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【どこがすごい?】楢﨑正剛をプロGKコーチが徹底分析!「ドイツでは楢﨑さんの守り方がスタンダードだった」

楢﨑正剛はどこがすごかったのか? GKコーチ、現役選手、元チームメートなどの“プロ”に徹底分析してもらう新企画。第1回には大宮アルディージャのGKコーチ・松本拓也さんが登場する。柏レイソル時代に中村航輔を育て、ドイツの1FC.カイザースラウテルンで1年間の研修を受けるなど、国内外のGK事情に精通する人物だ。ドイツでの研修中、松本さんはドイツ人GKを見ながら「楢﨑さんみたいだな」と感じたことが多々あったという。その言葉の真意とは--。

「上」をやられるシーンがほとんどない

――松本さんは川崎フロンターレ、柏レイソル、大宮アルディージャといったクラブで育成年代をはじめトップチームまで幅広く指導され、加えてGK大国・ドイツの育成の現場にも精通しています。そんな松本さんから見て、楢﨑さんのプレーはどこが優れていたのでしょうか。

GKにいわゆる“静”と“動”のタイプがあるとしたら、まさしく“静”のタイプで、安定感によって信頼を得てきた選手だと思います。とにかく好不調の波がなくて、イージーなミスが少ない。日本の歴代GKの中でも屈指の安定感だったと思います。

――その安定感の秘訣はどのようなところにあったのでしょうか。

特に素晴らしかったのがポジショニングですね。日本ではまず左右に関してはボールと両ポストを結んだ真ん中に立つ、その中で頭の上を越されない程度に前に出て構えるというのが基本とされています。僕自身もずっとそれが正しいポジショニングだと思っていたのですが、楢﨑さんはその1、2歩後ろで構えている印象があるんですよね。前に出て反応する時間が短くなるよりも、相手と距離を取ることで自分が反応する時間を稼ぐ。「少し下がって対応した方が守れる」というのを、多分ご自身の感覚として持っていたんだと思います。


――なるほど。ボールに合わせて左右に非常に細かくポジション修正している印象があったのですが、実はポジションの高さにも特徴があると。

そうですね。他のGKと比べて無駄な上下動が少ないから、ちょっとした左右のポジション修正だけで済んでいる。だから改めてプレーを見返してみても、楢﨑さんは上をやられているシーンがほとんどない。これは楢﨑さんならではの特徴だと思います。

例えば中央からのミドルシュートを止めに行くときに、前に出てコースを狭めようとするのではなくて逆に距離を取って少し後ろに立っているから、頭を越されて入るというのがほとんどない。最初から後ろにいるから、シュートを打たれる時点で「後ろに下がる」という動きを選択肢から消せているんですよね。


――ミドルを打たれる場面って基本的にはボールホルダーが中盤で前を向いている状況なので、ミドルと同時にDFラインの裏へのスルーパスなども警戒しなければいけませんよね。そうなると普通のGKは少し高めのポジションを取る傾向が強いように感じるのですが。

そうですね。でも高めのポジションを取ると、裏にパスが出てきた際に前に出やすい反面、常に「下がる」という選択肢も持っていないといけなくなります。例えば、サンフレッチェ広島の青山(敏弘)選手は、GKが出ようとした頭上を常に狙っている。彼のような選手がいると、GKはより多くのプレーを想定しなければなりません。

そこで高めのポジションを取っていると、「いや、シュートもあるぞ」とGKが気付いて後ろに下がった瞬間に、背後のスペースにスルーパスを出されたりする。前に出てから下がって、そこからまた出て行くという、“選択肢を限定できていない状態”に陥ってしまいます。だけど楢﨑さんの場合は最初に「下がる」という選択肢を消せている。そこをベースにした上で、前に出る必要がある場面では一気に前に出る。後ろを優先してより選択肢を限定したところから動いているから、凄く落ち着いて見える。

しかも、この「まず後ろを優先する」というやり方は、実はドイツのGK育成にかなり近い考え方なんです。向こうに行っている間、「これは楢﨑さんみたいだな」と感じることがたくさんありました。

<オンライン講習会ダイジェスト記事>

ドイツで感じた楢﨑のプレーとの共通点


――そうなんですか。具体的に「このプレーの考え方が楢﨑さんに近い」という例を教えていただけますか

例えば相手FWと1対1になった場合の対応の仕方として、僕が研修に行っていたカイザースラウテルンでは「前に出るなら必ず相手と3m以内の距離まで詰めましょう」という基準が設定されていました。もちろん、人により、多少の距離の短長はありますが。そして3~5mの距離を“レッドゾーン”と呼んでいて、「シュートが打たれる瞬間にその距離になるのはNG」とされていました。


