難民であり、移民であり、そして日本人である。セミナー事業部統括兼”異文化ナビゲーター”玉利ドーラの原点に迫る。
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難民であり、移民であり、そして日本人である。セミナー事業部統括兼”異文化ナビゲーター”玉利ドーラの原点に迫る。

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国籍は「地球人」、性格は「自由人」。13年で7ヶ国で暮らした異文化経験を元に、様々な固定概念を打破するセミナーを実施する、玉利ドーラのパッションに迫ります。 

今年4月より、セミナー事業部統括としてWELgeeの職員となった、玉利ドーラ。企業人に対するダイバーシティマネジメントを教えるワークショップや、難民の「アンバサダー」と共に世界の実情を伝えるセミナーを実施する彼女もまた、難民としての境遇や、多様な文化圏の中で暮らしてきた経験を持っている。

「研修を通じて、一人ひとりの個性が発揮できる環境を作りたい」
 
多様なアイデンティティを持つ彼女が、WELgeeとどのように出会い、そして何を目指すのか?その原点に迫る。(執筆 : 林 将平)

3歳で「難民」となった、クロアチアでの幼少期

クロアチア人の父親と、日本人の母親を持つ玉利は、1989年に、クロアチアのドゥブロブニクの地で生まれる。

3歳になった時に、クロアチア政府とセルビア系住民による自治政府の対立をめぐる紛争、いわゆるクロアチア紛争が起き、家族とともにドイツのドュッセルデルフへと逃れた。

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▲クロアチア軍がセルビア軍の戦車を破壊する様子。本紛争により、戦死者・行方不明者 1万5千人以上のクロアチア人兵士・市民が亡くなった。

今は難民とともに活動をする彼女だが、彼女自身も難民として国を追われた経験がある

その後、母親の実家がある鹿児島に移住し、3年と9ヶ月間を過ごしたのち、再びクロアチアへと戻った。8歳になるまでに、日本・ドイツ・クロアチアの言語や文化が全く異なる3国をまたぎ、生活をした。

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▲鹿児島幼少期(小学校)

クロアチア

▲クロアチアのドゥブロブニクで取った家族写真

「とにかく学ぶことが好きでしたね。家庭は裕福ではないけれども、アメリカの高校で学ぶことをいつも夢見ていました。」

貧しい家庭事情でも、アメリカで学ぶことを夢見ていたドーラ。

たまたまアメリカへの留学に必要な学費や航空券費用を負担してくれる奨学金を知り、応募をする。両親の支えもあり、合格をし、クロアチア代表奨学金留学生として、Kents Hill School高等学校へと留学を果たした。

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▲Kents Hill Schoolの同級生たちと草ホッケーをするドーラ(写真左)

自分を違う環境に置くことで、起こる成長、学べることは、一つの場所にいるだけでは学べないことが多いんですよね、その刺激は今でも大きいです。」

「人間の経験を理解したい。」心理学への目覚めと、香港での衝撃

高校時代に、留学を通じて視野を広げたドーラは、多様な学問を学ぶことのできる、リベラルアーツを専攻しに、ドイツの大学へと進学した。

生徒間の議論が中心の授業では、ディスカッションのテーマそのものより、ディスカッションに参加する学生が、なぜこの発言をするのか?という、その人の背景を考えることが好きだった

「もっと人間の経験を理解したい。」

人間の経験や思考を理解するためには、幅広い人間に関する学問を学ぶ必要があると考え、リベラルアーツの利点を生かし、実存哲学・心理学・遺伝学・脳科学・生理学など、幅広い学問を学ぶ。

しかし、ドーラは気づいた。
多くの学問の基盤となっているのは「西洋的な」視点であるということに。

単一的な視点に物足りない彼女は、あえて自分が経験したことのない、異なる文化に飛び込むために、香港大学の交換留学へと参加した。

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自分の身をもって異文化で生活をする中で、西洋の学問的視点ではあまり反映されていない、集団主義の考えや、行動様式が彼女の知的好奇心をくすぐった。

「異文化」への好奇心が再び高まった彼女は、その後も心理学の専攻を続けたい考えていた。

既定路線のキャリアをぶち破った「世界一周旅行」での衝撃

ドーラにとって、自分の”好きなこと”に没頭することが、求めているキャリアだった。一度大学を卒業し、日本で英会話講師として就職をしたドーラは、行き詰まった。

多忙な業務の中で、自分らしさを失いかけていたからだ。

改めて、自分のパッションがある心理学を学びに大学院へと戻った彼女だったが、どうしても腹落ちしない。心理学で教鞭をとっていた教授たちは、幸せそうには見えなかったし、ドーラ自身が描く、理想の仕事をしているようにも見えない。

一方で、周りの同期は、一つの道に励み、次々と新たなキャリアを歩みだしている。同じ学舎で学んだ同期は、FacebookやLinkedInで研究所や大学院へと就職した投稿をしている。

焦った。

「キャリアとは、一つの決まった分野で積み上げてゆくものなのだろうか?だとしたら、これまで幅広い経験や人々と出会ってきた私は、価値のある積み上げをしてきたのだろうか?

