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優しい嘘を聞かせて・someday it gonna be okay・ふたつの空洞

一人で抱え込む、とあなたは言う。あたしはあなたの抱え込んでいるそれが何か知らないけど、あなたの抱え込んでいるものがあたしでは無いことだけは、確実だったと思う。あたしは別に女が好きじゃないし、どうせそこらへんのコンビニで全てを済ませる良い加減なブスだし、えのきとエリンギの区別はつかない。あなたに出会ってしまったことは、あたしにとって決定的な間違いだったのだろうか。どうでも良いようなドラマのセリフが脳内を満たしていく。「あなたに出会わなければ…!」「なんで好きになってしまったのだろう」「私だけを見てよ」。こんなに薄っぺらいありきたりな喪失を抱え込むとは思わなかった。冷蔵庫からプリンを出す。賞味期限は見ていないけど、先週ぐらいに買ったやつなのだから大丈夫だ。多分。

あたしは(みんなの前では自分のことを「私(わたし)」と呼ぶから、ここでも私で良いのだけど、脳内ではいつも「あたし」なのだ、まあ私にしようか)、あなたが好きなやつのことを知らない。なんとなく断片的に知っていることといえば——いつも5月みたいな匂い(の香水)がして、手の形が抜群によくて、第一印象は深海に住むコヨーテらしいこと——ことぐらいだった。ルックスについての情報はいつも丹念に抜き取られていて、私はその「好きな人」をまるで出来損ないの阿弥陀如来像のようにしか想像することができない。私はあなたのその睫毛の長さだとか、日に当たると若干赤みを持つ髪の毛だとか、うなずくとき本当に真剣なその目、Twitterでいいねしている内容、SNSでつぶやく時間帯、そうした色んなことを知っているにもかかわらず。こっちを向いて欲しいと思いながら、いざこっちに目を向けられるとその目に込められた悲しみや喪失感にあてられて負けてしまう。どうしてそんなに平気な顔で自分に嘘をつけるのだろう。何もかも抱え込んで「普通だよ」とこぼしているあなたのその手が握るべきは、私である(べき・であってほしい・そう願うことしかできない)はずなのだけど、いつまで経ってもあなたは私の手を握ることはない。いつもその手は空白で、ときどき握られているカロリーメイトにすら嫉妬してしまう。プリンを食べ終えて、使い捨てのスプーンもろともゴミ箱に突っ込む。手持ち無沙汰になってしまったので適当にSNS上をサーフィンしながら、あなたの投稿がないことを(今日でおそらく17回目ぐらい)確認する。lineで話しかければ良いのだけど、それは本質的に「話しかける」ことではないのだし、遠慮を惨めなほど受けるだけだ。あなたからは思いやりを痛いほど感じる。思いやりで出来た船はこれ以上ないほど居心地がいいのだけど、そこには私しか乗っていない。船頭もオールもなく、いつまでも湧き出る水や食料があって、私はそこで一人虚しく自分を慰める。思いやりより傾倒を、中毒を、暴動を、激しい痛みと快楽を想像しながら湖面を静かに滑る。あなたと私しかいない惑星にゆけたとして、私は寂しくて死んでしまうだろう。凍え切った地表面で酸素を分け合いながら、私だけが「ああこの酸素はあなたからの間接キスだ」みたいな下らない少女漫画趣味の妄想をして最悪な哺乳類に成り下がる。あなたから与えられる優しさや思いやりは私を窒息させる。宇宙飛行士の占いによれば、乙女座の私は今日最高なのだけど——。むしろ、どうでもいい(名前も知らないそれなりにイケメンな友人だとか、残酷なほどのブスとか)人間とあなたが話しているところを見る方が、よほど満たされてしまう。あなたは優しいから、誰の1番にもなれないのだ。そのことを確認しながら、同時に私も、あなたにとっての1番ではないことを理解する。その口から生まれる気遣いが自然と誰も彼も緩やかに押しのけて、「この人は誰にでも優しいのだから、私はこの人と冥王星へはゆけない、彼は誰とでも気軽に月へ行ってしまう」と思わせる。それを軽く嘲笑しながら(この人の恋人はあたしなんだもん)、恋人という言葉の無様さに気付かなかったふりをして飲み込む。例えば鎖骨下にあるホクロを知っているのは私なのだけど。そんなふうにして、幾つもの反証や証明を思い出しながら、決してあなたからはその証明はもたらされないことなど——。