――なるほど。きっちり距離を詰め切って完全にコースを消せるなら出るべきだけど、中途半端な距離感になるなら出ない方が良いと。

そうです。3~5mの間合いだと体を広げてもコースを消しきれないし、だからといって反応で止めに行くには近すぎます。詰め切れずに中途半端になるくらいなら後ろに残って相手と距離を取る。それによってシュートに反応するための時間を作ることを推奨していました。

もちろん、後ろに残ってもシュートが厳しいコースに飛んで来てしまったら止められない可能性は高いですが、味方DFが最後のところでシューターにプレッシャーをかけられていればそこまで余裕を持ってコースを狙えるわけではないですよね。それなら後ろでしっかりポジショニングを取って守ろうと。結果的にその方が失点を防げる確率は高い、というのがドイツでの一般的な考え方でした。


50:50のボールには出ない


――とても興味深いです。他のプレーでもやはり似たような考え方をするのですか?

クロスボール対応に関しても、一つとても印象的な出来事がありました。僕がドイツに行っていた当時、カイザースラウテルンのユースにU-17ドイツ代表の5、6番手くらいのGKがいたんですよ。その選手がある日のクロスボールの練習で前に出なかったシーンがあって。日本人のGKコーチだったら全員「いや、今の出ろよ!」って言うくらい前に出るべきボールに見えたんですけど、ドイツ人のGKコーチが「今のは良いプレーだった!」って褒めていて(笑)。すぐにドイツで指導している日本人のGKコーチの人に電話して「こんなことがあったんだけどどう思う?」って聞いたら、ドイツでは最終的にゴールを守れば良いという考え方があるから、50:50(ファイフティー・フィフティー)の場面では出ないという文化があるんだと思いますと教えてくれて。「あ、これも楢﨑さんみたいだな」と。


――確かに楢﨑さん自身も、第2回の講義「クロスにこそ“準備力”が生かされる」の中で「自分が先に触れる確信が持てなければ、ゴールライン付近に残ってシュートの準備をする」とおっしゃっていました。それと先ほど少しお話に出たDFラインの裏に出たボールに関しても、楢﨑さんは無理に出ないで後ろに残って対応する印象があります。今のお話を聞く限り、あれもある種ドイツ的と言えそうですね。

そうですね。日本だと、後ろに残ると「何で(前に)出ないの?」って言われてしまうことが多い。逆に果敢に前に出てチャレンジして、結果的に決められてしまう分には「まあ仕方ないよね」となる、チャレンジを美学とするような傾向があると思います。

それから考えると、後ろに残ってまずゴールをしっかり固めることを優先するスタイルって、今の日本ではまだ難しいはずなんですよ。相当ハイレベルなプレーを見せ続けて味方を納得させない限り、受け入れてもらえないはずなので。

それだけ難易度が高い中で、20年以上も前からそのスタイルを貫き続けてあれだけ高い評価を獲得したというのは、本当にすごいことだと思います。

――日本でそのスタイルの道を切り拓いたパイオニアなんですね。全てのプレーがそうでないにしても、少なくともいくつかの側面においては時代のずっと先を行っていたという言い方もできそうですね。

本当にそう思います。今後日本でもGKのプレーがより整理されて言語化されていったときに、「あれ? これって実は楢﨑さんがやっていたんじゃない?」と気付かされることがたくさん出てくると思いますよ。

<オンライン講習会ダイジェスト記事>

今後求められるのは「1人でゴールを守れるGK」

――今後のサッカーに求められるGK像については、どのように考えられていますか。

日本のGKが世界レベルを狙うのであれば「1人でゴールを守れるGK」を目指すべきだと思います。


――1人で、ですか。GKはシュートを打たれる前にDFといかに連携できるかも重要だと思っていましたが……。

もちろん、それも大事です。コーチングでうまく味方を動かして対応できればそれに越したことはありません。でも海外の選手は日本ほどGKの言うことを聞かないなという印象があります(笑)。GKから「行くな!」って言っても、自分の直感で「奪える」と思ったら結構無視して行っちゃう。


――しかも高いレベルになればなるほど個々の我も強くなるので、そういう選手たちをコーチングで自分の思い通りに動かすのはかなり難しそうですね。

そうなんですよ。戦術理解度が高くて味方を動かせるGKって日本だと重宝されるんですね。それはそれで否定するつもりはないのですが、コーチングが評価されているGKが海外に出たときに、言葉の問題も含めてその長所が長所でなくなってしまう可能性が高いなと。

