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お年よりと絵本をひらく 第8回 「『きょうは何の日?』で本を選ぶ」中村柾子

「子どもたちだけではなく、お年よりにも、絵本を楽しんでもらえたら」元・保育士の中村柾子(なかむら・まさこ)さんは、週に一度、近所のデイサービスに通い、10人ほどの利用者のみなさんと絵本を楽しんできました。その記録を、連載でお届けします。(編集部) ・第1回は⇒こちら

「旅の日」にちなんで
絵本選びに迷っていた日、こんな手もある! と教えてくれたのは、早朝のラジオ放送でした。「きょうは何の日」というコーナーです。「5月16日は、旅の日です。松尾芭蕉が奥の細道へ旅立った日で、それにちなみ、旅の日となりました」という放送でした。

ちょうど乗り物の絵本を読みたいと思っていたので、それを旅に結びつけてみようと思い立ちました。

頭に浮かんだのは、『やこうれっしゃ』です。今は見かけることの少なくなった夜行列車ですが、高齢の方には、馴染みのある乗り物だったのではないでしょうか。

夜行列車の思い出
さっそく、絵本をもって施設に出かけました。旅の日のいわれを話し、「今日は旅の日にちなんで、列車に乗って旅をしましょう」と、みなさんの前に、絵本を取りだしました。『やこうれっしゃ』は、文字のない絵本です。横長の画面いっぱいに車内の様子が描かれ、ページをめくるごとに時間が経過してゆく、まるで絵巻物のような絵本です。

『やこうれっしゃ』(西村繁男  さく 福音館書店)より

列車は、たくさんの乗客を乗せ、上野駅を出発します。4人連れの親子にスポットが当たっていますが、車内には様々な人が乗り合わせ、旅の目的もいろいろなようです。
ゆっくりページをめくり画面を眺めていると、
「私、実家が金沢だから、よくこの夜行列車に乗ったわ」
「乗るとき、必ず冷凍のみかんを買ったなあ」
「寝台車の一番上で寝たことある」
「安い切符の座席は、硬かった」
などなど、やはり、夜行列車には、みなさんの思い出が詰まっていました。 

保育者だった頃、この絵本を2冊用意して製本をほどき、障子紙のうえに貼りつなげて、絵巻物に仕立て上げたことがあります。走る列車の全景を、子どもたちに見せてやりたかったのです。

まずは絵本を見せてから、その絵巻物をひろげ、みなさんにも見てもらいました。すると、紙面のあちこちに目を走らせ、「この人たち、こっちではお弁当を食べてる」「あら、この人たちけんか始めた」と、時間の経過で車内の人々の様子に変化があることを発見し、大喜び。

『やこうれっしゃ』より

「どこかに、ドラえもんもいますよ。見つけられますか」と、声をかけると、我こそはと、気がはやるのでしょうね。競い合うように探し、子どものカバンに描かれた小さなドラえもんを、見つけ出しました。

川を旅する
「ではもう1冊、今度は、川の旅を絵巻物で楽しんでみませんか」
『絵巻じたて  ひろがるえほん  かわ』は、もとは通常の製本の絵本ですが、折りたたみ式の絵巻物絵本としても、刊行されているのです。みなさん、水源から姿を変えていく川幅や周辺の様子を眺め、小さな変化を見逃しません。

「山の中でも働く人がいるのね」
「これは、どこの川だろう」
「あっ、昔の東横線だ、やっぱり多摩川だった」
「東京タワーもある」
「こういうの子どもが見たら、もっと違うもの見つけて楽しいだろうな」と、にぎやかなこと。

『絵巻じたて  ひろがるえほん  かわ』(加古里子  さく/え 福音館書店)より

『やこうれっしゃ』も、『かわ』も、変化や発見の喜びにわく、旅の絵本でした。

この日以降、針供養(はりくよう)の日には、『あかてぬぐいの おくさんと 7にんのなかま』を読んだり、時の記念日には、『よじはん よじはん』を選ぶなど、「きょうは何の日」にちなんだ絵本選びを、いくどか楽しみました。絵本だけでなく、刺し子の作品や、時計の歴史をカードにしたものなどもいっしょに紹介すると、絵本がより身近に受けとめられたようです。

『あかてぬぐいの おくさんと 7にんのなかま』より

 著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。

第9回は、「雨の絵本」をお届け予定です。どうぞお楽しみに! *毎月20日公開予定


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