つい最近、あなたが「好きな人」と呼ぶそれのSNSアカウントを見つけた。ほとんど何も呟いていないのでそこから得られるものは無いに等しいけれど、私は一種の保護者になった気がした。「好きな人」=彼がどこで何をしようとも私はその断片を私自身の力で掴んだのだという意識が奇妙に分裂しながら、高揚感と罪悪感を生み出していく。幸いにDM送信はオープンになっていたので、最悪の場合は(最悪ってなんだろう)連絡を取ることはできるだろうと算段をつける。けれど本当に、あなたと私の間において、最悪なことって何なのだろう。いつだって最悪じゃないし、いつだって最高じゃない。一方で、いつだって普通ですらない。とりあえず、3、4週間前に呟かれた音楽番組のことについてのツイートをいいねする。最悪なこと。死ぬこと、消えること、いなくなること。けれどあなたが本質的に私のそばにいたことなんて、あるだろうか。電車の中であなたの頭が私の肩にもたれかかったこととか、そんなことはあるのだけど、あなたが私の腕を引き寄せてくれたことなど、あるだろうか。そうやって幾つも過去に与えられたあなたの思いやりを探し当てて、勝手に悲しくなる。過去に優しさなどいらないのに。いまここで、あなたの皮膚が欲しい。きっと誰とも触れ合ったことのない唇を思い出して、私は彗星を夢の中で追いかける。


彼の目には困ってしまう。つかみどころのない優しさをずっと感じつつ、同情することも寄り添うことも許さない確執に似た孤独がある。時折ひどく小さく見える肩に手を置くことすら躊躇われ、結局手を引っ込めて心配とも同情とも思いやりともつかない適当なその場凌ぎの言葉を投げかけることになる。僕は自分の存在について、諦めを持っているし、それ以上のことを望むことはない。けれど、彼が「君に合わせたい」というとき、本当に困ってしまうのだった。SNS上の適当な裏アカで交わしてきた陳腐な恋愛ごっこで何となく知った気になっていたけれど、望んできた関係が目の前にもたらされてしまえば僕は自分の不甲斐なさや非力さを思い知るだけで、何も彼を慰めることも満たすことも癒すこともできないのだ。けれどこうも考えてみよう、彼を完璧に喜ばせることができるのはこの世に存在しないと。我々は仮初のそれらしいことを演じ、振る舞い、仮面を幾重にも装って美辞麗句を重ねるしかないのだと。それが彼という人生に課された運命であり、我々はその運命の織りなす波濤を甘んじて受け入れるしかない。彼はひとりでその傷を海水に晒しながら痛みに耐えている。他人に非力さを思い知らせる天才だと思う。笑ってしまう。そんなにしてまで、生きねばならないのだろうか。けれど僕は君のその皮膚に触れたいと願うことや、痛みを知りたいと思うことを知った。その手に触れられない事実によって自分の内側にある奥深い悲しみや人を愛することの痛みを知った。いつも思い知らされる。本当に、いつも。彼が寝ているその場所へ近寄って、静かに上下する胸や確実な生の熱を感じながら香水によって装飾されていない匂いを感じるとき、それだけで僕は満ち足りてしまう。たったそれだけのことで、けれど、それほどのことをも誰にも許さないその気高い孤独ゆえに。気高い孤独。孤独という言葉が似合う人は残酷だ。そこに踏み入ることで、あなたという存在を汚してしまわないかと畏怖してしまう。それがあなたの孤独をいよいよ高め何人も立ち入れぬサンクチュアリを形成する。

