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ヤードポンドスレイヤー メートル原器の魔剣

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2021/12/30
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 かつて世界の9割を支配したヤードポンド帝国は、滅亡して数千年経た今もなおその力を示していた。
 ヤードポンドモンスター。帝国によって作られた機械仕掛けの魔物に人々は脅かされていた。
 ヤードポンドモンスターの討伐を生業とするハンター。その一人であるラムダ・クリプトンはマシンスコーピオンと対峙していた。

 大型犬ほどはある機械のサソリは、尻尾の先からニードル弾を発射した。
 尻尾の向きから瞬時に相手の狙いを見切ったラムダは剣で弾き飛ばす。
 ラムダは一気に踏み込んで間合いを詰める。
 マシンスコーピオンは腕のハサミで攻撃してきた。捕まれば防具ごと体を上下に両断されるだろう。
 ラムダは素早く刺突を繰り出した。脆弱な可動部が破壊され、ハサミが開きっぱなしになる。

 マシンスコーピオンがもう片方のハサミを繰り出してくる。ラムダはさらに踏み込んでマシンスコーピオンの背中に乗り、ニードル弾を放つ尻尾を切り落とす。
 外装の隙間を狙った一撃。これができるものはそうそういない。
 機械ゆえに痛みはないはずだが、マシンスコーピオンは苦しむように暴れて背中のラムダを振り落とす。
 着地したラムダはいったん間合いを取る。
 敵はもはやハサミ一本しかない。再び間合いを詰めて動力部を破壊すれば……
 その時、電撃の槍が横合いから突き刺ささってマシンスコーピオンが爆散する。

「雑魚相手にチンタラやってんじゃねえよクズ!」

 罵声を浴びせるのはパーティーリーダーのライデンだ。
 彼が放ったのは〈電撃の魔法:ジャベリンの型〉だ。威力としては上の下ほどで、マシンスコーピオン“程度”に使うにはいささか威力が過剰だ。

「てめえがモタモタしてる間に俺たちはもう片付けたぞ」

 気がつけば大量のマシンスコーピオンの残骸が散らばっていた。
 ラムダたちは20体近くもあるマシンスコーピオンの群れの討伐依頼を請け負っていた。
 ラムダが1体倒そうとしている間に、仲間たちは他の敵を全滅させていた。
 ラムダが属するパーティーには〈電撃の魔法〉が使えるライデンを筆頭に、〈炎の魔法〉のスカーレット、〈衝撃の魔法〉のアルトがいる。

 彼らは強力な攻撃用の魔法を使えるので、この程度の討伐任務は朝飯前だろう。
 パーティーの中でラムダだけが攻撃用の魔法が使えなかった。
 ラムダが使える魔法は〈測量の魔法〉。利便性の高い魔法だが、戦闘の役には立たない。唯一、剣の腕だけはパーティーで一番だがそれになんの価値も無いのは、おびただしいマシンスコーピオンの残骸が証明している。

「ったく、毎度のことながらお前の無能っぷりのはイライラする」

 ライデンの罵声を浴びながら、ラムダは仲間たちの顔を見る。
 いや、もしかするともう仲間ではないかも知れない。侮蔑と嘲笑と嫌悪の混ざった顔がそこにあった。
 いい加減、そろそろかも知れない。そう思った翌日、その通りになった。

「てめーはクビだ」

 人気のない場所に呼び出されたラムダはそれを宣告された。予想していただけに心に衝撃はなかった。

「とにかくてめーは無能だ。使える魔法と言ったら、〈測量の魔法〉くらいで虫けら1匹殺す役にも断たねえ」

 仲間たち……いや”元”仲間たちは出会ったばかりの頃は気のいい連中だった。訓練生時代、一緒に大物になろうと励ましあって過酷な訓練に耐えたものだ。
 それが”いつ”変わったのかと言えば、やはり魔法習得の儀式からだろう。

 その儀式によってハンターは一つ魔法を授かる。ライデンたちは強力な攻撃用の魔法を手に入れたが、ラムダは違った。
 その時は”まだ仲間”だったので、ライデンたちは「気にすることはない。一瞬で地図を書けるのは便利だ」と励ましてくれた。

「その上、スカウトだのヒーラーだの役に立たずを入れろとうるさく言ってきて俺を苛立たせる。もう限界だ」

 しかし、強力な魔法を使える様になった影響だろうか。彼らの心は徐々に変わっていき、今や重度の攻撃偏重主義に陥っていた。
 罠は間抜けが引っかるものだからそれを見つけるスカウトなどいらない。怪我をしてヒーラーが必要になるのはそいつが無能だからだ。そんな風にラムダの忠告を聞き入れなかった。

「俺の代わりにどんなやつが入るんだ?」

 ギルドの規定ではパーティーは4人から6人でなければ活動を認められない。このパーティーからラムダが抜ければ補充要員が必要となる。

「なんでてめーにわざわざそんなことを言わなきゃならねえ。ま、少なくとも有能なのは確かだよ」
「そいつも地図が書けるのか?」
「はあ? 何言ってやがる。地図なんて誰でも書けるだろ」

