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【完全解析・久保建英/第1回】南アフリカ戦の先制点はあの“4人股抜きゴール”と同じフォームだった

 歓喜に湧いた、3ゴール――。

 ゴールネットが揺れた三度の瞬間、食い入るようにテレビ画面を見つめていたサッカーファン、そして日本国民が、この男に確かな力を感じただろう。無機質だった無観客試合の空気を一変させた、上質のプレーの数々。

 東京オリンピックの舞台で、久保建英はその左足でわれわれを魅了した。

 最後は涙の敗北で終わった。金メダルはおろか、メダリストになることもできなかった。悔しさで充満する感情と勝利への新たな熱量が、きっとここから久保のメンタルをさらにタフにしていくことだろう。
 今回は敗れた結果にフォーカスするのではなく、久保が決めた3ゴールの「秘密」に迫りたい。あの3得点にはすべて論理的なプレーに基づいた明確な“理由”が隠されている。

 初戦の南アフリカ戦、2戦目のメキシコ戦、そして3戦目のフランス戦。久保が決めた、シチュエーションも形も違う3つの先制点。それらを「すべて彼が努力し、積んできたトレーニングの賜物」と言い切るのは、久保を始め永里優季、中井卓大ら多くのトッププロを指導する、パーソナルコーチの中西哲生だ。どれも偶発的なものではなく、「論理的に技術が発揮された、必然の結果」とも断言する。

 3ゴールに隠された、秘密とは。中西が3回にわたって徹底解析していく。

文=西川結城
写真=六川則夫

完璧なトラップと、真横へのドリブル

 守備を固める相手を突き崩せぬまま、時間だけが経過していった初戦の南アフリカ戦。後半、その硬直した展開を打破したのは、久保の痛快な一撃だった。
 71分、左サイドでボールを持った田中碧から、大きなサイドチェンジのパスが送られた。落下点にいたのは久保。レンジの長い浮き球を完璧なトラップで足元に止めると、対面したDFを翻弄し左足を一閃。好セーブを連発していた相手GKの指をかすめ、ボールはサイドネットに突き刺さった。
 すでにハイライトで何度も流れているこの場面。一連のプレーを一つずつ分解していくと、中西の言う「論理的な技術が発揮された、必然の結果」の意味が見えてくる。

■試合ハイライト映像(引用:NHK公式チャンネル)

「まずは完璧にボールを止めたトラップについては、すでにいろいろなところで称賛されていますよね。これは、軸足抜きのトラップです。久保選手とのトレーニングで繰り返してきたもので、重心を高く保って軸足を抜くことで、体の真下にボールを置くことができました。トラップを止めたあとのドリブル、そしてシュート。これは以前から久保選手とも話していましたが、すべて一連のセットです。軸足抜きトラップがピタリと得意の左足前に止まったことで、そこからいいテンポ感の連続プレーが可能になりました」

 次に、久保は目の前のDFに対して、ボールを左足アウトで左に押し出すようにドリブル。その方向に注目してみると、左前方ではなく、真横に仕掛けているのがわかる。実は、これにもある理論が隠されている。

「DFに向かって仕掛けていく場合、体が動く方向は前や斜め前に行きがちだと思います。ただ、ここは真横に動くべきです。なぜならば、真横に動けば目の前のDFとボールの距離は遠く、そしてシュートに持ち込む際にDFやGKに自分のお腹を見せることなく、体が開かないまま打てるからです。このフォームだと、敵はコースを見破ることが難しいのです。
 それと同時に、このとき久保選手は真横に動きながらボールが体から離れないようにしています。これは左足でボールを触りながら、実は軸足である右足の股関節を使い左半身全体で押し出しています。左足でボールを触ろうとするだけでは、ボールは自分の体から離れていきます。ただ、軸足(この場合は右足)を使いながら左に押し出すように触ると、ボールは体から離れにくくなるのです」

 実際に動画を見直すとわかりやすい。久保が左に押し出した瞬間、ボールは離れず体に吸い付くようであり、シュートに持ち込むシーンでも体が開くことなく、しっかりと自分のお腹がGKに見えないようなフォームになっている。真横への動き一つの中に、相手に奪われにくいドリブルからコースが読まれにくいフィニッシュワークまで、すべてが連動する理論が含まれていた。