窓を開け放して、冬も近いつとめての空気を肺に取り込む。牛乳を温めてインスタントココアの粉末を混ぜ込む。ココアの粉の塊ができないように丹念にかき混ぜながら椅子に座る。朝早くの冷気を吸収した木製の椅子は驚くほど硬質で、軽い痛みさえ覚える。北窓から薄い光が流れ込み、物同士の輪郭を緩やかに明らかにしていく。あの境界線が曖昧な状態で眠り込んでいるときの幸福感をいつまでも味わっていたいのに、言葉や光や現実が一瞬のうちにいろんなものをいろんな形に仕上げていく。ココアから上る湯気に頰を湿らせながら喉に液体を流し込む。絞ったボリュームで流れるニュースが今日の曜日を知らせる。あなたという存在はいわば不可視の曖昧さに近い。僕はその不確かさに泣きながら、あなたという場所を必死に探り当てようとしている。どこにいるのだろう。その手に、肩に、触れさせて欲しい。ひとことで良いから、好意を確かめたい。霧に塗り込められた草原のなかを走り回る早馬を、彼の恋人は持っているのだろうか。僕が知っていることといえば、歯磨き粉がなくなっても2週間ぐらいは平気なことだとか、いつも一袋98円のパン詰め合わせで過ごしていることなどだった。髪が長いのか短いのかさえ知らないまま、適当な代名詞「恋人」をつけている。まだ2割ほど残っているココアを文庫本の隣に置いて、スマホの通知を確認する。どうでもいいクーポンや2度と訪れることのないだろう店のDMを消去しながら、Twitterでのいいねが来ていることを確かめた。


あなたがちょっとした一人旅に行くという。いわゆる「好きな人」にも連絡はしていないと言っていたけれど、本当のところはどうなのだろう。どちらにせよあたしは不愉快であることに変わりはないし、同時に妙に冷えた脳で明確に納得もしている。本質的に、「誰かといる」ような人ではないのだ。この数ヶ月そのことをまざまざと思い知っているし、精一杯の笑顔と思いやりでそれを許してきた。いつも清潔なくるぶし、骨張った手首、それは孤独があるからこそ美しいのだから、悔しいけれど。あたしはどうしよう。青梅街道で叫んで狂乱の女になろうか。このまま出てこれないんじゃないかと思うぐらい深い大江戸線のホームで焼身自殺でもしようか。ヒトが焼けるとき放つ饐えた匂いで東京の地下がいっぱいになればいい。いろんなカタストロフを考えながら、平凡極まりない海岸線が脳裏に映る。少し感動した。あたしという残念な女にも「ヴェニスに死す」のワンシーンを思い出したりするような回路が残っていることに。けれどこの狭い島国ではせいぜいがスルメを齧りながらゴミの漂着した汚い九十九里浜をさすらうだけなのだろう。あたしにはそれがお似合いかもしれない。頭にワカメを載せたりして、素っ頓狂な声を出してあなたを困らせることぐらいしか、私にはできない。私はあなたを癒すことはできないと分かり切っているし、守ることは愚か、そばにいることもできない。孤独を少しでもアホによって崩そうとする努力を払うその献身性があたしの義務だ。そういえばあなたのTwitterアカウントのフォロワーが一人増えていた。本当に情けなくなる。そんな数字の羅列を覚えてどうしようというのだろう。悲しくなりながら、適当に散らかったシャツとか下着とか充電器とかをとりあえず詰め込んで、マスクをして飛び出した。この流行症は気軽でいい。私の惨めな存在を晒さずに済むから。

