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人工知能と人間の知能は何が違うのか? コネクショニズムの検討

1. 人間の脳の活動はシミュレート可能か?

どーも、うぇいです。前の2つの記事では、人間の脳が神経細胞(ニューロン)のネットワークとして機能していることを見ました。そのネットワークは、自己組織化という現象によって、言い換えれば神経細胞が自発的に結び合わさることによって、構成されています。脳には可塑性という性質があり、その結合の強さは、変化していきます。つまり、脳は変化するのです。


さて、本記事では今までの知識を前提に、哲学的な問題を考えることにしましょう。考えたいのは、もし仮に人間の脳が神経細胞のネットワークだとするならば、人間の「心」はコンピュータで再現できるのではないか、という問題です。

ここで、コネクショニズムという立場を紹介しましょう。コネクショニズムは心とはニューラルネットワークだとする立場です。

コネクショニズムは、現在のAI(人工知能)にも生かされています。つまり、この問題を考えることは人間の知能とAIの差異を考えることになるのです。

本記事の内容は、以下のようになります。第2章では、コネクショニズムとは何かを解説します。第3章では、コネクショニズムの問題点を指摘します。第4章では、脳科学の発展が僕たちの「心」に対するイメージを変えてしまうのではないかという考えを紹介します。第5章では、結論を述べます。

2. コネクショニズムと人工ニューラルネットワーク

コネクショニズムは、脳をモデルとして心を捉える立場です。コネクショニズムによれば、心の状態とはニューロン群の興奮パターンであり、そのパターンを次のニューロン群へと伝達して変形していくことが心の働きに他なりません。

コネクショニズムは、ニューロン(神経細胞)を模した人工ニューラルネットワークから人間の思考に迫ろうとしています。本章では、まずコネクショニズムが依拠している人工ニューラルネットとは何かを紹介します。

無数の神経細胞(ニューロン)から構成された脳によって、様々な情報が処理され、人の行動は決定されます。脳の情報処理の仕組みを解明・応用することで、優れた情報処理システムを作成することを目的に進められてきたのがいわゆる人工ニューラルネットワークという学問なのです 。一般にニューラルネットワークという用語は、この人工ネットワークを指します。

神経細胞の動作を簡単な数理モデルにしたものが下図のニューロンモデルになります(黒柳、2003、4頁)。シナプスにおける結合の度合いを、結合の重みと呼び、変数wで表します。この細胞体の膜電位(電気信号)が閾値θを超えた場合に出力1を出すのです。

つまり、このモデルは入力xと重みwの積を入力信号の分だけ加算し、この値から閾値θを引いたものが正であるときに出力y=1を、負であるときに出力y=0を出すモデルなのです。これを数式に表すと下図の(1)式のようになります 。

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ニューロン単体の計算は、それほど複雑ではありません。けれどもニューロンモデルを複数組み合わせてネットワークを形成することで、様々な情報処理を実現しているのです。

3. コネクショニズムの問題

前章では、コネクショニズムが依拠する人工ニューラルネットについて見てきました。本章では、コネクショニズムの3つの問題点を指摘したいと思います。

3.1 脳は並列でえげつない量の情報処理をしている

人工ニューラルネットワーク研究により人間の心(意識、主観性)を解明できるのでしょう。現時点では、ほとんどできていません。ただカーツワイルが述べるように、いずれは実用可能なシミュレーションを構築できるかもしれません(カーツワイルはシンギュラリティいう語を有名にした人です) 。

ただコネクショニズムが、「ニューラルネットワークの基本原理こそが人間の行う情報処理の本質だ、という前提に立って人間の認知の仕組みを解明しようという立場」 なのであれば、人間の脳の次のような側面を見逃してはなりません。すなわち、人間の脳が並列分散処理を行っているであり、そして身体や外部環境からのフィードバックがあるという側面です。

まず、人間の脳の計算様式が並列分散処理(parallel distributed processing)であることについて検討しましょう。この計算様式はシナプス結合の大配置の中でパターンを次々と変形していくという計算様式 で、動物では標準的なものです。人の脳内にある1000億(10の11乗個)のニューロンがほとんど同時に働き、最大100兆回の計算が一斉に処理されるのです。

脳の機能は高度に分化・局在化されていますが、「異なる領域の間にも密接な結合があるから、各部位が独立に情報を処理しているのではなくて、全体が密に働く超並列コンピュータ」 と言えます。

脳は桁外れな量の情報処理を行っています。したがって、現在の認知科学の研究では人間の認知・行動の全体的な解明にまでは至っていません。また今後も困難な道のりであることが予想されているのです。

3.2 人間は身体を有する

次に、身体と脳の関係について見ていきましょう。なぜなら脳は身体の一部であり、身体の諸器官からの影響を受けるし影響を与えもするからです。

脳は、感覚系や神経系内分泌機能を介して全身と接続しています。つまり、脳と全身はユニットとして機能しているのです。諸器官から分泌されるホルモンによって、身体のバランスが保たれています。

最近では、腸内細菌が脳に対して影響を与えていることもわかってきている。腸内微生物多様性の低下が、神経発達障害(不安障害、自閉症など)や神経変性疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病など)を誘発するようです 。

このように、人間の認知を解明するために脳と身体の相互作用を見なければならないのです。

3.3 脳と外部環境

最後に、脳と外部環境の関係について見ていきましょう。

人間は動物なのですから、生存の目的とは単純に考えれば、より長く生き延び、そしてより多く子孫を残すことです(生存と繁殖)人間の認知はそれらの目的に適うように発達してきたというのが妥当でしょう。

つまり、生物は様々に変化する外部環境に曝されながらも、身体をある一定の状態に保つように自己組織化しているのです(下図は、石渡、2009、19頁参照) 。人工ニューラルネットワークには、生命を維持するための目的が欠けています。そもそも、生命活動をしていないから必要ありません。