自分自身に強い自己嫌悪を感じたドーラだったが、どうしても腹落ちしない彼女は、どうせなら今しかできないことをしよう!と思い立った。

修士号を修了したドーラは、大学1年生の時から目指していた博士過程への道を一度止め、前々から行こうと願っていた、世界一周の旅へと出かけた。

ドーラは、ピースボートの主催する、ピースボートクルーズの英語教師として、ボランティアをしながら、北半球を巡った。

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▲英語クラスの生徒たちと共に

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台湾、インド、ギリシャ...
北半球、総勢25もの国をめぐる中で、もっとも衝撃的だったのは、キューバ。

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多様な世界のありようを次々と見せつけられて、圧倒される毎日。そんな世界一周の最中にも、同期がどんどんとアカデミアのキャリアを進んで行く。

「この強烈な経験を、どう一つに束ねよう...」
「どうやって、私らしく、かつ人のやくにたつ仕事や生き方を見つければ良いのだろうか...」

ますます自分の行先が見えなくなったドーラ。だが、世界一周の最終到着地である、横浜に流れついた彼女は、あるスピーチに出会う。

「キャリアとは、コートのように着替えられるものではない
キャリアとは、一歩一歩歳月を積み重ねるごとに、一つひとつの決断のたび、そして、経験を重ねるうちに育ってゆくものである。全て、積み上がってゆく。」ー Wade Davis, 文化人類学者

その言葉を耳にした時、ドーラは何かを理解した。

そうか、決まりきった道のりを歩むことがキャリアなのではなく、今の自分の経験が積み上がってキャリアになるのだと。私は、ばらばらな経験をしていたのではなく、自分独自のキャリアを積み上げている最中なのだと分かった。

だから、自分はどんどん色々やりたいことに励み、学びたいことを学んで、形にしていけばいいのだと自信がついて、気が楽になった

それから、博士ではなく、日本の地で新しく自分のキャリアを積み上げてゆくことを決意した。

日本では、自らの強みである「日本語・英語のバイリンガル」を武器に就職活動を行い、ITベンチャーでのマーケティングや、クロスカルチュラルインストラクター、フリーランスの研修ファシリテーターなど、様々な職種での経験を積んでゆく。

企業での経験を元に、ビジネスやお金について肌で学んだ彼女は、これから自身が世界でどんな立ち位置にいたいのかが見え初めていた。

その時、たまたま「希望を持って日本に逃れてきた人たちと語る世界の課題」というイベントを紹介するチラシを目にした。WELgeeが行う出張講演のイベントだった。

そこに参加したドーラは、WELgeeの世界観に惹かれたという。

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「WELgeeは人の背景を中心とするのではなく、その人自身の人間性・個性を大事にしているんです。様々な価値観や、セクターの方々がハイブリッドに繋がっていて、魅力を感じました。」

そこから彼女は、WELgeeセミナー事業のプロボノとして、徐々に研修の運営や、ファシリテーターとして参画してゆく。

新たな国での"ゼロイチ"経験。ドーラと”難民”との接点

ドーラは、自身と、日本に逃れた難民の人々との共通点があると語る。

「私自身、13年間7ヶ国に暮らしてきた経験があります。最低限のリソースで新たな国へとやってくる人の気持ちがわかるんです。

新しい環境下では、自分の髪に合うシャンプーを探すことから、友人やコミュニティ見つけることまで、全てのことをゼロから始める必要があります。でも、お金はあまりありません。例えば、私の場合、オランダでの生活費は2万円ほど。最低限のお金で生活をしていました。

でも、お金がないからこそ、自分がないもののギャップを埋めるために、様々な工夫を凝らす必要があります。

安いけども、スタイリッシュに着ればいい。
食べ物も、お金をそこまでかけなくても良いものもある。
お金がなくてもいい生き方ができる。

言ってしまえば、”貧乏な”プロの移民ですね。
だから、日本に逃れてきた難民の彼らの気持ちが非常にわかるんです。」

彼らの視点を深く理解しているドーラだからこそ、 研修事業を通じて、”難民”についての意識を変えたいと語ります。

「セミナーの受講生たちに、セミナー前のアンケートで”難民”について尋ねると、”貧困、紛争、貧しい”という声がよく上がります。メディアでも難民の話は、悲劇的なテーマとして扱われています。

しかし、彼ら一人ひとりの話をよく聞いてもらうと、母国の納得ゆかない政治状況に対し、声を上げた結果、国を追われた人たちなのです。アインシュタインや、歴史上の偉人にも難民は多い。

「彼らの難民に関する意識を変えて、難民の人と、日本人が個人として、意見交換することができる状態。お互いの抵抗をなくして、理解し合える状態を作りたいです。

セミナーの提供を通じて、ドーラが目指すビジョンとは何か?

最後にWELgeeの研修を通じて、最終的に目指したいビジョンを尋ねた。

「日本社会では、良くも悪くも”遠慮すること”が美徳とされています。
みんながある程度過ごしやすいことを実現することや、みんなで一斉で動けることはすごいことです。と同時に、人と一緒にいると、自分らしく振る舞えない。

個性を発揮することは、わがままだと思ってしまう人も多いのですが、環境を変えればそれは人や社会のために大いに役立てることのできる存在となることだってできます。 

私自身も、様々な環境で、様々な能力を発揮することを追い続けてきました。ある環境下では迷惑になってしまうことも、実は別の環境下では人のためになることもある。だから、研修を受けた人たちが、 個性を発揮できるように、その背中を押したいと考えています。」

多様な国や文化を越境しながら、学び、暮らしてきたドーラ。

自分自身が「移民」であり「難民」であり、そして「日本人」であるからこそ、日本に逃れてきた難民の方々の気持ちを深く理解している。

そんな彼女だからこそ作れるセミナーに、乞うご期待!!

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