 ラムダが予想した通りの言葉をライデンは返してきた。

「そうか。じゃあこれでお別れだな。今まで世話になった」
「まてよ」

 立ち去ろうとするラムダをライデンたちが取り囲む。
 こんな雰囲気を前に経験したことがある。盗賊に囲まれた時と似ていた。

「装備と金を全部おいてけ。今まで俺たちの足を引っ張った迷惑料だ。服だけは勘弁してやるよ」

 勝ち目はないと判断する。剣の腕に限ればラムダはライデンたちを超えるが、魔法を使われたら手も足も出ない。

「わかったよ」

 ため息とともにラムダは言われたとおりにした。

「もう二度とその面みせんな!」

 ライデンの罵声と元仲間たちの嘲笑を背中に受けながらラムダはその場を立ち去った。
 そのままギルドへと向かう。無一文となってしまったから、とにかく今日一日を凌ぐだけの金を稼がなければならない。

「あら、ラムダさん。今日はお休みですか?」

 ギルドの受付嬢アンナがのんきな事を言う。とはいえラムダの格好を見ればそう思うのが普通だ。

「いや、パーティーをクビになって装備も金も全部没収された」
「なんてことを」

 アンナは心からラムダに同情する。

「この件はしっかり上に報告します」
「頼む。それと何か仕事はないか? 何でも良い、とにかく金が必要だ」
「不幸中の幸いといいますか、ラムダさんにぴったりの仕事がありますよ。街の近くにある帝国の遺跡の再調査です」

 帝国の遺跡には現代の技術では製造できない優れた遺物が眠っている。ゆえに遺物回収のためにハンターが派遣されるのはよくあることだ。

「あそこは帝国の遺物が取り尽くされたと聞いているが?」
「ええ。なので新人の訓練施設として再利用する計画が上がっているのですよ。で、工事のためにも詳細な地図が必要でして」

 なるほど確かに自分にうってつけだとラムダは納得する。
 しかし一つ問題があった。

「だが俺はメートル法の民の出だ。魔法でやるとどうしても地図に書かれる数字がメートル表記になる」

 この世界ではヤードポンド法が主流だが、ラムダはメートル法で生きる少数民族の出身だ。そのせいか、どうしても地図がメートル法になってしまう。

「図そのものは正確なんですから、数字なんて後から書き換えればいいですよ」
「わかった。そういうことなら、ぜひ受けさせてくれ」
「このあたりでヤードポンドモンスターは出ませんけど、注意してくださいね」
「ああ、わかってる。それじゃあ行ってくるよ」
「お気をつけて!」

 遺跡は本当に街のすぐ近くで3時間も歩けば到着した。
 入り口に立つラムダは早速、〈測量の魔法:製図の型〉を発動させる。彼が羊皮紙に手をかざすと、ひとりでに地図が書き込まれていく。
 図の横には通路の幅や長さを示す数値も記される。ヤードポンド法では切りの良い数字で設計されているために、メートル法表記ではかなり中途半端な数字になる。
 それをラムダは斜線で消して、ヤードポンド法に変換して追記する。

 メートル法をヤードポンド法に置き換えるのは日常的にやっていることだが、ラムダはこの作業がいつまでも慣れなかった。
 やり方がちがうというだけで、メートル法とヤードポンド法に優劣や良し悪しは無いと分かってる。
 分かっているが、自分の中のメートル法をヤードポンド法に変えるたび、自らの魂を否定されるような苦痛を感じてしまう。

 数値の書き換えは終わったが、まだ仕事は残っている。魔法で作った地図と実際の構造にズレがないか確認するのだ。
 一通り内部を回ってみると地図上では部屋があるはずなのに、実際にはそこへ入るための扉が見つからない。
 隠し通路。ハンター特有の探究心でラムダの鼓動が早まる。

 調べてみると、目立たないところにスイッチがあった。それを押すと、重い音を立てながら壁の一部が開いて隠し部屋が姿を見せる。
 隠し部屋の中には少女が眠っていた。
 いや、少女ではない。生身の人間と見間違えるほど精巧に作られた機械仕掛けの人形だ。
 人形は剣をひしと抱きしめている。
 ラムダが人形の顔を覗き込んだ時、ぱちりと目が開いた。

「うお!?」

 まさか目覚めると思わなかったラムダは、驚きで声を上げながら後ずさる。
 人形はそのまま起き上がり、ラムダをじっと見る。

「あなたはメートル法の民ですね」

 鈴を転がすような声が人形から発せられる。

「たしかにそうだが、どうして分かった?」
「あなたの中からメートル法遺伝子を検知しました」

 よくわからないが彼女はメートル法の民を見分けられるらしい。

「剣を使った戦いの経験はありますか」
「あ、ああ」

 呆気に取られていたラムダは反射的に答える。

「では帝国の勢力圏から脱出するまでの間、あなたを一時的にヤードポンドスレイヤーに任命します」
「いや、待ってくれ。君は何者なんだ?」
「私はサイドアーム。ヤードポンドスレイヤーの支援を目的に作られたアンドロイドです」
「そのヤードポンドスレイヤーってのはなんだ?」

