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【完全解析・久保建英/第2回】「状況判断」を再言語化する。メキシコ戦の久保に見た「状況把握」と「的確な判断」

 大舞台の初戦は特別だ。どんな強豪国でも固く、自分たちらしさが出せない場合がある。日本も東京オリンピック初戦・南アフリカ戦では相手の守備的姿勢も重なり、攻撃に苦しんだ。

 緊張感が高まるなか、自然体のプレーで値千金の決勝弾を決めたのが、久保建英だった。十代前半から積み重ねてきた技術と、その習得に向けて取り組んだ論理的なアプローチ。あの完璧なトラップから左足で絶妙なコースを射抜いた南アフリカ戦のシュートは、彼の「スキル」が詰まった一発だった。

 ここで言う「スキル」とは、一体どんなものなのか。これまで久保と並走しそれを高めるトレーニングを施してきたのが、パーソナルコーチの中西哲生だ。「テクニック」と「スキル」は、日本語ではともに「技術」と解される言葉だが、中西は明確に異なるものだと考える。

「テクニックは純粋な技術です。ただスキルは実戦で生かされるものであり、テクニックと思考が合わさりスキルが成立します」

 見ているだけでは、なかなか伝わりにくいものかもしれない。中西は久保のプレーについて「論理を体に染み込ませては、自然体で表現できるようになってきています。それは偶発ではなく、スキル=テクニック+思考によってもたらされるものです」と話す。

 頭脳と体が一つになり、久保が繰り出す異質のプレー。第2戦のメキシコ戦でも『スキル=テクニック+思考』を結果で証明してみせた。

文=西川結城
写真=六川則夫


疾風のように走り込んだ一撃

 勝負の第2戦。日本の相手は優勝候補の一角とも目されていた中米の雄・メキシコ。オーバーエイジで招集された、W杯4大会出場を誇る守護神ギジェルモ・オチョアを筆頭に、多くのA代表メンバーを擁する実力派集団だった。

 ここが、大会最初の山場。接戦、苦戦も覚悟の日本だったが、そんな予想を覆すかのように、開始早々に敵陣を見事に切り裂く。

 6分、ハーフウェイラインを超えたあたりで右サイドバックの酒井宏樹がボールを受けると、まっすぐ縦方向、相手の背後目掛けてスルーパスを狙う。そこにフリーランで流れ込んだのは堂安律。チラリと見たゴール前には1トップの林大地が走り込み、そこへのパスコースを消すべく2人のDFも並走していた。すると堂安はその相手2人の裏をかき、マイナス気味のパスを折り返した。

 コロナ禍での無観客試合。中継のテレビ画面では、堂安が右足でパスを折り返した瞬間、その行き先にはまだ誰も日本の選手は映り込んでいなかった。次の瞬間、スピードに乗って画面にカットインしてきたのは、久保。慌ててシュートブロックに入るDF。両者の球際はまさに五分、シュートは難しいタイミングにも思えた。

 間一髪、ボールに先に反応できたのは久保だった。咄嗟の判断か、彼は利き足の左アウトサイドでダイレクトシュートを放った。堂安のパスの選択、そこに突然疾風のごとく現れた久保の飛び込み。名手オチョアも、シュートを防ぐことはできなかった。

 東京オリンピック、2試合連続ゴール。中西の言葉を借りれば、「偶発ではない結果」をまたしても出した久保が堂々そこにいた。

■試合ハイライト映像(引用:NHK公式チャンネル)

 
アウトサイドシュートに隠された「スキル」の意味

 スキルとは、テクニックと思考が合わさることで生まれる。この概念をいま一度頭に置きながら、中西の解析を紹介していく。

 まず、このシーンで真っ先に気になったのが、シュートブロックに入った相手DFよりも先にボールに触れることができたことだった。久保が全速力に近いランニングをしてきたのに対し、DFも体を張って止めるべく、スピードに乗りながら球際目掛けてタックルを仕掛けてきた。両者の飛び込むタイミングが合致してしまえば、シュートを止められるだけでなく、足同士が激しく接触しケガにつながりかねない場面だった。

 そこで久保が下した判断が、左足アウトサイドでのキックだった。右方向から来たボールを、利き足とはいえ角度的に当たる面が小さくなる左足外側でインパクトしてみせた。

 このジャッジに、中西は「久保選手の『思考』が見え隠れする」と語る。

「普通であればこの場面、インサイドキックのシュートを選択する選手は多いと思います。入ってくるボールと足の角度的にもインサイドに当てることがオーソドックスでしょう。ただ、この場面では普通にインサイドで打っていたら、おそらくシュートはポスト右外へ外れる可能性が高かったです。ゴールに対して走り込んできた角度と、自分の左側から勢いよくスライディングをしてくるであろうDFを考慮した結果の判断です。よくサッカーでは『状況判断』と言われますが、これは瞬間、瞬間のプレーを考えればさらに言葉を噛み砕く必要があります。本当は『状況把握』をした後に、『的確な判断』を下す。この2つに、時系列で分解されるべきです。その意味では、久保選手はこのシーンでまず『状況把握』を行いました。走り込む角度と堂安選手から来たパスのタイミング、そして寄せてきた相手DFとの球際勝負。その周囲の情報を認知する精度が高いからこそ、インサイドではなく少しでもつま先に近い部分で相手より先に触れるアウトサイドでシュートを放ちました。つまり、『的確な判断』を下せたのです」

