私の魂の成長の話 17

ナルコレプシーの症状が強くなって、いよいよ私の身体はどこかおかしい??
と思い始めたのは高2の夏。

やっとの思いで、母に相談したのは高3の冬。

そして、わたしがナルコレプシーという病名を初めて知ったのは短大の頃。

キッカケは、ある日実家のテーブルに可愛い花がらの小さめのノートが置いてあって。

何かの景品かしら?可愛いから貰いたいな~。位の気持ちで手に取ってパラパラっとめくると母のダイアリーだった。

え?お母さん、手帳なんてつけるんだ?!
良くないとは思いつつペラペラ見てしまう。

そしてパタッと止まったページに
ナルコレプシーの文字とその症状が書かれていた。

私の事じゃん…。
お母さん、病気の事知ってたんだ…。
なんで、何も言ってくれないの…。

溢れてくる涙。

悲しくて泣いてるのか、悔しくて泣いてるのか、寂しくて泣いてるのか、もう分からないけど。

でも、人の手帳を勝手に見た。っていう罪悪感からその事を母に問い質す事は出来なかった。

もしかしかたら、これから話そうと思っているのかもしれない。その頃の私は忙しくてゆっくり家族と過ごす事なんて無かったし。

でも、一向にその日は訪れない。

そんな中、事件は起きた!

バイト先でまた脱力発作が起きたのだ。

在庫確認で倉庫にひとりでいた時だった。

結構な物音がしたんだろうね。パートさんが慌てて寄ってきて、まだ起き上がれない私を発見する。


強く頭を打ち付けていて、心配だから病院行ってきな!!と、近くの総合病院に電話したり親に迎えに来るように電話したり。

とても親切にしていただいて。
それをキッカケに私は脳外科を受診。

診断結果は打ったところは、特に脳内出血等していないけれど、脳波の異常がある。『てんかん』かも。と。

精密検査の予約をして帰ってきた。

私の中では、やっと病院にいけた!
ちゃんと診断してもらって治療出来る!!

そんなかすかな光の様なものがみえたのに…

家に帰ってから父が放った、ぶっ飛び発言。

「家の家系にはそんな病気なんかない。そんな精密検査なんて受ける必要ない。」

その心無いひとことで、私の心の中はブツッと真っ暗になったのである。


家の家系にはそんな病気なんかない。
つまり、私の病気の事は認めない。
 
もっというと、私の存在そのものを否定された様に感じた。そもそも、私は親に愛されてないんじゃないか?っていう所から自己肯定の低い私だったのに(当時はそんな事にすら気付いてなかったけど。)決定的な瞬間だった。

あぁ、やっぱり私は愛されてないんだ…。

と、同時に。
私がこんなに苦しんでいるのに、この人は助けてくれないんだっていう不信感。本当だったら、最も安心できる関係性を築けるはずの親を信じることが出来なくて、私の中に大きな欠乏感。みたいなものが蔓延り始めた。


この頃が、私にとっては最も辛くて生きているのが辛いと感じていた人生のどん底期。

よく頑張ったな、私(笑)