日本海側で、と(久しぶりに人前で喋るので、声が裏返ってしまった)みどりの窓口係員に伝える。すごく分かりやすい。助かる。困惑。「はあ?」と返されながら、とにかく日本海側の海を見たいと伝える。2、3万円はあるから、適当にそれで往復させて欲しいと。新潟あたりならありますよ、というのでそれで乗車券を買う。宿泊など大丈夫ですか? と余計な心配をされながら、「日本語が通じればどうにかなります」と答えて、電車に乗り込む。ここのところ急に冷え込んできたので、ユニクロで買った「超軽量ダウン」が役に立ちそうだと思う。流れていく景色を見ながらあなたも旅をしていることを考える。あなたはきっと大丈夫だろう。きっと、というより確信に近い。皮肉なことに。いつだって大丈夫なのだし、あなたが私に助けを求めることなんてないのだから。小さく溜息を吐いて、イヤホンで鬼束ちひろの曲を聴く。

優しいものは とても恐いから
泣いてしまう 貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで
どうか私とワルツを

あとどれだけ歩けるのだろう
きっと貴方は世界の果てへでも
行くと言うのだろう
全ての温度を振り払いながら

悲鳴を上げて 名前を呼んで
一度だけでも それが最後でも
誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで
そして私とワルツを

あたしはどれだけ頑張ったって、女を好きな女にはなれない。あなたがそういう、普通じゃないことは分かっている。無論、そうしたややこしい恋愛観が分かったところで問題は何も解決しやしない。根本的にあなたに欠落したリズムを回復させることができる人がいるのなら、男だろうが女だろうがトカゲだろうがナメクジだろうが構わない。洗練されきってしまった視線に揺らぎを与え、逡巡や、思いやりのない純粋な痛々しい愛を与えてくれるのなら。けれど、思う。そんなあなたは空虚なマリオネットのようなものだろうと。ここにいつも辿り着いてしまう。あの孤独を私も抱え込むしかないのだ。イカロスには共に飛んでくれるアホはいなかったはずだ。あたしはイカロスの隣で珍妙なワルツを踊るアホになってやる。太陽の熱波に撃たれ、鋼のような海面に身体を打ち付けるような共同墜落だっていい。来なくていいよ、と囁くその声をこれ以上ないほど鮮明に想像できる。元素周期表に書いてあるような優しさに泣いてしまう。空いていてよかった。平日の新幹線の車内にあたしの啜り泣きが響く。あなたから痛みを与えて欲しい。痛みで立ち直れないようにしてほしい。それでもあなたは前を向くのだろうけど、あたしは多分無理だ。そうやって完璧に、これ以上ないほど、あなたに私は釣り合わないと言ってほしい。ドイツ語だかフランス語だか知らないけど、あなたには別の場所がある。あたしには、下らない日本語とメンヘラかぶれのしょうもない精神だけがある。きっとこの経済圏の最下層で必死に同情を買いながら生きながらえるのだ。そんなあたしの健やかな成長を喜ぶ祖父の優しさを思い出したり、あなたの清潔な思いやりや、月面の寂しさや、あたしを形式上であれ気にかけてくれる人たちを思い出して、嗚咽する。もう鼻から呼吸なんかできなくて、必死に口から酸素を吸い込んで目から体液を溢して体を震わせている。隣も後ろもいない座席たちに囲まれて、涙や鼻水によってぐずぐずになったマスクを外す。あなたに再び会ったとき、どうしようもなく笑顔になってしまうあたしの完璧な惨めさ。ペットみたいだと思う。どんなに辛くても声だけバカみたいに明るくて、サーティーワンのアイスみたいな服を破り捨てたくなる。あたしだって、セオリーとかジルサンダーとかプラダが似合う女になりたかった。なんだよMCMなんか。ジルスチュアートとかふざけんなよ。昨日食べたサラダチキンかスムージーか知らないけど、それによって生成されたに違いない涙が手のひらをどんどん濡らして、あたしを最悪な蛋白質にしていく。そうやって新潟に着いた。

