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【コロナ禍の健康管理7】ESG/SDGs時代における人材投資戦略

WellGoウェビナー「ESG/SDGs時代におけるWell-being経営とは
~次世代の経営人材と産業保健人材の連携に向けて」より


ESG投資のトレンドは、人事や健康・安全管理など人的資本の確保に移りつつあります。
米国では人的資本情報の開示が上場企業の義務となり、ISOも整備されています。日本においても「人材版伊藤レポート」が公表され、グローバルで活躍する大手企業はすでに舵を切りました。

今後の企業経営を大きく左右する人材への投資戦略に求められるアクションとは何なのでしょうか。

欧米のヘルステック事情に精通した笹原英司氏(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会理事、在日米国商工会議所ヘルスケア委員会副委員長)をお招きし、お話をお聞きしました。

また後半では、予防医学研究の第一人者として活躍する石川善樹氏(公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事)にも加わっていただきました。


ESG投資と密接に関連するSDGsのトレンドも視野に、次世代の人材経営として注目されるWell-being経営を織り込んだ「掛け算の投資」について、独自の切り口で迫ります。
これからの企業経営で鍵となるのは、人材投資戦略です。


人的資本経営は
ESG/SDG時代に必須の企業価値を生み出す


現在の投資トレンドではESG投資はもはや必須といえますが、その中でも今後の焦点として注目されているのが人的資本への投資です。

例えば建設会社の場合、事故などで労働安全衛生法違反が発覚すると公共入札指名停止になります。事業収入に直接の影響が出るため、社内における労務安全部門のプレゼンスが大きくなっています。

同様に、人的資本管理の不備により機関投資家の投資対象から外されて株価が下がる事態を招けば経営者の責任が追及されます。


経営戦略として必須となった人的資本経営。見方を変えれば、企業価値を高めるトレンドとして、戦略的に人的資本を高める経営を行うことで、アドバンテージをとることができるといえます。

では、具体的に人的資本経営において、どのような点に着目していけばよいのでしょうか。

ここでは、ESG/SDG時代に必要な人的資本経営の枠組みを、ボトムラインとしてのレギュレーションや人的資本政策といったボトムラインのあり方と、それらを踏まえたトップラインとしての経営戦略のあり方に分けて考えていきたいと思います。

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まず、経営戦略を構築するためのベースとなるボトムラインを考えていきましょう。
投資のトレンドを握るアメリカ企業の健康やウェルビーイング分野のESG/SDG投資について、特にISOやレギュレーションを中心に、笠原氏に解説をいただきました。

米国の先進的経営では
人事や安全衛生部門は経営の中枢となりつつある


アメリカでは、すでに健康や安全を企業価値の中核として捉える動きが加速しています。

例えばアップルでは、「EHSミッションステートメント(※EHS:環境・健康・安全)」を掲げ、従業員や顧客の健康、安全の保護にコミットし、プロダクトの開発などすべてのビジネスに対し健康、安全管理の視点を統合するとしており、評価基準を設けています。

GEも同様に、EHSポリシーとして、発電やエネルギー、金融など、業種・業態が変わっても、一貫したEHSプログラムを適用し、EHS法制およびGEの標準規格を遵守することをうたっています。

アメリカの場合、健康や安全の開示は内部の従業員にとどまりません。外部委託先や請負の働き手、インターンも、またトップマネジメントの健康や安全も含まれているという特徴があります。



もうひとつ、アメリカでのWell-being経営の特徴は、医療機関から経営支援が始まっていることが挙げられます。

例えば、オハイオ州のクリニックでは、患者個人に向けてだけではなく、雇用する企業向けのソリューションとしてアプリやポータルを開発しています。

ニューヨーク州で最も大きい医療機構であるマウントサイナイでは、ニューヨークの金融サービスが健康やウェルビーイングの支援をしています。
余談ですが、医療機関と金融機関がつながったきっかけは9.11の同時多発テロ事件でした。多くの犠牲になったのが金融関係だったこともあり、ニューヨークの労働安全性に積極的に関わるようになったのです。

安全衛生マネジメント(ISO45001)から
人的資本マネジメント(ISO30414)へ


ここからは、ボトムラインとしてのレギュレーションについて、ISOなどを軸にみていきましょう。

一般的に人事や安全衛生を管理する部門は、いわゆるコストセンター、バックオフィスとして捉えられていますが、アメリカ企業では、人事や安全衛生部門は経営の中枢とも捉えられる動きがあります。
彼らの立ち位置を変えたのは、ISOの共通化とレギュレーションSKです。