 どうやら自分は何らかの役割を任命されたようだが、どのような役目があるのかラムダはわからない。

「ヤードポンドスレイヤーはこの〈メートル原器の魔剣〉で帝国と戦うメートル共和国の戦士です」

 サイドアームは先ほどまで抱き締めていた剣をラムダに差し出す。
 ラムダはその剣を手に取り、鞘から引き抜く。眺めていると違和感があった、この国で一般的な剣の長さとは違う
 気になったラムダは〈測量の魔法〉で剣の長さを図る。

「ああ!」

 すると驚くべきことに、この剣は刃の先端から柄頭までの長さが完璧な1メートルだったのだ!
 メートル法の精神をそのまま形にしたかのようなそれは、ラムダは奇妙な愛着を持ち始めた。
 15歳に故郷を出て2年。なれないヤードポンド生活に苦しみ続けたラムダにとって、この剣からメートル法が母親のごとく抱きしめてくれるような暖かさを感じた。

「ラムダ、早くここから脱出しましょう。ここは帝国の基地です。いつ敵兵が来るか分かりません」
「いや大丈夫だ。なぜなら帝国はとっくの昔に滅んでいるからな」
「説明を願います」

 ラムダは現代の状況について簡単に説明した。

「そうですか。その様子ですと、共和国も帝国と同様に滅んだようですね。しかし、小国だったとは言え、まさか歴史から完全に忘れ去られるなんて」

 サイドアームはどことなく悲しそうだった。

「だが、メートル法の民は今も生きてる」
「なら彼らのところまで案内してもらっても良いですか? 今の私にとっては彼らと共に過ごすのが唯一の存在意義です」
「いいぞ。ちょうど故郷に帰ろうかと思っていたところだ。ヤードポンド法の世界で暮らすのはもう疲れた」

 サイドアームというメートル法の同胞と出会ったためだろうか。ラムダの中にある望郷の念は大きくなっていた。
 魔法で作成した地図に問題点はない。あとは街に戻って報告し、報酬を貰うだけだ。
 どうにか野宿だけは避けられると安堵しながら遺跡を出ると、人影が見えた。
 いや、人の影ではなかった。

「ターミネーター!」

 それはマントを羽織った人型ヤードポンドモンスターだ。機械故に力は強く、それでいて素早い。外装は信じられないほど頑丈で、マントは魔法を弾く繊維で織られている。
 ターミネーターが手の甲から5インチの刃を出した。

「君は下がっていろ!」

 サイドアームが慎重に離れるのを見つつ、ラムダは魔剣を抜く。
 ハンター殺しの異名を持つターミネーターにラムダは絶対勝てない。しかし、何も考えず背を向けて走り出すはかえって危険だ。どうにかして逃げるためのチャンスを作らなければならない。
 最悪の場合、命と引き換えにしてでもサイドアームを逃したい。

「大丈夫ですラムダ。その魔剣がある限り、あなたはあの程度の敵には負けません」

 力強く確信のこもったサイドアームの言葉にラムダは不思議と勇気を得る。
 ターミネーターの体がかすかに沈むのを見たラムダは本能的に回避行動を取った。
 直後、一瞬でターミネーターが間合いを詰めて刃を振るう。ほんの少し避けるのが遅かったなら、首を刎ねられただろう。
 ラムダは苦し紛れにターミネーターの膝を狙って剣を振るう。ダメージなど与えられないが、体勢を崩す程度はできるはずだ。
 しかし、ラムダが放った攻撃は本人すら思いもよらぬ結果を出す。
 ターミネーターの足が何の抵抗もなくすっぱりと切断されたのだ。

「なに!?」

 自分がやったことに思わず声を上げてしまう。
 ターミネーターは片足で立ち上がり、一旦間合いを取った。
 敵が再び襲いかかる、片足ゆえに初撃と比べて突進力が落ちている。
 ラムダはすれ違いざま、冷静にターミネーターの首へ剣を叩きつける。
 手応えはない。
 なぜなら、手応えを感じぬほど滑らかにターミネーターの首が刎ね飛ばされたからだ。

「これが〈メートル原基の魔剣〉の力です。それはヤードポンド法の意思が宿る全てを倒します」

 ヤードポンドスレイヤー。ラムダは自分が任命されたそれの意味を理解した。

「ラムダ、あなたは防具を所持していません。ちょうど素材があるのでこの場で作っておきましょう」

 サイドアームは首を失ったターミネーターを見ながら言う。

「倒したヤードポンドモンスターを素材に武器や防具を作るのはよくあるが、お前は職人なのか?」
「私には多数の魔法プログラムが導入されています。その中で〈工作の魔法〉を使って装備を作成します。とはいえ私は人間ではないので、ラムダから魔力を補充してもらう必要があります」
「わかった」

 防具が手に入るのはありがたい。ラムダは魔力の提供を快諾した。

「私の手に触れてください。そうすれば魔力が補充できます。」

 ラムダはサイドアームの手に触れる。陶磁器のように白くて美しい手。その感触は限りなく人体に近いが、どこか違う。
 魔力供給の後、サイドアームが両手をかざすとターミネーターが分解され、別の形へと加工される。
 わずか数分後に出来上がったのは、外装を利用した鎧だった。
 早速身につけてみると、これまで使ったどんな防具よりも軽く、ほとんど重さを感じなかった。