自己組織化としての生物


身体と環境の相互作用が注目され、ロボット工学に生かす動きがみられます。「認知発達ロボティクスとは、従来、設計者が明示的にロボットの行動を規定してきたことに対し、環境との相互作用からロボットが自ら行動を学習し、それらを発達させていく過程に内包される抽象化、シンボル化を実現するためのロボット設計論」です(浅井、2012、35-36頁)。

つまり、設計者が行動の全てを決定するのではなく、ロボット自身が外部環境との関わりの中で自らの行動を変化できるように設計するのです。

まとめます。人間は動物なので生存を目的とするため、環境に適応しようとします。それに対し、人工ニューラルネットのみでは外部環境の変化への対応は見られないでしょう。それは前節でも指摘したように、身体性を有しないからでもあります。

4. コネクショニズムが与える衝撃

脳神経科学の進展によって、人間の行動の原因も神経科学の知見で説明されるようになるでしょう。それに伴って、素朴に感じられていた「心」というもののイメージが変容するかもしれません

ポール・チャーチランドは現在私たちが持っている自己概念や道徳、社会、科学の理解が、これからますます発展していくであろう認知理論によって書き換えられると予想しています。

認知理論による影響は、心身二元論よりもはるかに日常的な場面にも及ぶのです。影響が及ぶのは「われわれの現在の自己概念、つまり、信念、欲求、感情、それに理性の力を備え、自己意識を持った生き物という、われわれに共通の自画像の領域」(チャーチランド、1997、24-26頁)に他なりません 。

現在の社会制度や喜怒哀楽のような感情に対する枠組みは、脳を中心とする認知科学で示される成果と適合しないかもしれません。例えば、涙を流す人を見たら、脳の〇〇の部分の影響で泣いているんだなと思うようになるかもしれません。

そのような事態が予想されるから、私たちは科学的成果をどのように受容し、社会を対応させていくかということに思考をめぐらす必要があるのです

5. まとめ

だいぶ長くなってしまいました。本記事の内容をまとめれば、以下のようになります。

人間の認知をめぐる科学的研究が目覚ましい成果をあげています。その研究によって、人間の認知の中枢である脳は、約1000憶個もの神経細胞のネットワークとして形成されているのです。

そのネットワークは、生物として活動している間に自然と結びついたもの、つまり自己組織化したものなのでした。脳を構成する神経細胞のネットワークは、生存を目的にしています。

一方、コネクショニズムが依拠する人工ニューラルネットワークは、生命を維持するために組織されたものではありません。この点が、実際の脳のネットワークとの大きな違いと言えます。

もし仮に人間の脳をコンピュータで再現するのであれば、「身体性」「外部環境からのフィードバック」、そして何より「生命」というものの影響をどのように数理モデルにするのでしょうか。これが、僕からの疑問です。

これをもとに考えれば、人工知能(AI)と、人間の知能との差異も考えられますね。AIは情報処理には優れていますが、生命を有しないために、生存を目的とする人間の知能とは本質的に異なるものだと言わざるを得ないのです。


思考の材料

参考文献

浅田稔(2012)「認知発達ロボティクスによる脳と心の理解」、24-94頁

土井利忠・藤田雅博・下村秀樹編『脳・身体性・ロボット』、丸善出版

甘利俊一(2016)『脳・心・人工知能』、講談社ブルーバックス

石渡信一(2009)「自己組織化とは——生物」、19-21頁、国武豊喜監修『自己組織化ハンドブック』、エヌ・ティー・エス

大倉和博(2009)「機械学習」、830-831頁、国武豊喜監修『自己組織化ハンドブック』、エヌ・ティー・エス

カーツワイル(2016)『シンギュラリティは近い』井上健監訳、NHK出版

カールソン(2013)『第4版 カールソン神経科学テキスト』泰羅雅登・中村克樹監訳、丸善出版

黒柳奨(2003)「ニューラルネットワーク/コネクショニズムとは何か」、1-7頁、戸田山和久・服部裕幸・柴田正良・美濃正編『心の科学と哲学』、昭和堂

蔵元由紀(2009)「総説 自己組織化の科学に向けて」、5-7頁、国武豊喜監修『自己組織化ハンドブック』、エヌ・ティー・エス

合田裕紀子(2016)「ニューロンをつなぐ情報伝達」、93-125頁、理化学研究所 脳科学総合研究センター編『つながる脳科学』、講談社ブルーバックス

櫻井武(2018)『「こころ」はいかにして生まれるのか』、講談社ブルーバックス

髙玉圭樹「組織学習」、828-829頁、国武豊喜監修『自己組織化ハンドブック』、エヌ・ティー・エス

ダマシオ(2010)『デカルトの誤り』田中三彦訳、ちくま学芸文庫

チャーチランド(1998)『認知哲学』信原幸弘・宮島昭二訳、産業図書

都甲潔・江崎秀・林健司・上田哲男・西澤松彦(2009)『自己組織化とは何か 第2版』、講談社ブルーバックス

利根川進(2016)「記憶をつなげる脳」、17-57頁、理化学研究所 脳科学総合研究センター編『つながる脳科学』、講談社ブルーバックス

信原幸弘(2017)「コネクショニズム」、232-235頁、信原幸弘編『ワードマップ 心の哲学』、新曜社

ベアー・コノーズ・パラディ―ソ(2007)『神経科学:脳の探究』加藤宏司・後藤薫・藤井聡・山崎良彦監訳、西村書店

メイヤー(2018)『腸と脳』高橋洋訳、紀伊國屋書店


その他

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分析哲学、心の哲学の講義

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