 これだけのトップスピードでのプレーでも、そこにしっかり「思考」が存在していること自体、驚きであり非常に面白い。走り込んでは勢い任せにシュートを打つ選手は、正直トップレベルの試合を見ていても存在する。この久保のゴールは、一見するだけではテクニカルと表現できるシュートだろう。

 しかし、そのプレージャッジの裏側を知れば、テクニカルではなく、むしろ思考が加わったスキルフルな一撃だったと言える。

仕上げの判断、「ボールを浮かす」という選択

 さらにもう一つ、このゴールには久保ならではの“隠し味”が存在していた。

 ただ単に、アウトサイドで打っただけではない。インパクトの瞬間、彼はボールを浮かしているのである。

「的確な判断」をして左足アウトサイドでシュートを放つジャッジに至ったとしても、この場面、久保が強いインパクトや低めのシュートを選んでいれば、オチョアの体にぶつけていた可能性がある。シュートを打つ場面を見直してみると、オチョアは久保が左足で放つ瞬間、しっかり正対しシュートセーブの姿勢に入っているのがわかる。さらに自分の右側のコースは、眼前でカバーに入ったDFと、久保にシュートブロックを仕掛けたDFによって消すことができている。あとは正面、もしくは左側にシュートが飛んでくれば十分セーブ可能な位置取りだった。

 そこで久保がアウトサイドのシュートに続き下した“もう一つ”の判断が、少し浮かしてあえてオチョアの右側のコースを狙うことだった。

 久保を含め、その他トップ選手たちとともにこれまでトレーニングを続けてきた中西には、あるシュート理論がある。

「例えばペナルティエリア内でGKと1対1になった際や、ゴールエリアから至近距離のシュートを狙う際は、ボールは少し浮かすべきです。ゴロで転がすシュートを狙う選手も多いですし、もちろん良いコースに行って入ることもありますが、基本は浮かすこと。このような場面では、相手GKが身を投げ出すことも多く、またGKと至近距離になることもあります。そこで強く打ちすぎたりコースが低すぎると、GKに反応され、体に当たる可能性が高い。手や体が反応しやすい高さやコースではなく、ゴールに近いほどシュートは少し浮かす。GKは咄嗟に手が出にくかったり、虚を突くようなタイミングであれば相手の裏を突くこともできます」

 中西はこの場面、久保がアウトサイドで少し浮かしたシュートを放ったプレーを「本能的だったと思う」と明かす。この本能的とは、感覚的という意味とは異なる。すでにここまで積み重ねてきた理論が久保の中にしっかり刷り込まれているからこそ、誰もがしびれるような局面でも自然と発揮できるまでになっている。

「瞬間的にシュートを浮かす練習はこれまでも繰り返してきました。シュートフォームに入って、直前でループに変える。再現性のある型だからこそ可能なプレーキャンセルです。シュートだけでなく、土壇場で選択肢を変えることは僕の理論のなかでもかなり重要なプレーです。歴代の名選手を見ても、皆、プレーキャンセルに長けています。僕が現役時代一緒にプレーしたピクシー(ドラガン・ストイコビッチ)もその一人。彼のプレーもとことん研究して、この理論に落とし込んでいます。今回のシュート場面でも、久保選手の中には経験上、浮き球が確率的に入りやすいという判断があります。左インサイドで打てばポスト右外に外れるかもしれない。アウトサイドで蹴っても低ければGKのセーブにあってしまうかもしれない。そうなると、確率的にはボールを浮かす。そのことを彼はこれまでのトレーニングや試合を通じて、自分の体で覚えています」

 2試合連続ゴール、しかもチームを勝利に近づける貴重な先制点。大会中も、久保の勝負強さやスター性があらためて取り上げられた。

 ただ、その結果には精神論ではなく、確かな論理が紐付けられている。根底にあるのは、『状況把握』と『的確な判断』。こうした思考がなければ、技術を持っていてもオリンピックやW杯のような緊張感高まる試合で貴重なゴールを奪うことは難しい。

 そして、続くフランス戦。久保はまたしてもこの勝負の舞台で、まだ見せていない新たな引き出しの存在をわれわれに示すのだった。

(第3回につづく)



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