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ソ連の遺産を損なうプーチン ロシア社会に不足する「力」|【WEDGE OPINION】

ウクライナ破壊を諦めぬプーチンと、それを是認するロシア国民。戦争終結の糸口は見えない。ソ連崩壊から30年、なぜロシアはここまで自己を顧みることができなくなってしまったのか。

文・山添博史(Hiroshi Yamazoe)
防衛省防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室 主任研究官
ロンドン大学スラブ東欧研究所修士、京都大学人間・環境学研究科博士。2008年から防衛研究所勤務、英国在外研究なども経験。専門はロシアの安全保障、国際関係史。

 ロシアによるウクライナ侵攻には、数々の非合理や不可解が指摘されている。まず確認しておきたいのは、ロシアが軍事衝突や経済危機に脅かされてもいないのに、リスクの高い大規模侵攻を起こし、何の正当性もない民間人殺戮をウクライナで続けていることである。戦闘行為停止の希求も、この不当さ、無益さを抜きにしては論じがたい。

 軍事行動の正当性の根拠も納得しがたい。ロシアでの主流の言説は、「ウクライナの支配層はネオナチで、ロシア系住民を攻撃してきた」というものである。もしそれが真実なら、紛争地域で監視を行ってきた欧州安全保障協力機構(OSCE)の証拠を用いて国連安保理で審議し、国際的監視を強めて紛争激化を防止するよう提案し、仮にそれが奏功せず軍事作戦を行うなら、保護対象である現地住民に被害が出ない作戦遂行に努めるのが、責任ある国連安保理常任理事国であろう。

 しかし現実のロシアは、「ネオナチによる破壊」と言っているものよりはるかに大きな破壊を現地住民にもたらしている。この言説と現実のギャップは大きく、プーチン政権は「軍事に関する偽情報の流布」を違法化し、現実の流布を妨げようとしている。

 北大西洋条約機構(NATO)が悪いという説も、侵攻開始の過程を説明できない。2021年11月、ロシア軍はウクライナを取り囲むように兵力を配置した。そして12月から今年2月にかけて、ロシアはNATOに新規加盟停止などを要求し、米国は現実的なミサイル配備の議論や信頼醸成を提案することで応じ、ロシアも交渉を準備していた。しかし突然2月21日に、「ウクライナのネオナチ政権がロシア系住民に対するジェノサイド(大量虐殺)を行っている」と主張して、ウクライナ東部にある2つの「人民共和国」の独立を承認。それに基づき、2月24日にウクライナ全面侵攻を開始した。

 この流れは、ロシアが現実の安全保障問題に対処するために合理的に行動したというより、プーチン政権がウクライナの全面的支配を行うために「NATOの脅威」や「ロシア系住民対ネオナチ」という構図を利用してロシア世論を誘導している、と読む方が正確である。実際に各種世論調査でも、……

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