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中国四千年のマナー教室


 皆さん、こんにちは。あれは、、、摩拿合(まなあ)!! 知っているのか木賃ふくよし(芸名)です。
 はい。本日は、何故か妙に好評(好評と言っても、普段の売上が¥200なのが¥300になったぐらいなんだけど)なマナー講座を、古代中国史観点から考えてみたいと思います。

 古来より中国は仁義礼智信を重んじます。

 え? そうは思えない?


 なに言ってるんですか。

 日本人が武士道を重んじるのは勇気がないから。
 大和魂を重んじるのはガッツがたりない! から。


 西洋人が騎士道を重んじるのは卑怯だからですよ。
 フェアプレー精神を重んじるのは姑息だからなんです。

 男らしくしろ!ってのは男は女々しいからであり、女らしくしろ!ってのは女がガサツだからです。
 わかりましたか? 古来より中国は仁義礼智信を重んじるのですよ。足りないから。

 そう。中国と言えばクーデターの国ですが、まだ統一されていなかった中国はまさに戦国時代。戦争、疫病、飢饉と中国春秋時代はまさに無法地帯。北斗の拳よろしく、悪党どもがヒャッハー!!しているイカレた時代。
 強盗強姦殺人はお手のもの。食人だってやって見せらあ。
 山賊に怪しい宗教は当たり前。仙人だって仙術だってわんさかわんさ
と湧いて出る。

 法なんてあったもんじゃありません。

 そこに一人の英雄が現れます。
 そう。かの悪名高き始皇帝です。


 始皇帝はとんでもない頭角をあらわし、(村を)焼くわ、(人を)煮るわ、(本を)焚くわ、と料理の鉄人に変身。あっという間に中国を統一。万里の長城を築き、外国からの防御を強化し、法という概念すらなかった中国に、

 厳正なる法をもたらしたのである。


 ※ この解説は百年以上の話を圧縮してるので、めちゃくちゃ雑かつ誇張だらけですが、中国史が好きな方なら、わかる(わかる)ってなると思います。


 始皇帝は紛う事なき天才でしたが、天才すぎたんですね。
 残念ながら、天才には凡愚の能力がわかりませんでした。

 彼の築いた法治国家は、紀元前の人類には早過ぎたのです。

 いわば、

 小学生になったばかりの児童に、高校生向けの授業を始めてしまった状態です。

 そりゃ無理だわ。


 国民の大半が字を読めもしないのに、法で雁字搦めの上に厳罰ですよ。
 始皇帝は間違いなく天才で、政治力にも軍事力にも長けていました。目指した法治国家は素晴らしいものでしたが、いかんせん凡人の心と能力が理解できていなかったようです。

 小学生に向かって「毎日繰り返してプロレスラーと同じトレーニングをすれば強くなれるぞ!」って言って、トレーニングについていけない国民を殴ってたら、そりゃ反感も買いますわな。

 しかも、始皇帝も老いるもので、最後にはスティーブ・ジョブズ並にスピリチュアルな方向にハマり、マネージャーの徐福に金を持ち逃げされたり、不老不死の薬だと信じて水銀を飲んだりして、死んでしまいます。
 何度も暗殺されそうになったのに、最後はあっけないものですね。

 そこで登場するのが我らが高祖、劉邦。


 始皇帝亡き後、荒れまくる中国の混乱に乗じて、才覚もないのに、悪運の強さと天才的な部下に恵まれ、皇帝の座に就きます。
 そして、始皇帝の築いた法の全てを煩わしいと切り捨て、法三章すなわち、

 殺すな、盗むな、傷つけるな。


 という3つだけに変更。
 国民から絶大な支持を受けます。


 (´・Д・)」 お前も極端やねん。


 これによって中国は大きな発展のチャンスを逃したと言えるでしょう。
 学校の授業が難し過ぎるから、と勉強の速度を落としたら、20歳でようやく掛け算始めました〜!ってな後退具合です。
 厳し過ぎるのも駄目ですが、緩め過ぎるのも駄目って事ですね。

 そんな古代中国史から学ぶマナー教室。
 始皇帝は徹底して「法」を重んじました。これを「礼」に変えてみましょう。

 法と礼の違いは、強制力と罰則です。礼にはそれがありません。法はどれだけ煩瑣であれ、見逃される事はあっても、強制力と罰則を持ちます。(※ 例外的に強制力や罰則を持たない法はありますが)
 「衣食住足りて礼節を知る」などと言いますが、孔子は衣食住が足りない限り、庶民が礼節を重んじる事はない、と考えていた訳です。だからこそ、庶民には「法」が大事と説いていたので、始皇帝はこれを重んじた訳ですね。
 生きる事に精一杯な状態では、誰も礼節などと言っていられない事は、戦国時代が証明している訳ですから。

 しかし、これまた皮肉なもので、衣食住足りた庶民は貴族の真似をして礼節を求めるようになる。自分を磨いたり、カッコよく見せたり、、、とまでは良いのですが、磨いた自分を見せびらかしたり、カッコよく見せるために他人を貶める訳ですよ。すなわち、礼儀がなっていない相手を嘲笑うこと。
 これが現在にも蔓延る礼儀の正体なのです。


 「礼繁き者は実心衰うるなり」と韓非子(だっけ?)が言っています。
 要するに、礼儀が礼儀が〜!って奴は他人を敬ってなんかいない、という事ですね。
 さて。食うに困ってる無職のワタクシが言うのもアレですが、現代の日本で衣食住に欠けている人はごく僅かです。
 始皇帝の時代に法治国家は早過ぎましたし、劉邦の法三章も早過ぎたのでしょう。
 これを礼に変えてみましょう。法治国家となった現在日本に、煩瑣なマナーは必要でしょうか。
 今こそ、劉邦の法三章をマナーに当てはめて
みる時ではありませんか?

 自分の意見を押し付けない。

 他人を傷つけない。

 他人に迷惑をかけない。


 あとは法律さえ守れば、必要なマナーはこの3つだけで充分なのではないでしょうか?

 作法を重んじても、その作法を知らない人が増えた現代では、守った方が奇異な目で見られかねない時代です。
 法も作法も時代に応じて変化するものですしね。


 で。中国史に全く関係ない話のオチなんですけどね。
 30年近く前の話になりますが、友人が学校筋からマナー教室に行かされまして。ええ。
 フランス料理のテーブルマナー講習だったらしいのですが、


 デザートに出てきたのが
 皮付きバナナで、


 それをどうやってフォーク・ナイフで食うかという講習を受けた模様。


 真っ白い皿にバナナが1本。


 そんな (´°Д°)」 バナナ


 悪いけど、

 マナーを重んじる高級フランス料理店のデザートが、


 皮付きバナナだったら
 その店の方が無礼だと思うわ。




 (´・Д・)」 中世かよ。




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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。