「どうです?」
「最高だ。ありがとう」

 会心の仕事をした職人のようにサイドアームが微かに微笑んだ。
 それから街へ戻ったラムダたちはギルドに報告して報酬を得た。さらには防具を作るのに余ったターミーネーターの部品を売り払って、当初の予想以上の金を得た。
 帰郷の旅はそれなりに余裕を持てるだろう。少なくとも道中に立ち寄った街で宿を取れずに野宿する心配はない。
 こうしてラムダとサイドアームはメートル法の民が暮らす里へと向かった。
 街道を歩いてる時、ふとサイドアームがラムダの事を教えてほしいと言ってきた。

「ラムダ、今はあなたが私のヤードポンドスレイヤーです。十全な支援をするためにも、私はあなたを知る義務があります」

 自分語りをする趣味はないラムダだったが、サイドアームがあまりに真剣な顔だったので、ある種の礼儀として語り出した。
 当時のラムダはうぬぼれていた。なまじ才能に恵まれ、里一番の剣士になれてしまったために、自分はハンターとして華々しく活躍するのだと夢見ていた。
 だがその夢に両親は反対した。
 ヤードポンド法が支配する外の世界は辛く過酷だ。剣の腕を活かしたいのなら、ハンターでなくとも里の自警団でもよいではないか。
 その両親の言葉を当時のラムダはなんと夢がなくつまらないものと軽蔑していた。

 武の才能があるならハンターで活かすのが最もふさわしいではないか。それが正しいと未熟なラムダは信じていた。
 メートル法の民である自分がそと世界で生きるのがなんと難しいことか。
 その上、戦いで剣の腕なの全くの無意味だった。魔法だ。全ては魔法の力がものをいう。
 そういった現実を思い知ったラムダは、両親の言葉こそが正しかったと今は理解している。

「というわけさ。俺は大した価値もない人間さ。サイドアームの方はどうなんだ? どうしてあの遺跡に?」
「帝国との戦いに敗北して鹵獲されたのです。状況を考えると、あなたの前に私のヤードポンドスレイヤーだった人は戦死しているでしょう」
「……」

 サイドアームはパートナーを失っていた。こういう時にふさわしい言葉がラムダはわからなかった。
 その時、街道の先で悲鳴が聞こえた。
 ラムダは迷わず駆け出す。
 しばらくすると横転した乗合馬車が見えた。
 その周囲を数体のヤードポンドモンスターが取り囲んでいる。つや消し加工された外装を持つそれは四足獣型の一種、ブラックドックだ。
 馬車の中に何人いるかは分からない。だが赤ん坊の泣き声は聞こえてきた。
 一刻も早く助けなければ。

「俺が相手だ! かかってこい!」

 ラムダは大声を上げながら石を投げて注意を自分に向ける。
 ブラックドックたちは一斉にラムダを見て彼に狙いを変えた。
 このヤードポンドモンスターの恐ろしさは敏捷性だ。対応しきれず懐に飛び込まれて、チタン製の牙や爪に倒れたハンターは多い。

 ハンターが戦いで求められるのは、まず敵の動きを良く見て覚える事だ。ヤードポンドモンスターは機械仕掛けゆえに決まった行動しか取らない。
 ラムダは過去にブラックドックと戦ったことがある。戦闘向きの魔法が使えないラムダにとって経験は数少ない命綱だ。

 ブラックドックが飛びかかるのに合わせてラムダは後ろへ飛ぶ。タイミングは完璧だった。敵は見事に攻撃を空振りし、一瞬だが致命的硬直を見せる。
 あとは魔剣を振るうだけでよかった。ヤードポンド法を打ち砕く超常の力が黒い鋼の猟犬を一撃で倒す。
 残りのブラックドックが二体同時で左右から攻撃してきた。
 ラムダはあえて腕を左からきたブラックドックに噛み付かせた。だが防具のおかげで無傷。
 同時に右からのブラックドックは口を開けた瞬間に、そこめがけて魔剣で串刺しにする。
 唐突にラムダは後ろ蹴りを放った。
 靴底から手応えが返ってくる。後ろから襲いかかってきたブラックドックを迎撃したのだ。

「うおりゃ!」

 振り向きながら未だ左腕に噛みついたままのブラックドックを後ろにいる奴に叩きつける。
 そして腕に噛み付くブラックドックの首を刎ね、起きあがろうとする最後の1体にトドメを刺した。
 瞬く間に4体ものヤードポンドモンスターを倒したラムダは、自らの成果に僅かな驚きを得ていた。

「お見事です。ラムダ」
「運が良かっただけさ」

 これも防具と魔剣のおかげだ。サイドアームと出会う前の自分なら1体倒すのが限度で、あとは惨たらしく噛み殺されただろう。

「それとブラックドックですか。これはちょうどよいですね。これらの部品を使って新しい装備を作りましょう」

 サイドアームが工作の魔法を使うと、ラムダの体にぴったりと張り付くようなスーツが装着された。

「ブラックドックの人工筋肉を使用したスーツです。あなたの第二の筋肉として運動能力を補助してくれるでしょう」

 ラムダはさらに力を得た。

(頼むから油断するなよ、俺)

