんどないが、なぜかこのことだけは鮮明に覚えている。

自分が誰かを傷つけてしまったことに対して、形骸的な「ごめんなさい」が出たとしても、心から謝ることができないのなら、実質的にはおばあちゃんの足を踏んで泣きわめいていた小さい頃の自分と何も変わっていない。他人の車で危険な運転をして「相手に嫌なことをしたら謝りましょう」という幼稚園か保育園で教わるようなことを改めて考えなければならない僕は、自動車運転の初心者であり、人間としても初心者のままだったみたいだ。

きっと、意図せず誰かを傷つけてしまうことは、いくら注意していても少しは起きてしまうと思う。それが無いに越したことはないが、少なくとも傷つけてしまったことに対して自分自身がショックを受けるより前に、申し訳なく思っていることを、言葉にして、伝えなくてはならない。その言葉に、きちんと気持ちが込められていなければならない。先に謝罪の気持ちを伝えることができたら、傷つけてしまったことにショックを受けても、多少は気持ちが楽になるはずだ。そういう意味で、少しは大人になって、早く人間の初心者を卒業しなければならない。

改めて、「相手を傷つけたら謝ろう」みたいなことを、21歳にもなった大学生が真面目に書いているというこの状況は、ふつうに考えて恥ずかしい。あとで自分で読み返すとき、この記事はまともに読んでいられないかもしれないし、できればこんな記事は書きたくない。それでも、なんか書いておかないと、ずっと大人になれない気がしたので、ね。

ちなみに車の件は、翌日の朝に食堂で先輩に会った時に改めて謝りました。いまはとにかく車体を擦らなくてよかったと思えています。とりあえずしばらくは車の運転はしたくありません。

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