バスに乗って、海の近くまで行く。秋から冬へ移り変わろうとしている町は灰色に澱んで、あらゆるものの彩度を落としていた。バスの中でTwitterをいつものように確認する。フォロワー数は変わらない。なんかよくわからない政治的投稿をいいねしている。あたしへの見せ付けだろうか。そんなわけないか。例の彼へのいいねはそれ以降あまり反応がない。いっそのことDMしようかと思う。最悪な展開になったら新潟の海で死ねばいい。とりあえずDMを送る。ほんの少しの期待——「好きな人」さえも、彼によって苦しめられていることや、このDMをきっかけに崩壊しやしないかという——を含みつつ、しばらくスマホを弄んでいた。軽く振動があって、DMへの返信があったことを認める。あたしの反応は至って冷静で(こうなることはどこかでずっと予想できていたような気さえして)、確かに彼の「好きな人」であることを確認した。

——いま彼と一緒にいますか?

——いえ、僕は特に何も。

——旅行のことって聞いてました?

——全くですね。

——彼のこと何か知ってます? 何したいのかとか…

——僕も知りたいくらいです。笑


彼の恋人(であるはず)の女性からの連絡で、結局、彼は彼であるのだなと一種の安堵を覚えた。つまるところ、僕たちは何も知らない。お互いに奇妙な安堵を覚えつつ、彼の残していったペンの凹凸をなぞる。いつも何かに追われながら生きている彼の筆跡たちに紛れている逡巡、後悔を丁寧に思い出してみる。彼のなしている後悔の形はとても綺麗な球形をしている。覚悟と後悔と幾つもの訣別と。同時に残していったシルバーの指輪を自分の指にはめてみる。どこかに息抜きにいっているのだろう彼との最後の会話や邂逅がこれなのだとしたら、ひどく滑稽だ。湖面はひどく静かで、周りの観光客は「いい景色ですね」などとのたまうのだけど、その湖面はただの人工ダムなのだ。それまで続いていた思惟が引き千切られるようにして終焉を迎え、僕だけがひとり虚しく指輪の曲面を撫でることになる。それでもいいのだけど(むしろ幸福かもしれなくて、なぜなら僕から告げなければならない最後の言葉を道端に落としたようなものだから。彼は優しいから、僕から告げなければいつまでも引き伸ばした薄い希望のスープを飲まされることになる)。ダムの奥底に沈んだ街並みよ、かつての愛の痕跡よ。もしも一つだけ、最後に何かを強要できるのだとすれば、僕の使っている香水をあげるから、必ず使ってほしい。様々なものが抜け落ちた彼の人生の中で、他人が関わった痕跡を密室殺人事件のようにして密やかに残すことができるとすれば、そうした形がいい。ひとりで全て決めてきたのだろうその表象に、一つでも関わりたい。君と会うときにしか付けていない香水がベッド脇に眠っている。記憶から何かが思い出されるとき、その輪郭はみなみな美しい。僕の姿もまた、その記憶の中である翼を持ち預言者となってほしい。曇天の中を飛翔し、愛の生まれない二人のために性別を奪い、二つの人形にしていく職業天使として。表象を奪われた皮膚は空洞になり、凍てついた空で瞬く星たちの泣き声をいつまでも反射させている。等しく思いやりを分け与える君の空洞よ、誰の特別にもなれない君の不幸さよ、惑星たちの軌道よ。僕がいつまでも君の衛星でしかないのならば、その大気圏で燃え尽きて死にたい。何かを憐れむことで釣り合いを持たせようとする僕は、本当に哀れだけれど、君もまた、これ以上ないほど哀れな存在だと思う。


忌々しいほど何もない海沿いで、テトラポットの上を歩く。もう涙なんか枯れ果てて、手も足も冷え切っている。あたしとあなたの間にはあの部屋とTwitterしかない。なんて滑稽なんだろう。何かを得る代わりに何かを失うというけれど、あたしはファミリーレストランの食品サンプルの棚でずっと自分を切り刻んでいる。パクチーとかパセリとか変に浮き足立った名前の草を自分に振りかけるようにして悲劇の狂乱女を演じて、勝手に絶頂に達している。濁りきった空の色が海の色をほとんど灰色にさせていて、ほとんど衝動的にそこに唾を吐きたくなる。(続く)

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