 ラムダは明日の自分に向けて忠告する。力というのは、その強さに比例して慢心した時の報いも大きくなるものだ。
 その後は乗合馬車の乗客を近くの街まで護衛した。

「ありがとうございます」
「このご恩は一生忘れません」

 乗客たちはみなラムダに感謝した。

「ラムダ、一つ質問してもよいですか?」
「どうした、サイドアーム」
「彼らは皆ヤードポンド法に生きる人々であり、あなたの同胞ではありません。助ける義理はないのでは?」
「あの人達は敵でもなんでも無い。助けるのは当然だ」

 ラムダはサイドアームがなぜこんな質問をしたのだろうかと考えた。
 彼女は帝国と戦うために産まれた人型の兵器だ。やはりヤードポンド法に生きる人々を助けるのに反対なのだろうか?

「素晴らしい」

 彼女の言葉は意外なものだった。

「ヤードポンドスレイヤーは見境の無い殺戮者であってはなりません。殺意を向けるのは敵のみで有るべきです。そして敵でないのであれば、たとえヤードポンド法の民でも手を指しのべるべきでしょう。先代のヤードポンドスレイヤーはそう考えていました」

 サイドアームは可憐な花のように微笑む。

「あなたにはヤードポンドスレイヤーの資質が生まれながらに備わっています。あなたの任命は一時的なものと考えていましたが、今はずっと共にいたいと強く願っています」

 その時、ラムダはサイドアームが天使のように見えた。
 思えば、ハンターになってからというもの、否定されてばかりの日々だった。自分にも誰かに誇れるような資質がある。それをサイドアームはラムダに教えてくれた。

「悠久の時を超え、目覚めた時に出会ったのがあなたで本当に良かった」
「ああ、俺も同じ気持ちだよ」

 ラムダの言葉は心からのものだった。
 それから2週間掛けて二人はようやくメートル法の里へたどり着く。

「勝手に里を飛び出てごめん」

 里帰りしたラムダはまっさきに両親へ頭を下げた。
 父に一発殴られたが、それで全て許された。

「無事に帰ってきてよかった」
「おかりなさい」

 両親だけでない。里の皆も一度は故郷を捨てたラムダを以前と変わらず受け入れてくれた上に、快く自警団の一員にしてくれた。
 海のように深いメートル法の愛にラムダは密かに涙した。そして、自分本位の浮ついた夢などではなく、故郷のために働こうと決心する。

「畜生! なんで俺がこんな目に合わなきゃならねえんだ!」

 ラムダを追放してから数週間後、ライデンは悪態を尽きながら夜の森を走っていた。
 無能なラムダを追放し、使える新人が加入したライデンのパーティーは上がり調子だった。
 ある日、依頼達成の祝賀会を街の酒場で行っていた時、ギルドの調査員を名乗る男が現れた。
 ラムダを追放した際、やつの装備と金を奪ったのは明らかな犯罪行為なのでギルドに出頭するよう言ってきたのだ。

「俺に命令するんじゃねえ!」

 泥酔していたライデンは一瞬で頭に血が上り、ギルドの調査員を剣で斬り殺してしまう。
 最悪だったのは、大勢の前でやってしまったことだ。これが人気の少ないところなら、いくらでもごまかしは聞いた。
 こうしてライデンはお尋ね者となり、ギルドからマンハンターが派遣された。

 マンハンターは犯罪者となったハンターを殺すハンターだ。
 ライデンたちは強力な魔法を使うが、しかしろくに研鑽はしてこなかった。しなくとも、ただ魔法を使うだけでヤードポンドモンスターは倒せるからだ。
 一方でマンハンターは魔法を使う危険なハンターを殺すための技術を磨き、戦術を研究している。
 結果は明らかだった。
 まずラムダの代わりに入れた新メンバー(知り合ったばかりなので名前は忘れた)がやられた。それからスカーレットとアルトも死んだ。3人共、魔法を使う機会すら与えられず、戦いが始まる前に負けた。

 ライデンがまだ無事なのは仲間を囮にしたおかげだ。
 暗い森を走っていたせいで木の根に足を引っ掛けてしまい、ライデンは顔面をしたたかに打つ。口の中に屈辱的な土の味が広がった。

「ああ、クソ! 全部ラムダのせいだ! あいつがギルドにチクってなければ、こんなことにはならなかった! 殺してやる。あの無能なメートル野郎を絶対に殺してやる!」

 その時、どこからともなくクスクスと少女の笑い声が聞こえてきた。

「誰だ! 俺を嗤うんじゃねえ!」

 ライデンは闇雲に〈電撃の魔法〉を放ち、周囲の木々を破壊する。
 空を覆っていた木々が倒れ、月明かりが差し込む。
 黒い装束に身を包んだ少女がいた。笑い声の主だろう。
 ゾッとするほどの美貌を目の当たりにし、ライデンはしばし呆然とする。