ISOといえば以下のような企画が代表的です。
・ISO9001(品質マネジメントシステム)
・ISO14001(環境マネジメントシステム)
・ISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム)
・ISO45001(労働安全マネジメントシステム)

従来、企業では部門ごとにISO担当が決まっているケースが多く、各担当者がそれぞれのシステムの中で人事や安全衛生部署に関係する箇所を確認していきます。
これに対し、ISO規格を横断的に捉え、ISO45001などと同様に共通化構造を持ちつつ、人的資源マネジメントについてさらに延長させたのがISO30414(人的資源マネジメント)です。

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ISO30414(人的資本マネジメント)は、内部/外部の人的資本報告(HCR)向けガイドラインで、多様性や組織文化、生産性、後継者育成、労働力の可用性などの主要な領域が定められていますが、その中のひとつとして「組織の健康、安全、ウェルビーイング」が取り上げられています。

簡単にいえば、人事や安全衛生部門が他の部門と同レベルの扱いになったというわけです。


ISO30414(人的資本マネジメント)が注目されている背景には、2020年8月にSEC(米国証券取引委員会)が行ったレギュレーションS-K(財務諸表以外の開示に関する要求事項)の改訂も関係しています。

SECによるレギュレーションS-Kの改訂では、企業に対し、人的資本情報の開示義務を「事業を理解するために重要な範囲」として説明しています。
ただし、開示する具体的な内容は自主性に委ねられており、どのような情報やデータを公開すればよいのか、どのような基準で検討すればよいのかなどは不明確なままとなっています。

そこで開示内容に対する参考ガイドラインとして注目を浴びたのが、人的資本に関するISO30414だったのです。


世界ではすでに、人的資本が重要な経営指標のひとつとして加速的に広まっています。

人的資源に関する情報を対外的に説明しようとすると、トップマネジメントとしてはどこまでが人事の範囲でどこからが経営戦略の範囲なのかを明確しなければなりません。
また、多様なステークホルダーに対し一元的な説明で理解を求めるには、まず自分たちの会社組織の文化がどのようなものかを明確にし、共有するリーダーシップが必要です。

人事や健康・安全管理は、もはや経営企画の中枢となる戦略になってきているのです。


次世代の経営人材に求められるものは


WellGo代表の原田からもESG投資に関する補足解説をいたしました。

ESG投資については「持続可能な未来に向かって責任ある投資(PRI)」を2006年に提唱した国連の役割も大きいといえるでしょう。
PRIに署名した運用機関は3038にのぼり、総運用資産額は2020年時点で1景円を越えています。

ESG投資資産額は日本において223兆円、グローバルでは3,000兆円の規模です。
2020年度にはエンゲージメントテーマとして重視する事項として「健康と安全」が2位に、「人権」が3位に入るなど、Well-being経営が注目されているのがわかります。

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(出典:QuickESG投資実態調査2020)


では具体的にどのようなWell-being経営が必要となってくるのでしょうか。

トップラインとしての戦略的な経営の鍵になる「Well-being経営」について、石川氏に解説をいただきました。


ウェルビーイングという視点


ウェルビーイングとは、WHO(World Health Organization)を構想したスーミン・スー博士が提唱したもので、「健康とは、身体的・精神的・社会的にWell-beingな状態」だと解きます。
ウェルビーイングには、GDPなど客観的なものと、幸福度や生活満足度など主観的なものがあります。このうち、世界的に大きなトレンドとなっているのは主観的ウェルビーイングです。

例えばイギリスでは、客観的な指標としてのGDPが漸増する一方で、主観的なウェルビーイングの数値はここ数年大きく落ち込んでおり、政治や経済の混乱につながっているとされます。客観的なGDPでは捉えきれないものがある。業績では順調にみえても、働く人にとっては環境が悪化し、つもりつもって社会へも悪影響が出ているわけです。

見方を変えると、主観的なウェルビーイングを改善することで企業の業績も向上するといえます。

ウェルビーイングの推進には3つの方向があります。
ひとつは、国連やOECDなどが主導するグローバルなもの。もうひとつは地方行政が主導するローカルなもの。そして、企業経営者や投資家が行うWell-being経営です。

Well-being経営では、企業の価値評価、企業の価値創造におけるウェルビーイングの視点の意義・重要性を掘り下げていきます。

ウェルビーイングの流れは、ブータンやイギリス、ニュージーランドなど、さまざまな国が重要目標として位置付け始めています。
日本でも担当相の設置が議論されるようになってきているものの、具体的イメージはまだない状態です。各企業がばらばらに取り組んでおり、共通のイメージがつかめていないのです。