味方が思い通りに動かなかろうが関係なく、GKはとにかくゴールを守らなければいけない。どういう事情があっても失点を重ねれば自身の評価は下がるだけです。それならばどんな条件下であっても「とにかく自分で止められるGK」が結局は理想なのかなと思います。

戦術を理解するのはもちろん大事だし、コーチングができるに越したことはありません。ただ世界に出て行くことを想定した時に、それありきのスタイルでは難しくなる気がします。

<インタビューの後編はこちら>


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松本拓也(まつもと・たくや)
1980年1月25日生まれ。柏レイソルユースを経て、ドイツのウンターハッヒングでアマチュアとしてプレー。引退後は川崎フロンターレのユースや柏U-18など育成年代でGKを指導し、柏の日本代表GK中村航輔を育てた。その後は、柏のトップチーム、アカデミーでもGKコーチを務め、2018年7月から2019年5月にかけては日本サッカー協会とJリーグが協働で行うJFA・Jリーグ協働プログラムの取り組みの一環として1FC.カイザースラウテルンで研修を受ける。2020シーズンより大宮アルディージャのトップチームのGKコーチに就任。
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(文:福田悠/写真:名古屋グランパスエイト、大宮アルディージャ)

あらゆる競技のトップ指導者・現役アスリートによる最高峰の理論を学べるオンライン講習会『ホワイトボードスポーツ』では、楢﨑正剛氏のオンライン講習会(全3回)を配信中です。また、7月1日(月)より楢﨑氏も参加するオンラインサロンがスタートします。こちらは楢﨑氏および参加者の皆様でGKについての知見を共有し、GKファミリーの輪を広げるためのものです。ぜひご参加ください。

【タイトル】
楢﨑正剛presents「GKオンラインサロン」 
【参加資格】
ホワイトボードスポーツにて「楢﨑正剛オンライン講習会」の3本セットをご購入いただいた方
【メッセージ】
みなさん、こんにちは。楢﨑正剛です。
このたび、「GKオンラインサロン」を開設することになりました。オンライン講習会では僕が現役時代にどんな考えを持ってプレーしていたのかを伝えさせてもらいました。自分が実際に選択したプレーについて、なぜそのプレーを実行したのか。1個1個を振り返っていく作業は、僕にとっても多くの発見がありました。
ただ、オンライン講習会では参加者の皆さんとコミュニケーションをとることができません。GKについて、もっといろいろな人と情報交換できる場所があったらよいなと思っていました。育成の現場ではこういう悩みがあるんですというのを教えてもらったり、動画の中で紹介したプレーについてもっと詳しく解説したり。あるいは、世界のあのGKがすごいとか、スーパープレーがあったとか。
日本代表、Jリーガー、GKコーチ、初心者、ファン……そういうのを取っ払って、とにかくGKに興味を持っている人が、みんなで話し合える場所にしたいと思っています。そうやってGKファミリーを1人で多く増やすことが、日本のGKの発展につながっていったら最高です。
【コンセプト】
・GKの悩み&相談を共有できる場所
・オンライン講習会についての深堀り&噛み砕き
・楢﨑正剛さんとのコミュニケーション
・参加者同士のコミュニケーション 
【活動内容】
1.サロン内での情報交換 
「好きなGK動画を貼っていくスレ」「GKをやっていてよかったことを共有するスレ」「GKのギアについて語ろう」「GKお悩み相談室」「雑談スレ」
※サロンメンバーによる自由なスレ立てOK
2.オンライン定例会
月1回のZOOMミーティング運営メンバーがファシリテーターとなり近況報告など。
3.質問コーナー
質問は運営メンバーにてとりまとめます。質問への回答は動画orテキストにて配信。 
4.特別講義楢﨑正剛さんが話を聞いてみたい人をゲストに呼んでのオンライントークイベント
5.GKコンテンツの作成や売り込みサロン内での共有知識を企画に練り上げ、各社サッカーメディアなどに売り込む。サロン内で企画会議を行ったり、企画書やコンテンツの制作も行う。
【スタート】
2020年7月1日(水) 
【プラットフォーム】
Facebookの非公開グループ※オンラインサロンへの入会方法については別途ご案内させていただきます
【期間】
2020年7月1日〜2021年3月31日まで
【参加費】
無料※オンライン講習会の特典となりますので入会費・月額費などの追加費用は発生しません

<オンライン講習会ダイジェスト動画>


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