「あなた、メートル法の民を殺したいの? だったら力を貸してあげる」

 蜜のように甘い毒がメートル法を蝕もうとしていた。

 里の近くの森でヤードポンドモンスターが現れたと知らせを受けたラムダは、即座に現地へと向かった。
 そこにいたのは二足歩行するトカゲのような姿をするヤードポンドモンスターだった。

「バスターリザードは右腕部のパイルバンカーに注意してください」
「ちゃんと避けろってことだな。改良してもらった防具が早速役立ちそうだ」

 里帰りして1ヶ月。ラムダは里の周囲にいるヤードポンドモンスターを討伐し、そこから得た素材でサイドアームが防具にさらなる改良を施してくれた。
 防具の各所には着用者の魔力を噴出して高速移動を可能とするスラスターが取り付けられている。
 さらには防御力そのものと、インナースーツの筋力補強効果もアップグレードされていた。サイドアームが産まれた時代ではこういう防具をパワードスーツと呼ぶらしい。

「いくぞ」

 ラムダは踏み出すと同時にスラスターを使う。10メートルは離れていたのに、一瞬で剣の間合いにまで狭まった。
 バスターリザードの反応は早かった。すでにラムダの頭を狙ってパイルバンカーを繰り出そうとしている。
 パイルバンカーの激発音が森中に響く。だが杭の先にラムダはいなかった。
 バスターリザードの胸から刃が飛び出る。一瞬で背後から回ったラムダが背中から突き刺したのだ。

「お見事ですラムダ。パワードスーツの機能を十分に使いこなしていますね」
「ああ、頑張って練習したからな」

 この短期間で、新しい装備を使いこなせるようになったのは、ひとえにサイドアームから与えられた力を無駄にしたくないというが気持ちがあったからだ。

「なあサイドアーム。いつも討伐についてくるが、危ないから里で留守番してた方が良いんじゃないかな」
「ラムダの懸念はもっともです。ご覧の通り私は可憐な美少女型アンドロイドですからね」

 里に帰ってから1ヶ月。打ち解けてきたのかサイドアームは時折ジョークを言うようになった。

「ですが私はヤードポンドスレイヤーの支援機として設計されました。あなたに同行出来る程度の戦闘力は持っていますよ」
「まあそうなんだが」

 人から魔力供給してもらう必要があるものの、サイドアームは攻撃用の魔法も使える。
 魔力もある程度は貯蔵可能なので、そこそこ長く戦える。
 実際ヤードポンドモンスターの群れを相手にした時はサイドアームにも戦ってもらった。
 だがラムダにとってサイドアームは人生を変えてくれた幸運の天使なので、危ない目に合わせたくなかった。

「それよりパワードスーツの具合はどうですか」
「最高だよ」

 言葉は少ないが、しかし最大限の賞賛の気持ちがこもっていた。

「それはよかった」

 それを感じ取ったサイドアームが微笑む。ラムダは彼女にためなら命など惜しくないと思った。

「ラムダ」

 突然、サイドアームの顔が険しくなる。
 ラムダは剣を構えて周囲を警戒した。

「お前は弱っちいくせに勘は鋭いよな。いや、弱っちいからこそか?」

 聞き慣れた、今となっては不愉快な声が聞こえてきた。

「ライデンか!」

 数日前、メートル法の里にライデンの手配書が届いていたのを思い出す。

「お前、その体……機械になっているのか?」

 かつて仲間だった男は変わり果てた姿になっていた。

「サイボーグ手術などこの時代の人間には出来ないはずです」
「あら、技術を持つのがあなただけだと思わないことね」

 邪悪さを秘めた美貌を持つ少女がライデンの背後から現れた。

「あなたは?」
「私はアコンプリス。一言で言うなら、帝国製のあなたよ」
「あなたが、ライデンをサイボーグにしたということですか?」
「ええそうよ。とても素敵でしょう?」

 アコンプリスと名乗った少女は毒花のように笑った。

「そうとも! 俺は生まれ変わった。もうマンハンターすら怖くねえ!」

 ライデンが腰の剣を抜く。
 ラムダは〈測量の魔法〉を使った。相手の武器の長さは戦いにおいて重要だ。
 返ってきた数値は91.44センチ。ヤードポンド法ではきっちり1ヤード。

「俺にはこの体と、〈ヤード原基の魔剣〉がある!」

 ライデンは一瞬で間合いを詰めてきた。機械の体になったことで、以前とは比べ物にならないほどの瞬発力だ。
 ラムダは〈メートル原器の魔剣〉で相手の剣を受け止める。
 敵の剣はぴったり1ヤードなので、魔剣の力で破壊されるはずだが、しかしそうはならなかった。