このあたりはSDGsとの向き合い方と似ているかもしれません。新しい概念が入ってくるときは、少しずつ具体的なものが集められ、新しい基準として形づくられるようになります。
ウェルビーイングの流れも同じ。経営投資の流れが人材戦略に向かう今、ディファクトスタンダードがつくられるのは時間の問題になっているといえるでしょう。

これからの時代は、
株主資本主義からステークホルダー資本主義へ


Well-being経営は、雇用している従業員がごきげんになるためのものではありません。その本質は、経営に関わるすべてのステークホルダーのウェルビーイングが調和していく状態を指しています。

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このうち、ますます重要になってくるのは、まだ誕生していない者も含んだ「将来世代」でしょう。これからの企業活動や国家経営は、次世代を包括した社会全体の調和をもってはじめて、中長期的に安定し、持続可能となっていくのです。


トップ企業が行っていくべき
ソーシャルな取り組みとは


笹原氏、石川氏の講演の後、WellGo代表の原田を交えてトークセッションを行いました。

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ウェビナー参加者のみなさんへ行った事前アンケートでは、健康視点への関心が77%、ESGに対する考え方へも70%と、期待が非常に高まっているのを感じます。

笹原氏からは、健康と安全、人権はこれからのアメリカ政策の柱になっていくこと、機関投資家の注目が高まるポイントとして「デジタルを活用し横串に可視化する」とい流れがあることが指摘されました。
デジタルをうまく活用した見せ方でコミュニケーションをとっていく必要があるのです。

対象も、社会や最終消費者まで大きく広がっていく可能性もあります。
最終的には利他的な社会への流れは確実なものになっています。単にリターンが高いだけでは投資しなくなっているのです。様々な組み合わせのファンドや若い世代へのアプローチが不可欠です。

石川氏からは、ESG投資のうちの「S」、ソーシャルな視点での活動が重要であると指摘されました。
E(環境)とG(ガバナンス)はこれまでにも意識され、具体的な取り組みもなされてきていますが、S(ソーシャル)は範囲が広く、具体化しづらいテーマでした。
今は、SDGsが学校教育に組み込まれるようになっています。子どもたちの意識はすでに社会へ、また持続可能な未来へとシフトしています。2030年を見据えたとき、責任ある経営とは何なのか。包括的な行動が求められているといえます。


事前アンケートでは「日本ではデジタル投資が少ない」という指摘もあり、この点についてトークが広がりました。

外資系の企業は、日本に入ってくると地域との連携を重視します。
外から移転してくるわけですから、なぜその地域に移ろうとしているのか、企業が地域とどのように関わろうとしているのかを明確にしなければなりません。
また地域の人材の奪い合いも起きます。できるだけ早くアピールが必要になるわけです。

このため、企業は地域の特性に着目し、自社の事業のみならず、医療福祉や金融、大学などの研究機関もかけあわせて社会課題のマッシュアップを企てます。
企業が地域と他機関をつなぎ「掛け算」を起こすとき、重要な役割を果たすのがデジタルです。デジタル投資は、地域の特性を活かし新たなカルチャーを展開するための重要戦略といえます。
社会課題にデジタル環境をセットし、地域に成功モデルをつくって全国に広める企業戦略の流れは、今後一気に加速していくでしょう。


最後に、これからのWell-being経営ではどこに力点をおくとよいのかについても掘り下げていきました。

Well-being経営の推進には、現場で少しずつ始める方向と、全体像を描いて大きく始める方向とがありますが、経営戦略としては全体像を描いた上でウェルビーイングを推進する必要があります。
例えば、報告書を作成する段階で言語化が進み、中長期的な戦略にウェルビーイングを軸に据えると企業として何ができるかが見えてきます。企業の経営戦略にウェルビーイングを取り入れる場合、この流れが動きやすいといえます。

経営戦略と人事戦略を一致させるという動きはなかなか起きませんから、ガバナンスコードに入れてしまうというのが大事です。政策のような「外圧」が高まる機に乗じる手もあります。ISOのガイドラインや伊藤レポート人材版などはその典型。経営の核として利用し、トップダウンで推し進めるのが効果的な展開のポイントになります。

一方で、企業側からの声を行政へ上げていくことも重要で、国が動きやすくなります。互いの取り組みが相乗効果になるよう、機をよくみて動きたいところです。

オーケストラに例えると、弦楽器、管楽器、打楽器とそれぞれのパートで音を出していても全体の調和がないと曲は完成しません。音合わせで指揮者が音楽の方向性を示し、ひとつにあわせていくことでハーモニーになっていきます。
ウェルビーイングで音合わせを行うのは経営者です。こまかいパートで楽譜あわせするのはそれぞれの部署に任せ、大きな方向性をトップダウンで示していきたいところです。


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