理論の代名詞、「軸足抜き、蹴り足着地」のフォーム

 そして、最後のシュートシーン。お腹を隠すように体を開かず、左足を振り抜く。このとき、軸足の右足を抜き、最後は蹴り足の左足で着地している。
その体の動きそのままに、「軸足抜き、蹴り足着地」と名付けられるこのキックフォーム。これは中西の理論の代名詞のような型で、久保が中西と出会った十代前半のころから、繰り返し体に染み付かせてきたものだった。
 この「軸足抜き、蹴り足着地」、そもそもどんな利点があるのだろうか。中西が語る。

「まずは、ボールにより体重が乗りやすい蹴り方です。地面にあるボールを、ボレーシュートのように蹴ることができます。お腹を見せずにコースも狙えます。何より、軸足を抜く蹴り方は体に余計な力みをなくしキックすることができるのです。力みをなくし、さらに最後にシュートを蹴る瞬間は『決めたい!』といった強い感情を消す。決めに行くのではなく、“決まるシュートフォーム”を感情をフラットにして遂行する。これが本質です。理論が体に浸透し、感情もコントロールする。本番の舞台でも久保選手はこの二つを実現しました」

 このシュートシーン、どこかで見覚えはないだろうか。今年6月、U-24日本代表がジャマイカ代表と戦った親善試合。豊田スタジアムのピッチで久保は同じように右サイドから真横にボールを動かすドリブルを経て左足でゴールを決めている。ゴール前に連なる相手4人の股下を抜くシュートが決まったことでマスコミでも大きく取り上げられたが、4人の股抜き以上に重要なポイントが、あの場面でも「軸足抜き、蹴り足着地」のフォームを実行していたことだった。
 得意のカットインからの、左足一閃。まるで再現VTRを観ているかのような五輪でのゴール。「プレーの再現性」。これこそ、久保と中西が理論的に技術を磨きながら目指している狙いである。

「これはもういつもどおりのプレーでした。過去に何度も繰り返してきたので、驚きはありません。再現性のあるプレー、シュートを打てることが重要です。サッカーはカオスの競技とも表現されますが、理論を重ねていけばいくほど再現性の連続と理解することができます。あとはオリンピック初戦のゴールに話を戻すと、ニアサイドを狙うか、ファーサイドに蹴るかの選択でした。久保選手はトラップの時点で、目の前のDFのその後ろにいるDFのスライドが遅れてスペースがあることを見抜いています。そこにシュートコースが生まれる。そしてまさにそのコース、つまりファーサイドに決めました」
 
きれいにファーサイドに決まったシュート。このコースの選択にも、久保の冷静さが垣間見えた。

「前半と後半に二度、ニアサイドを狙っていました。その伏線回収となったのが、このファーサイドを抜いたゴールです。よく見ると、DFの脇を抜いてシュートを決めています。この場合、狙うは相手の股か、右脇か。6月のゴールは股を抜きましたが、今回は右脇。何層もカバーリングの選手がいるなかで、漠然と強いシュートを蹴ろうとするのではなく、相手の股、両脇を狙う。久保選手はこれをずっと練習してきました」

誰にでも再現可能なプレー

 浮き球のボールを的確に止め、最後はサイドネットを揺らす。この流れをここまでつぶさに解析してきた。久保の技術と再現性が詰まった、会心の一発。中西は手放しで彼を称える。

「本人も納得の一撃だと思います。いつもどおり蹴り足から着地しているので完全にボールに体重が乗っています。上半身の使い方を見ても、躍動感あるフォームでありながらも力んでいない。さらに、シュートをファーかニアかに打つかの選択も非常に冷静な判断でした。彼は型があるなかでも自由自在にプレーを選択できる。カットインから左足インカーブのシュートを相手にイメージ付ければ、相手の股を抜いてニアサイドにシュートを打つこともできるし、縦に行く仕掛けも生きてきます。世界規模の大会で、久保選手自身の型を見せられたことで今後敵の警戒は強まると思いますが、それを逆手に取ったプレーを選択できる選手です。自分の型で結果を出せたことが、一つの収穫だったと思います」

 最後に、中西は「忘れてはならないこと」として、こう付け加えた。

「久保選手が見せたトラップ、ボールの動かし方、シュート。このプレーは、理論をしっかり理解しトレーニングを積み重ねれば、習得することができます。ただ、それを試合で発揮するために必要な要素は、テクニックと思考です。その二つが合わさって、試合に使えるスキルになっていくのです」

 勢いに乗った日本と久保は、2戦目のメキシコ戦でも躍動する。堂安律の折り返しから、左足ダイレクトで放った2試合連続弾。何気ないシュートに見えたが、久保と中西が積み重ねてきた理論がここでも深く関係していたのだった。

(第2回へ続く)


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