「ち、壊せねえか。力が正反対だから相殺されたのか?」
「やはりその魔剣の効果は……」
「そうとも。この魔剣はメートル法の意思が宿る全てをぶっ殺す!」

 ラムダは相手の剣を弾いて間合いを取る。

「俺は生まれ変わった! 今の俺はてめえらメートル法のゴミ共を狩る、メートルスレイヤーだ!」

 ライデンは〈ヤード原基の魔剣〉を見せつけるように構えた。

「ラムダ、彼は任せました。私は粗悪な海賊版の方を対処します」

 サイドアームがアコンプリスを睨む。
 ラムダの中で手分けして一対一の状況に持ち込むべきとする合理性と、サイドアームを守りたいと思う男の意地がせめぎ合う。

「頼んだ」

 葛藤は一瞬だ。ラムダはサイドアームを信頼すると決めた。
 この場にいる全員がそれぞれ動く。
 メートル法とヤードポンド法の雌雄を決する戦いが始まった。

「あのような男をサイボーグ化させて、あなたの目的はなんですか?」
「別に深い理由はないわよ。そうすると面白そうかなって思っただけ。私はね、他人の不幸がとっても好きなの。最初にやった”いたずら”は今でも覚えているわ。帝国の軍事ネットワークにウィルスを流したら、ヤードポンドモンスターが暴走してもう大爆笑よ」
「あなたの人格には致命的欠陥がある」
「そうでもないわよ。だってよく言うじゃない。他人の不幸は蜜の味って。そもそも知性とは悪事をするためにあるものよ。むしろ私のほうが自然じゃない?」

 アコンプリスはクスクスと邪悪に嗤う。

「だから私は帝国が滅びた後、心に決めたの。見込みがある人の悪事を手助けする共犯者《アコンプリス》になろうって。それこそが私の全うすべき責務にして幸福よ」

 もはや完全な狂人だ。サイドアームはこれ以上の問答は不毛だと判断する。
 サイドアームは〈炎の魔法:鳳の型〉を放った。彼女が実行可能な最大級の攻撃だ。
 だがアコンプリスは全く避ける素振りを見せなかった。
 火の鳥がアコンプリスに命中し大爆発を起こす。

「すぐ勝負を決めにかかるなんてせっかちね。少しくらい戦いを楽しんだら?」

 アコンプリスの声が聞こえてきた。彼女は魔力によるバリアを使っていた。

「私はあなたにない機能を持っている。あなたの魔法威力ではこの魔力バリアを打ち破れない」
「……」

 魔力を消費している以上、何度も攻撃すればバリアは消えるだろう。しかしそうなる前にサイドアームの方が魔力切れとなる。
 サイドアームに搭載されている各種センサーは、アコンプリスのほうが貯蔵している魔力量が多いと示している。

「ヤードポンドスレイヤーに助けを求める? 別にいいわよ。ライデンがそんなことさせ無いと思うけど」

 無論そんなつもりはない。
 サイドアームは〈土の魔法〉を使って地中の砂鉄から鉄串を生成し、それを〈念動の魔法〉で高速投射する。
 だが鉄串は魔力バリアに刺さるだけで、アコンプリスには届かない。

「無駄よ。このバリアは物理的な攻撃も防げるの」

 アコンプリスが〈電撃の魔法:手裏剣の型〉で反撃してくる。
 襲いかかる何十枚もの電撃の手裏剣を必死に逃れようとする。

「ほらほら、頑張って走らないとあたっちゃうわよ」

 だがサイドアームもただ闇雲に走り回っているわけではない。電撃の手裏剣を避けながらも、ある場所へ向かっていた。
 それは先程ラムダが倒したバスターリザードの残骸だ。
 サイドアームは〈工作の魔法〉を使って、バスターリザードからパイルバンカーを取り外して自分の腕に装着させる。

「そんな玩具で私を倒せると思っているの!?」

 余裕ぶっているように見えて、その嘲笑に僅かな焦りがあった。
 事実、鉄串は魔力バリアに”弾かれず突き刺さった”。刺さったのなら、ならより高い貫通力を持ってすれば突破は可能!
 アコンプリスは〈炎の魔法:火球の型〉を多重発動させて、数発の火球を生成する
 だが、遅い。
 サイドアームは地を蹴ると同時に、自分に〈念動の魔法〉を使った。物体を操作する運動エネルギーが彼女の脚力に上乗せされ、火球が放たれるよりも前に間合いを詰めた。

「しまっ!」

 激発音が轟く。
 特殊合金製のパイルがアコンプリスの胸を貫いた。

「ああ、もっと悪いことをしたかったのに」

 敗北を悔しがるよりも、もう悪事を行えないのを惜しみながらアコンプリスは物言わぬ人形となった。

 戦いはライデンが一歩優勢だった。
 ラムダのパワードスーツとライデンのサイボーグボディでは後者が僅かに性能で勝っている。

「ほらほら、どうした! 頑張らねえと死んじまうぞ!」

 もてあそぶようにライデンは〈ヤード原基の魔剣〉を振るう。
 ラムダはパワードスーツのスラスターを逆噴射して剣の間合いから離れようとするが……

「逃がすかよお!」

 ライデンの左腕が武器に変形する。
 直後、ラムダの体に凄まじい衝撃が襲いかかる。攻撃されたのだ。

「はっはー! すげえだろ! このレールガンってやつは! 帝国じゃ俺みてえな〈電撃の魔法〉の使い手は雷の力で弾を飛ばしていたらしいぜ!」

 貫通こそしなかったもののパワードスーツの胸部に大きなひび割れが生じている。次に命中したら命はないだろう。

「安心しろ、ラムダ。てめえを殺すのは最後にしてやる。その前にてめえの目の前であのサイドアームとかいう人形や、メートル法のクズどもをなぶり殺してやるよ」
「なんだと?」

 その時、ラムダの胸中に火が灯った。
 怒りの火だ。

「お前には無理だ」
「ああ!?」
「俺がこの場で殺す」

 火はより大きくなり、炎へと変わった。殺意の炎へ。
 これまでラムダは殺意を抱いたことはなかった。戦うのは自我なき機械であるヤードポンドモンスターで、殺意など持ちようがない。
 今は違う。愛する同胞におぞましい悪意をむけんとするヤードポンド法の外道を誅する。その必殺の意思がラムダに宿った。
 ラムダは真なるヤードポンドスレイヤーとなったのだ。

 スラスターでヤードポンドスレイヤーは再び間合いを詰め、袈裟懸けの一撃を繰り出す。
 ライデンはぎょっと目をむきつつもとっさに防御する。
 驚かされたのを屈辱に感じたのか、ライデンは獣のような唸り声を上げながら乱暴に魔剣を薙ぎ払う。
 ヤードポンドスレイヤーは自らの魔剣でそれを受け止める。
 メートル法とヤードポンド法、二つの魔剣の激しい打ち合いが始まった。

「レールガンにビビって剣なら勝てるとでも思ったのか!? 俺のほうが性能は上等だってのをもう忘れたみたいだな!」

 ヤードポンドスレイヤーは無駄口を一切叩かず、剣戟に集中する。
 しだいにヤードポンドスレイヤーはライデンの攻撃を防御ではなく、回避で対処するようになってきた。

「ちょこまか動きやがって!」

 ライデンが乱暴な横薙ぎの攻撃を繰り出す。
 ヤードポンドスレイヤーは一歩後ろに下がるだけで避けた。敵の魔剣の切っ先がわずか5mmのところで喉元を通り過ぎる。
 以降、ヤードポンドスレイヤーはライデンの攻撃をことごとく紙一重で回避する。
 それはギリギリの対処ではない。明らかに余裕のある紙一重だ。

「ちきしょう! なんで当たらねえんだ! てめえ、新しい魔法でも身につけたのか!?」

 ライデンの言葉の直後、ヤードポンドスレイヤーはレールガンが内蔵されている彼の左腕を切り飛ばした。

「新しい魔法なんてないさ。以前と変わらず、俺が使える魔法は〈測量の魔法〉だけだ。だがライデン、この魔法は間合いを測るのに何かと便利だぞ」

 〈測量の魔法〉であらゆる物体の長さや距離を正確に感じ取れるヤードポンドスレイヤーはそれを接近戦に応用する術を身に着けていた。
 したがって戦いの中で相手の行動の癖を覚えれば、ヤードポンドスレイヤーはたやすく攻撃を回避できる。
 ライデンは剣の腕に関しては最低限”一人前”程度。単純なパワーやスピードで勝っても、達人の域に有るヤードポンドスレイヤーを圧倒できない。

「それがどうしたってんだ! お前の攻撃が俺に当たらなければ意味はねえ!」
「当てられるさ。お前は俺の攻撃を避けられないし、防御だってもう無意味だ」

 ヤードポンドスレイヤーは戦いの中で一つの確信を得ていた。
 〈メートル原器の魔剣〉を大上段に構える。駆け引きもなにもない。ただ全力の一撃を振り下ろすのみ。
 ヤードポンドスレイヤーがスラスターを併用して踏み込む。

 いくら剣術の腕に劣るライデンでも、真上からの攻撃だと容易に予測し、〈ヤード原基の魔剣〉を横向きに掲げて防御しようとした。
 〈メートル原器の魔剣〉が〈ヤード原基の魔剣〉とぶつかる。
 その瞬間、〈ヤード原基の魔剣〉が真っ二つに折れた。

「馬鹿な!? 魔剣同士じゃ能力が相殺されるはず!」

 無論、そのとおりである。事実、最初の打ち合いではそれぞれの魔剣が持つ、敵対する単位を殺す能力は発揮されなかった。
 だがそれは力の大きさが拮抗していた場合に限る。
 真のヤードポンドスレイヤーとして覚醒したことでラムダは魔剣からヤードポンド法を殺す力をより多く引き出せるようになっていた。
 一方で、ライデンは魔剣を与えられただけで、メートルスレイヤーになりきれてない未熟者。
 二つの力がぶつかりあえば、負けるのは弱い方。自明の理である

「ま、待ってくれ、仲間だろ」

 ライデンの浅ましい命乞いに耳を貸さず、ヤードポンドスレイヤーは無慈悲に敵の首を刎ねた。

「終わったようですね、ラムダ」

 見ればサイドアームもアコンプリスを倒していた。

「ああ、そっちも無事で良かった」
「言ったとおりでしょう?」

 胸を張るサイドアームの姿はたまらなく愛しかった。
 彼女とメートル法の民のためなら、命が続く限り戦い続けようと、ラムダは改めて心に決めた。

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